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その二・急転直下 後編






恐ろしい時間だった。


放課後になった事を示すチャイムが鳴り響くのをよそに、頭からぷすぷす煙を吹き出す心境で力無く机に突っ伏す僕。

いっぱいいっぱいだった。余りにも予想外であほらしい展開に思考回路はオーバーフロー気味。午後の授業内容なんぞ一片たりとも頭の中に入るはずもなく、散々な有り様で今日は終わる事となる。


結局あの後なし崩し的に解放された僕達だったが、ラッキーだったと安堵できるはずもない。多分会長達からは猫派として認識されてしまっているのだろう。そして恐らく犬派の連中にもだ。ヤツらは間抜けだが決して無能ではない、この程度の情報など筒抜けになっていると考えていい。

まあ犬派の行動自体は不本意ながら会長達猫派が押さえてくれるようだ。決して信頼はできないが彼女らの熱意と気迫は本物。(その点だけは評価してやっても良い)信用はできる………………と思いたい。思わせて。

が、それはそれ。連中の存在自体が僕の心に負担をかけている事に変わりはない。つか知らなきゃ良かったという猛烈な後悔が心を押しつぶしてしまいそうだ。


ああ、常識っていう物はこうも脆い物だったんだ。こんな哲学的な事を考えてしまう時点で大分テンパってると分かる。ともあれ――


「いつまでも打ちのめされている場合でもないっ!」


気力を振り絞ってがばりと身を起こす。今はあほどもの事はよそに置いておいて、これからの事、肝心のご対面が待ち構えている。さあ思考を切り替えろ。本日のメインイベントはこれからなのだから。


「どーしたの、さっきまでゾンビってたかと思ったらいきなり叫びだしたりして?」

「…………やっぱあの日なんじゃね?」

「そこ人が気合い入れ直してる時にうるさいよ!?」


気の毒な人を見るような生暖かい目で僕に語り掛ける南田と、さもありなんと言いたげな同じく生暖かい目で言う北畑に向かって吠え、僕は鞄を手に取り席を立つ。テルはと見てみれば、ヤツも席を立ち僕を見て軽く頷く。答えが出たのかテルの目に迷いは見えない。良い傾向だ。


僕達は並び立ち歩を進める。気分はもう戦場に向かう兵士。これから先踏み入れるのは全く未知の世界だ、それくらいの気迫があっても良いだろう。気負いすぎ言うな。


「…………なに劇画調になってんのあいつら?」

「さあ? 殴り込みにでもいくんじゃね?」

「だからうるさいよそこ!」


人が真剣な時に茶々入れるんじゃねっつの。僕は二人の部外者をきしゃーと威嚇してから、テルと揃って教室を後にした。


「…………うう、すっかり忘れ去られていませんかぁ私?」


教室の端っこでぐずる一人の少女を置き去りに。


………………ごめん。ぶっちゃけ全力で忘れてた。




遅い。


遅すぎる。


あまり人が使わない通用門。僕達三人はそこで待ちぼうけを喰らっていた。


約束の時間はとおに過ぎ、日も傾き始めている。いくらなんでもおかしい。僕は懐から取りだした携帯を操作し、予め聞いていたかりんの携帯番号をダイヤルしてみたが……電源を切っているか電波が届かないところにいるかと無機質なメッセージが流れるだけであった。


「……何かあったなこりゃ」


携帯を畳み眉を顰める。また犬か? それとも猫か? どちらかは知らないがとことん人の恋路を邪魔する腹づもりらしい。ちくしょうめが。


「………………どうした?」

「どうもトラブルみたいだ。……テル、悪いけど春沢さんと待っておいてくれないか? ちょっと心当たりを見てくる。もし先に相手がきたら連絡よろしく」

「………………ああ」

「え? あ、あの、西之谷君!?」


むっつりと頷くテルと突然の事に狼狽える春沢さんを残して、僕は校舎内へと戻る。この状況は言ってみれば、春沢さんにチャンスを与えた事になるのだろうけれど、事情を知っているのは僕だけ。二人のどちらかを連れて行けば裏のややこしくかつ馬鹿馬鹿しい話に巻き込んでしまう可能性がある。(テルはある意味当事者なのだが、まあ知らないに越したことはないだろう)

それにあの二人ならそうそう会話も弾まないだろうし、弾んだとしても園芸関係の色気とはかけ離れた会話で終わる可能性が高い。だからあの二人の中が進展する可能性は宝くじの一等が当たるくらいには低い。


さて、まずはかりん達の教室か。こんな時間まで残っている人間はいないと思うが、最低でも荷物を確認すれば下校したかどうかは分かる。三人とも部活等には入っていないそうだから、他の所には寄らないだろう。足取りが掴めそうになかったら、生徒会室にいく。会長に直談判する勇気はないけれど下っ端なら話は別だ。部屋近くで張り込んで、下っ端が一人で行動しようとする所を見計らって適度に締め上げ……もとい話を聞かせて貰う事にしよう。

行動の指針を決めて足早に歩を進める。余計な手間はかけられない。かりんの事だからそうそう窮地に追い込まれているってわけじゃあないと思いたいが、足手纏いが二人ばかりいる。万が一って事もないじゃない。少し焦るけど、それを押さえて僕は彼女らの教室へと向かった――


「おやおやそこの君、怖い顔をしてどうしました?」


……ちっ、誰だ人が急いでるって時に! イラつきながら声を掛けてきた人物のほうへと顔を向ける。


「負の感情が顔に表れるのは頂けません。それは…………ダンディではない」


状況を忘れて思わず吹いた。穏やかな笑みを浮かべてそこに佇んでいたのは、スリーピースのスーツを品良く着込んだ、初老の紳士。


二高校長、渋井 勘司。ダンディなおじさまという物を実体化させたらこうなるんだろうという見本のような人物だ。

変わった先生や生徒が多く存在する二高の頂点に立つ人物でありながら、その言動は至極常識的で穏やか。ただ一つだけ特徴的なのが、妙にダンディという言葉にこだわる所だろう。事ある毎にダンディという言葉を口にし、場合によってはそれを起点に長い説教らしき物をぶちかましてくれる。(朝礼なんかが良い例)それ以外は毒にも薬にもならない人物。それが一般的な評価だと思う。

なんでその校長がこんな所にとツッコんでる間はない。僕はついぶっきらぼうな感じで対応してしまう。



「すみません校長先生、急いでいるものですから……」

「急がば回れという言葉もあります。焦りは失敗を呼びますよ?」


だああああ、なんで絡んでくるのこの人! 無視して先を急ぐのは簡単だけど、校長直々の言葉をスルーするほど僕は不真面目でもない。渋々と校長の方へと向かい直った。


「それで、どういったご用件なんでしょうか校長先生」

「ふむ、心の中はマグマのごとくアツくとも、言動はクール……良いダンディっぷりです。それはそれとして西之谷君、君は昼間生徒会室に呼び出されていましたね?」


ぎくりと身を凍らせる僕。ま、まさか、校長も犬猫関係者か!? 勘弁して下さいこれ以上周りに奇人変人が増えるのは御免被りたいのです。とか内心で祈っても神様は聞き届けてくれないと思いますけど! 戦慄と共にちょっと混乱しかける僕だったが――


「なぜ呼び出されたかは大体察しています。……生徒会の面々がかなり変わっていたので驚いたでしょう」


校長の言葉に平静を取り戻した。良かった、この人はまともだ。あの奇人変人どもとは目の色が違う。少し困ったような顔をして語る校長を見て僕はそう判断した。


「我が校はあくまで生徒の自主性を尊重するというスタンスを取っていますから、学業に悪影響があったりしない限りはさほど口出ししないのですが……最近は少々暴走気味のようですね。君も結構な迷惑を被ったのではないですか?」


気遣わしげに校長が言う。あれ? なんだか久しぶりに他人から優しくされたような気がしますよ? ちょっと涙出てきそう。

鼻の奥が少しツンとするが堪えて、僕は校長に頭を下げた。


「お気遣いありがとうございます。僕は……大丈夫ですから」


この気遣いだけで後10年は戦える。そんな気になった。僕の様子に満足したのか、校長は大きく頷く。


「良い表情になりました。そのダンディさを忘れないように。……これからも艱難辛苦が待ち構えているとは思いますが、もしどうしても乗り切ることができないと思ったらいつでも私に相談して下さい。己が力だけで及ばないと悟った時に他者の助けを借りるのは決して恥ずかしい事ではありません。大切なのは、ダンディにふるまう事なのですから」


そう激励した後、「時間を取らせて済みませんでしたね。それではここで失礼しますよ」と言い残し、校長は颯爽と去っていく。


…………結局、何しにきたのかは分からなかったけれど、おかげさまで少し落ち着いた。校長の言うダンディさというものはちょいと理解しがたいが、要は落ち着いてふるまえと言うことなのだろう。はたから見たら先程までの僕はそんなに鬼気迫るような様相だったのだろうかと、僕は自問しつつ苦笑を浮かべ、B組へと向かう。


それ以降は特になんの問題もなく、B組へと辿り着く。果たして手掛かりになるような物はあるかなと、あまり期待を抱かずにがらりと扉を開けた僕の目に、予想外の光景が飛び込んできた。


教室内には、幾人かの生徒の姿。それは"全て倒れ伏していた。"


何事だと思うより先に、教室内から漂う異臭が鼻を突く。それを嗅いで一瞬くらりと意識が飛びかけた。こいつはやばいと本能的に感じ、呼吸を止めて教室内へと突入。戸締まりのために締め切られていた窓を全て全開にして空気を入れ換える。

どうなってやがる。とりあえず呼吸しても問題がないと思われる程度に異臭が薄まったのを確認し、生徒達を介抱しようと――した所で、誰かが呻き声を上げながら身を起こそうとした。


「っ! かりん!」


よろめきながら無理矢理身を起こそうとする彼女の元へ駆け寄り、肩を貸してその身を引き上げ椅子に座らせる。ぐったりと脱力した彼女は、口惜しげに顔を歪め唸るように言う。


「夕樹…………やられたよ。不覚を取った…………」

「無理しないで! 今保険の先生に、いや救急車呼ぶから!」

「無駄、だ……携帯が通じない。…………多分校内で電波が妨害されてる」

「なんだって!?」


かりんに連絡できなかったのはそれが原因か! くそ、なんでこんな事に。ほぞを噛む思いで歯ぎしりする僕にかりんはこう言った。


「ここは、アタシたちはいい。……多分毒じゃないと思うから大丈夫だ。それよりも、檸檬を……」

「冬池嬢がどうしたって!?」

「……攫われた」

「ぬあんだとおおおおおう!!」


最後の絶叫は僕じゃない。倒れ伏していたはずの生徒、その中の一人ががばりと身を起こして吠えたのだ。

誰かは言うまでもない。寸前まで完全に意識がなかったとは思えない勢いで、秋沼さんは"僕に"詰め寄る。


「どこだーーー! 檸檬をどこにやったーーー!! 拉致か! 監禁か!? 陵辱調教乱れブレザー恥辱の放課後か!! ちくしょう羨ましいいやなんて事を!!!」


襟首を掴まれがっくんがっくん揺さぶられる僕。さっきまで昏睡状態だったのになんでこんなに元気なの!? それに冬池嬢を誘拐したのは僕じゃねー! 抗議したいが秋沼さんの勢いが強すぎて会話するどころの話じゃない。当然だがかりんは今助けにならない。ぐったりした状態でも弱々しく「ち、ちげーだろ……」とツッコミを入れているが、その程度で秋沼さんが止まるはずもなかった。


「檸檬はどこださあ吐けすぐ吐け今吐け! 吐かぬとあらば吐く気になるまで海老ぞり大回転逆さ釣りかトリプルアクセルムーンサルトボンバーを喰らわせてくれる! 嫌だというなら今すぐ檸檬の元に案内せい!」

「いや、だから、僕じゃ、ないって」


ぎりぎりと締め上げられながらも、僕は何とか答える。もっとも今の秋沼さんがまともに取り合ってくれるはずもないのだが。


「この期に及んでまだしらを切るだとう!? よかろうならば円月殺法X攻撃存分に味わうがよいわ!」


咆吼と同時に秋沼さんは僕をぶんぶんと振り回し出す。冗談じゃない、このまま謎の必殺技を喰らってたまるか。一応とはいえ知り合いのしかも女の子に手を上げるのは不本意だが、背に腹は代えられない!

僕の襟首を掴んでいる秋沼さんの両手、その親指の根本に手をかけ一気に外側へ捻る。掴んでいた両手が離れた隙をついて彼女の右手を捻り上げつつ背後に回って羽交い締めにする。乱暴にするつもりはないのだが、秋沼さんは抵抗するだろうから少し強めにしておいた。


「う、うぬう何をする放せ! はっ! まさかボクも拉致監禁した挙げ句陵辱調教開発首輪ペット化計画!? いやあああああ! おまわりさんコイツタイーホ!」

「しないから。正当防衛だから」


案の定おかしな事を言って暴れる秋沼さん。とてもじゃないが僕の言う事なんか聞いてくれそうにない。仕方がないので羽交い締めにしたままかりんの方へ向ける。ぐったりした彼女の様子に「むおおおおかりんまでハレンチ女生徒朝まで生本番だったと言うのかああ!」とか奇声を上げる秋沼さんだったけれど、途切れ途切れながらも真剣に話すかりんの様子に、次第に落ち着きを取り戻していく。


かりんの話によると、緊張していた冬池嬢がぎりぎりまでぐずったため、彼女ら三人は放課後の教室に残っていたらしい。そして日直が迷惑そうな顔で戸締まりを始めたのでそろそろ移動しようかと揃って席を立ったその時、何者かが教室に催涙弾のような物を投げ込んだのだという。

咄嗟に息を止め煙を吸わないようにしようとしたが間に合わず、かりんはガスを吸い込んでしまう。彼女をしてそんな感じだったのだ、一般の生徒に反応できるはずもなく教室に残っていた連中は次々と倒れてしまった。

薄れていく意識の中、ガスマスクをした幾人かの生徒が冬池嬢を袋に詰め込んで運んでいくのが見えた。かりんの覚えているのはそこまでだったらしい。


「残念ながら、何者かまでは分からなかったよ。……うちの生徒には違いなかったんだけどね」


大分顔色の良くなってきたかりんはそう話を締めくくる。何がなんだかさっぱり分からないけれど、とにかくろくでもない事が起こっているのは間違いない。ここは職員室に駆け込むなりなんなりして早急に事態の解決を――


って秋沼さン? なんで僕の襟首をがっしり掴むかな?


「そうと分かれば話は早い! これから校内をしらみつぶしだ! さあついてこい!」

「え、ちょ、待って……」


後先考えずに教室を飛び出す秋沼さん。いや飛び出すのは構わないけれど僕を巻き込むのはやめてえええ!






――数分後。






「ぜはー、ぜはー、ぜはー……」


呼吸困難に陥った秋沼さんが、大の字になってひっくり返っている。


そりゃ心当たりもなく目的地も決めずに闇雲に走り回っていたらそうなるわなあ。夕日差す中庭で途方に暮れつつ、僕はひっくり返った秋沼さんの隣に腰を降ろした。

まったく、世話の掛かる人だ。この後先考えなさはいつか致命的なポカにつながると思っていたが、その前に周りの人にかなりの迷惑が掛かる。かりんとかよく友達やってんなあ。


さて、それはそれとして、秋沼さんが復活したら今度こそ教員か事務員か、その辺の人を捜し出して事情を説明しないと。うちの学校まだ宿直制度が残っているからこの時間でも残っている職員がいるはずだ。そう考えて腰を上げ、埃を払っていると――


「およ、こんな時間までなにやってるわけ? 同好会長引いたとか?」


聞き覚えのある声が、中庭を通る渡り廊下からかかった。見ればそこにいたのは着崩した制服にソフトハットの伊達男、南田の姿が。

珍しいというか、なんでこんな時間まで残っているんだろう。問われた物とほとんど同じ疑問を抱いた僕は、それを素直に口に出す。


「そりゃこっちの台詞だよ。あんた部活とかやってなかったろうに」


僕の台詞に、南田はきょとんとした様相を見せて言った。


「ありゃ? 言ってなかったっけか、オレ料理研究会入ってんだわ。出席率悪いけど」


今日はたまたま興が乗っっちまってよ〜、などと朗らかに笑いながら言う南田。

以外も以外、ラテン系ナチュラルボーンケセラセラなこの人が、料理研究会なんかに所属していたとは。やっぱりあれか、イタリアンとか得意なんだろうか。


……っと、今はそんな事を気にしている場合じゃない。丁度良いから一応聞いておこうか。


「まあその辺の話は今度ゆっくり聞かせて貰うとして尋ねたい事があるんだけどさ、人一人入るような袋担いだ怪しい集団とか見なかった?」


欠片の期待もなく放たれたその問いに――


「あん? そりゃ生物部と科学部の連中じゃねえの? 暫く前に部室練の方へもごもご動く袋担いで行ったぜ」


拍子抜けなくらいあっさりと答えは返ってきた。


あまりのあっけなさに一瞬唖然とする僕。その隙をついて、ソニックブームすら起こしかねない勢いで南田に迫る影が現れた。

それは今にも吊し上げようとせんばかりの勢いで南田に詰め寄る。


「そいつらはどこだ! どこに行った!?」


目を血走らせながら言うのは勿論秋沼さん。その様相に面食らいながらも、南田は律儀に答えを返す。


「え? え? いやだから、部室棟の方……」

「部室棟だとう!? ……で、それはどっちだ!?」

「だから、あっち…………なんなのよこの人?」


途方に暮れた顔で、僕に向かって助けてという意志の籠もった視線を飛ばす南田。それに対して溜息混じりで僕は答えた。


「あー、事情は後で説明するからさ、とりあえず案内してくんない?」

「そうだ案内しろ! 可及的速やかに全速前進で最大加速だ!」

「いや良いけどよ…………一体なんだっての?」


首を傾げながらもこっちだと歩き出す南田の横に並び、ひとまず悪いと謝罪する。南田は気にするなと返してから僕に小声で尋ねてきた。


「この子、なに? もしかしてお前さんのコレかい?」


拳を握り小指を立てて示す。はっはっは、馬鹿言っちゃいけない。頼まれてもお断りだっつーの。そう答えを返そうとしたら、南田の問いが聞こえたらしい秋沼さんが言う。


「ふん、何が悲しくて男なんぞと付き合わなきゃならん。頼まれても願い下げだ」


まったくもって同意見なんだけど……なぜだろうこの人に言われると無茶苦茶腹立つのは。少しかちんときたけどそれをおくびにも出さず、僕は道すがらかくかくしかじかと簡単に事情を説明した。(ただし猫とか犬の人達の事は除いて)

話を聞いた南田は、ちょっと顔を引きつらせて「あ、そ、そうなの」と曖昧な返事を返す。

まあはっきり言ってわけ分かんないよな、自分で言ってて思うよ。なんでただの恋愛話が誘拐事件にまで発展しているのか、こっちが教えて欲しいくらいだ。


などと話しているうちに部室棟へと辿り着く。旧校舎を改装して各種部活の拠点として使えるようにした部室棟は、広くて使いやすいと生徒達に好評だった。しかしその使用権は有力な部活に優先され、僕ら園芸同好会のような弱小のしかも同好会なんかは後回しにされている。

要するに園芸同好会はこの建物を使用しておらず、それゆえ僕はここの中身をあまり知らないのだ。そもそも科学部とか生物部の存在すら知らなかった。


「まあヤツらは有力ってわけじゃなくて、なんでも伝統ある部活だからってんでここ使えるって話だぜ? 実際の所弱小というか、なにやってんのか分からん連中さ」


内部に足を踏み入れながら南田は訳知り顔で言う。料理研究会自体はここに部室を持つわけではないのだけれど、出前の"注文"を受ける事が多々あるのでよく出入りをするのだという。


なにをやってるか料理研究会。


まあ料理研究会が出前を受けようが客を取ろうがこの際どうでもいい。とにかく生物部科学部だ。

連中が何を考えて冬池嬢を誘拐したのかは分からない。しかしろくでもない事情だというのは間違いないだろう。もし彼女に何らかの危害が加えられるようならば一片たりとも容赦はすまい。別に冬池嬢に思うところはないが、そういうのは個人的に虫が好かない。そんな外道で底なしの馬鹿は退学覚悟で潰して差し上げよう。


もっとも僕の前に秋沼さんがキレる事間違いなしだが。(正直キレたこの人の相手は僕だって御免被る。いろんな意味で)


「おーお、ここだここだ」


目的地にたどり着いたようで、南田が部室の一つを指し示す……って、あれ?


「生物部と科学部って、同じ部室を使ってるの?」


目の前の扉には『生物部&科学部ひみつきち』と書かれた紙がでかでかと貼ってある。南田の話じゃ伝統あるとかなんとかいう話だったけど。


「伝統があるからって優遇されているわけでもないって事よ。あいつら双方部員ぎりぎりだっていうんで一緒くたに纏められたらしい」


なるほど。まあ都合いいっちゃあ都合いい。どっちの部室だって迷わなくて済むって事なんだから。

 

そう思ってたら秋沼さんがぬっと前に出た。


「そんな事はどうでもいい。これよりボクは愛を取り戻すための世紀末救世主伝説を開始する。このイカレた時代へようこそだ」


 

ずごごごごと効果音を背負い闘気をみなぎらせ、ゆあーしょっくでたふぼーいな台詞を放つ秋沼さん。いやいやいやちょっと待てってば。


「作戦とかなしにどうしようってのさ。中がどうなってんのかも分からないのに」

「邪魔するヤツは総じて指先一つでダウンさせる所存だ。問題はない」


ダメだ。もうすでに理性の欠片も残っていない。僕は即座にさじを投げた。

つーコトで――


「分かった、もう止めない。存分にやっちまって」

「言われるまでもない」


煽ってみました。当然ながら言葉の裏を読んで躊躇するなんて上等な思考が秋沼さんにあるわけがない。彼女はばきばき指を鳴らして扉に手をかける。

面食らった南田が「お、おいおい」と釘を刺そうとするが僕はそれを制する。どうせ止めても無駄なんだったら真っ先に飛び込ませて、せいぜい僕らの役に立ってもらおう。生憎僕は女性を優しく扱う紳士でも正義の味方みたくお人好しでもない。自ら好き好んで後先考えず罠に踏み入ろうとするんだ、それなりの覚悟はあって然るべきだろう? だったらそれに準じてもらおうじゃないか。

いい加減少し痛い目に遭うといい、正直いい気味だ。そんな感情が働いたのを否定はしない。自分自身に嫌悪感を覚えないでもないが、それでもこの状況は最大限に利用させて貰う。がらりと扉を開く秋沼さんの肩越しから室内をできる限り視界に収められるよう位置し、いざとなったら彼女を盾にしてでも部屋に突入する覚悟で密かに拳を固めてみたりした僕だけど――


部屋の光景を目にした途端、全てが凍り付いた。


一般の授業に使われる標準的な教室。そこが混沌を具現化したかと思わせるほどに散らかり荒らされているような室内。その中で無理矢理物をどかしてみましたと言うような感じで無理矢理作られたスペースの奥に、戸惑いの表情を浮かべた冬池嬢が所在なげに立っている。その眼前で――


なぜだか彼女に向かって"土下座を敢行している"十人弱の生徒達。


………………一体ナニが起こった? 思考が止まり、状況が把握できない。これで状況が把握できるような人間がいたらぜひとも僕にご教授して欲しいです。正直僕の予想の斜め上を遙かに超えた事態なんで対処しかねます。

イイ感じにテンパっていたら、僕の眼前の秋沼さんがいきなりはらはらと涙を零し始めた。この人はこの人でどういう反応だよと思っていたら、彼女は感極まったといった感じでなにやら独り言を呟いている。


「素晴らしい……素晴らしいよ、流石はボクの檸檬だ。悪逆非道な卑劣漢どもに拐かされておきながらそれに屈せず、さらには制して配下に収めるとはっ! やはり僕の目に狂いはなかった……」


狂いまくってるよ多分。こっちはこっちで斜め上を上回る思考だ。もうツッコむ気力もない。


がっくりと肩を落とし今にも崩れ落ちそうな僕に南田が大丈夫かと声を掛けるが、弱々しく手を挙げるくらいしか反応できなかった。なんだろう、この2、3日で一気に老け込んだような気がするよ? つーかさ、僕の周囲変な人増えすぎ。


厭世観が漂ってきているであろう僕の事なんぞには全く構わす、状況は進んでいく。


部屋の奥で途方に暮れていた冬池嬢が入り口で男泣きに泣く秋沼さんの姿に気付いたようだ。彼女は助けがきたとばかりにぱあっと安堵の表情を浮かべ、秋沼さんへと語り掛ける。


「りんちゃん! きてくれたのね!」

「ああきたとも。この秋沼 林檎、君の存在する所であればたとえ三千世界の彼方であろうともはせ参じる所存なのだから」


台詞だけ聞いているとやむに格好いいけれど、涙と鼻水は止めれ。


彼女らのやり取りが耳に入ったか、土下座していた連中――生物部&科学部ががばりと身を起こして一斉にこちらを見る。警戒心も顕わな連中の一人が、きつい眼差しで睨みつつ誰何の声を上げた。


「大切な“勧誘”の最中に乱入するとは、一体貴様ら何者だ!」


てめーこそなにモンだと僕が口に出す前に、眼前に立つ秋沼さんが胸を張って堂々と名乗りを上げる。


「ふっ……ボクは檸檬と心も身体も一体と言って過言ではない真友、否身友。秋沼『愛のために檸檬のためにどこでも駆け付けましょう』林檎だ」


ツッコミどころ満載だった。


でもツッコむのは心底イヤだった。


しかしそんな頭痛を誘発するような台詞に、室内の連中は真面目に対応している。


「なるほど……友のためにはせ参じたというわけか。だが我々の悲願がため邪魔をさせるわけにはいかん。悪いがお引き取り願おう」

「断る。邪魔だてするとあればいかなる存在であろうとも粉砕して押し進むのみ」

「くくく、潔い事だ。その信念を抱いて永久に眠るがいい!」

「この秋沼 林檎、そう容易く倒せると思うな!」


あ〜、あかん。こいつら真剣な馬鹿だ。無茶苦茶ノリノリで格好よさげだが中身のない台詞の応酬を見て、僕は頭を抱えた。

もう、帰っちゃおうかなあ。ナニもかもがイヤになってきたよホント。半ば本気でこの場から離れるタイミングを計り始めた僕の肩を、南田がぽんと叩いた。


「あ〜、なんつーか……がんばれ。テラがんばれ。オレはそろそろ帰るから」


そう言ってすすすと後すざりを始めた南田。その服の裾をがっしりと掴む。

はっはっは、ここまできたら一蓮托生だ。一人だけ先に逃げるなんて事を許すはずがないだろう? 僕はにたりと凄絶な笑みを浮かべて見せた。


「まあそう寂しい事言うなよつれないなあ。僕らはトモダチジャナイカ」

「なんか台詞の後半に怨念じみた物が感じられるぜ!? ここはあれだよ、僕に任せてお前だけでも逃げろとか友情パワー炸裂な台詞が飛び出す所じゃねえの!?」

「それに対する返事でお前一人を置いていけるかよという台詞が炸裂する所だと満場一致で可決されました。無論僕の脳内帝国議会で」

「帝国制かよ独裁政治かよ!? イヤだっての二人揃って死にフラグ立ちまくりだってのソレ!」

「…………さあ、僕と一緒に逝きマショウ?」

「あーこのやろ女顔扱いされるとむかっ腹立てるくせに寂しげな笑顔でちょっと涙を浮かべ小首を傾げる可愛い仕草なんぞどこで憶えやがりましたか! 騙されないぞ新たな世界の扉なんぞ開かないぞオレはノーマルだあああああ!!」

「ふっふっふっふっふ、そうはいっても身体は正直な事よ。ほうれほうれ」   

「のおおおおおおお! メディーック、メディーーーーーック!!」


やり取りはあほだが僕らは真剣だった。全身全霊でこの場から逃れようとする南田、それをやはり全身全霊で留めようとする僕。それは真っ向からの力勝負であると同時に、絶妙な駆け引きを駆使した頭脳戦でもあった。


無駄に高度な争いをしていたと気付いたのは、室内から哀れむような声が秋沼さんに向かって掛けられた時である。


「…………愚かな、ここにきて仲間割れとはな。所詮は感情に身を任せた有象無象。大儀によって事を成さんとする我々に敵うはずもない」


答えを返す秋沼さんは一瞬こちらを横目で見てから、鼻先でふんと嗤った。


「はっ、仲間だと? こいつらはただの案内人とおまけにしか過ぎん。貴様らごとき、ボク一人で十分だ」


お、おまけですか。おまけでしたか僕。連れてきたのはあなたなんですけれど? 積極的な仲間だと思われるのもイヤだがこう放りっぱなしにされるのも酷いと思う。僕の隣じゃ「人巻き込んどいてその扱いかい……」とがっくり肩を落とした南田が逃亡する事も忘れて愚痴っている。こういう言われ方をすると逆に帰る気がなくなる僕は捻くれているのだろうか。


そう自問している目の前で、あほな人達の盛り上がりは最高潮を迎えていた。


「良い目をしている……しかも度胸も良い。討ち滅ぼすには惜しい存在だ」

「左様……我々は今有能な人材を欲している。どうだ、我々の仲間にならないか?」

「望みがあるなら可能な限り叶えてやろう。土下座しろと言うのならばするし、足を舐めろと言えば舐めてやろう。むしろぜひとも踏み付け罵ってくれるとイイ」

「くっくっく、さらに同志となるならば特に女性は優遇されるぞ? お茶も入れるし肩も揉んでくれよう」


 内容が徐々に情けなくなってくる生物部&科学部連合の台詞を受け、完全な上から目線となった秋沼さんは吐き捨てるように言った。


「はっ、誇りの欠片もないヤツらだ。そのような連中と志同じくできるわけがないだろう。……こんな事では、貴様らが掲げる大儀とやらも大した物ではなさそうだ」


その台詞が放たれた瞬間、生化連合(面倒なのでこう訳す事にする)の持つ気配が変わった。彼らは明らかに怒気を放ち、秋沼さんを睨め付ける。


どうやら地雷を踏み抜いてしまったらしい。


「貴様……言ってはならない事を言ってしまったな……っ!」

「我等の勧誘を快く受けようとしてくれた冬池殿の友とは言え、許し難い……っ!」


背後で「え? え!? 勧誘のつもりだったのあれ!?」とか驚いている冬池嬢をさらりと無視し、生化連合は秋沼さんに迫る。


「貴様などに理解はできまいが、よかろう……メイドもとい冥土の土産に聞かせてやる。我々の大儀をな」


あーも、どうせろくでもない内容なんだろうさ。どちらにしろこのままだと乱闘は免れそうにない。いざという時はヤツらに向かって蹴り込んで逃げようと僕は改めて覚悟を決めた。誰をかって? 言うまでもないだろう?


そう思っていた僕は次の台詞を合図に――



「我々の大儀とはただ一つ! この世の闇に潜む二つの巨大組織――猫派と犬派を討ち滅ぼす事だ!!」



派手に転けた。







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