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その一・藪から棒 後編

 





外に出てみれば、もう日が傾き町の色が変わり始めている。

思ったよりも結構長々と話し込んでいたみたいだと、僕は体を伸ばしながら思った。

 

あれからダメ子ちゃん二人を諫めながら話し合った結果、このメンバー立ち会いの下直接当事者二人を合わせてみるべきだとの結論にいたり、近いうちに時間を作って対談の場を作ろうという事で話が纏まった。

もちろんダメ子ちゃん二人は不満たらたらであったのだけど、裏でこそこそやるくらいなら本人達に直接当たって砕けてこいと発破をかけておいたら大人しくなった。(本人に直接と言った途端揃って尻込みするこの子らは、本質的に臆病者なんだろう)

とにもかくにも、明日から大変になりそうだというのが僕と夏川さん、二人の見解だ。


「寝込んだテルを引っ張り出すのも大変だし、直接合わせた途端フリーズされるのも困る。何とか普通に物考えられるレベルまで持ってかないと話になんないね」

「悪いけれど何とかしてほしいね。檸檬は責任持って首に縄付けてでも連れてくるから、できれば今週中くらいには予定を合わせときたいな」

「りょーかい、何とかしましょう。…………二人とも良いね?」

『……はあい』

 

納得いかねえとでも言いたげではあったけれども、とりあえずは素直に返事をする二人。不穏な気配はありありだけど、「あんま文句たれるんならテル/檸檬の前に突きだしてコイツお前が好きなんだとよってぶっちゃける」と脅しておいたから余計な事はしないと思う。

まあこの二人はおいといて、テルをどうやって復活させるかが悩みどころ…………。

 

考えに没頭しかけていた僕の足は、その場で止まる。

 

"同じ事"に気付いたのだろう、僅かに遅れて夏川さんも同じように歩みを止めた。


「ん? どうした夏川」

 

僕らの動きをおかしく思ったのか、秋沼さんが怪訝そうな顔で夏川さんに尋ねるが、当の夏川さんは黙って前方を見据えたまま口を開こうとしない。何事だと周囲を見回して――秋沼さんと春沢さんはやっとその事実に気付いたらしい。

 

周囲に人っ子一人見あたらないという異常な事態に。

 

住宅街にさしかかっているこの辺りは交通量が多いとは決して言えないけれど、それでも夕方のこの時間、僕らと同じように通学する学生達や買い物などで出掛ける主婦などは結構通るはず。それが見渡す限り人っ子一人存在しないっていうのは明らかにおかしい。

まるで僕達だけが世界から切り離されたかのようだ。不気味な静寂が辺りを包んでいる。

自然と秋沼さんと春沢さんを中央に寄せ、僕が後ろを、夏川さんが前を警戒する。なるほど、腕に憶えがあると言っていたが、確かに隙がない。背中を任せるには十分だろう。

 

そう考えていたら、視界の端――すぐ先の曲がり角から現れる影がある。

 

いや曲がり角だけじゃあない。電柱の影から、人ん家の玄関先から、ポリバケツの中から、そいつらはわらわらとゴキブリのごとく現れた。

全身を覆うバイク用だかなんだかのプロテクター付ツナギ、兵士のようなヘルメット、顔はガスマスクらしき物と不気味に赤い光を宿した丸ゴーグルで完全に隠されている。ぶっちゃけ特殊部隊か何かを思わせる黒尽くめが、あっという間に周囲を埋め尽くしたのだった。

 

ひっと小さく悲鳴を上げるのは春沢さんだろうか、それを確認する余裕などない。こいつらが何者かは知らないけれど、絶対にまともな人間じゃない事は確かだ。隙なんぞ見せたら何されるか分かったモンじゃない。


「変わったお客さんだねえ。…………心当たりある?」

「心当たりだけなら山ほど。…………こんなのが来るのは想定外だけど」

 

背中越しに夏川さんと軽口をたたき合う。テルのあおりを受けて、僕も色々と修羅場を潜ってきていたりするのだが、こんな本格的な変人達に囲まれる憶えはない。冗談抜きで特殊部隊とかだったりするのかもしれないけれど、それだったら余計にだ。僕は特殊部隊に囲まれるような犯罪に手を貸した憶えもなければ貸す予定もないのだから。(やったとしても簡単にばれるような真似なんかするもんか)

 

周囲を囲む黒尽くめ達は不気味にゴーグルを光らせ、しゅごーしゅごーと微かな呼吸音を響かせながら無言で僕らを威圧している。何割かの手に特殊警棒のような獲物が握られているのを見るからに、穏便な話し合いをしに来たわけじゃあないだろう。僕は上半身の力を抜き、僅かに重心を落として彼らの行動に備える。

 

と、黒尽くめ集団の中(丁度僕の真正面)から一人前に進み出た者がいる。背格好も着込んでいる物も他とは大差ないのだけれど、ただ一点だけ他との相違点があった。

 ヘルメットの額部分から伸びた、ナイフのような一本角。何となくだけど、多分コイツがリーダー格だと直感する。その一本角はマスク越しに僕らへと語り掛けてきた。


「突然の無礼、申し訳なく思う。我々はゆえあって名乗る事はできないが、決して怪しい者ではない」

 

ウソつけ、そう思わず口にしそうになったけど、どうにか堪える。相手の目的がまだ判別付かないうちは、迂闊な行動を取るべきじゃない。


「単刀直入に言おう。我々は君達に警告を行うため推参した」

 

警告? 内心首を傾げたけれどそれをおくびにも出す事なく、僕は一本角の言葉に耳を傾ける。すると一本角は、こんな事を口にした。


「君達の友人、冬池 檸檬と東山 暢照。この二人の行動に干渉するのは止めておけ」

 

沈黙、そして――


『はあ?』

 

ぼくら四人は綺麗にハモって間抜けな声を上げていた。

それを完全に無視して、一本角は再び口を開く。


「もう一度言う。冬池 檸檬と東山 暢照の行動に干渉するな。でなければ…………君達の身の安全は保証できない」

 

……………………え〜っと、何を言っているんでしょうかこの人は?

 

いや話の内容が理解できないわけじゃあなくて、なんでこんな物々しい真似までしてンな事を言うのかが分からない。なんでたかだか一個人の色恋沙汰ごときでこういう首の突っ込み方をしてるんだこいつらは。いや、僕が知らないだけであの二人の関係はなんだかとんでもなく重要な事だったりするのか。確かに冬池さんは良い所のお嬢さんだったりするけれども、こいつらはその関係なんだろうか。それにしたって大げさすぎるだろうこれは。

多分僕の頭の上には沢山の疑問符が浮かんでいる事だろう。そうやって混乱しかけている僕をよそに、夏川さんが不敵な口調で尋ねる。


「へえ…………何様か知らないけれど、一体全体なんだってそういうえらそーな事を言ってくれるわけだい?」

 

うわあホント良い度胸してるよこの人。こんな何するか分からない連中に対して完全に喧嘩腰で相対してる。僕でもやんないぞ?

しかし夏川さんの態度に憤慨する様子も見せず、一本角は淡々と返事を返した。


「君達がそれを知る必要も関わる必要もない。ただ我々の忠告を受け入れてくれればそれで良い」

 

びぶち。微かにそういう音が聞こえたような気がした。嫌な予感がして振り返ってみると、不敵な笑顔を浮かべている夏川さんの額の辺りにでっかい青筋が。

 

やべ。

 

慌てて彼女を諫めようかとしたけれど、残念ながら手遅れ。

夏川さんはさり気なく一歩を踏み出し、肩を竦めながらことさら軽い調子で一本角に言う。


「なるほどなるほど、ご忠告痛み入るよ。…………じゃあ有り難くお言葉に従う――」

 

次の瞬間、夏川さんの目が野獣のような鋭い物へと変わる。


「わきゃあねえだろうがど阿呆!!」

 

咆吼するとほぼ同時に、大砲のような打撃音。目にも止まらぬ閃光のような速度でハイキックが放たれたのだと気付いた時には、それを横っ面に食らった一本角が真横に”縦回転”しながら吹っ飛んでいった後だった。

ぶちかました本人は、スカートをなびかせつつ片足だけで半回転しながら蹴り足を降ろす――と思いきや、下ろしかけたその足を再び唸らせ、さらに呆然としてしまった黒尽くめを二人ほど蹴り飛ばす。打撃音に混ざって「す、すぱっつとは邪道なり…………」とかいう断末魔の言葉が聞こえたような気がしたけど、こっちはこっちでそれどころじゃない。夏川さんの行動に反応した黒尽くめ達が、こっちに向かって殴りかかってきているのだ。ぼうっとしてたら痛い目に遭ってしまう。

 

まったく、冗談じゃないよ。そう思いつつも僕の体は自然と一歩を踏み出す。

 

特殊警棒を持って真正面から上段に打ち込んでくるのに右手を添わせるように合わせる。そのまま相手の脇に抜けつつ打ち込んできた腕を後方へと流していく。同時に踏み込んだ左足に重心を移動して軸とし回転、勢い余って前屈になる相手の後頭部を――

 

回転の勢いを乗せた左手で押し込み思いっきり地面に叩き付ける!

 

刹那の合間にそれを成し遂げ、派手に倒れる相手を確認すると同時に回転の勢いを殺さないまま上半身をお辞儀のように前方へと倒し、その反動でもって右足を思いっきり後方へと振り上げた。

天に昇る踵は、狙い違わず続けて警棒で殴りかかろうとしていたヤツの顎にクリーンヒット。体が浮いた所を見計らって上半身を倒したままさらにそいつの鳩尾にもう一撃。蹴られたヤツは後方の人間を二・三人 巻き込んで吹っ飛んだ。

 

蹴り足の勢いを殺さずにそのまま開脚の形で僕は地面に伏せる。その際交差させた両手を地面に突き、思いっきり上半身を沈み込ませて一気にバネのごとく両手の力を解放。回転しながら倒立し両足を振り回す。

僕の身を押さえるためだったのか一気に迫ってきていた黒尽くめを数人纏めて吹っ飛ばし、反動を利用しながらとんぼを切るように身を翻して着地。驚愕したまま身を凍らせていた春沢さんと秋沼さんを挟む形で、一通り向かってくる黒尽くめ達を蹴り飛ばした夏川さんと前後へ互い違いに向かい合いつつ並ぶ。

 

襲い掛かった仲間が一蹴されたのを見て一筋縄ではいかない相手だと判断したのだろう、黒尽くめ達はじりじりと後退して距離を取り、僕らの様子を窺っている。彼らの挙動を意識しながら横目に視線を流してみれば、同じように横目でこちらを見ている夏川さんと目があった。

彼女はにいっと口の端を歪めると、感嘆した様子で僕に語り掛ける。


「やるじゃん。…………【スレッジビルガー】って通り名も伊達じゃないらしいね」

「ナニそれ、初耳だよ?」

「不動明王東山 暢照の相棒。ちんまくって可愛いくせに喧嘩売るヤツぁ容赦なくぶっつぶす、凶悪な百舌鳥みたいな野郎だって裏じゃ有名なのさアンタは。本人に会ってみたら拍子抜けも良い所だって思ってたけど、どうしてどうして。なかなかのモンじゃない」

「誰が言ったんだか知らないけどね、テルとツレやってたらこの位はできないと酷い目に遭うんだよ。好きでツブしまくったわけじゃない」

 

やれやれ、知らない人間は勝手言ってくれる。テルも僕も好きで喧嘩買ってるわけじゃないやい。大体テルのヤツはそもそも喧嘩に勝ってるとも言えないだろう。(突っ立ってるだけだし)それで勝手に自滅した挙げ句逆恨みして僕に手を出そうとするお馬鹿の多い事多い事、おかげさまでいらん戦闘能力が身に付きましたよちくしょう。

とまあ嘆いていても仕方がない。喧嘩に強くなったおかげでこうやって降りかかる火の粉を払う事ができるわけだし前向きに考えよう、前向きに。自分を誤魔化しながらちょっと八つ当たり気味にぎろりと黒尽くめどもを睥睨してみる。

僕と視線があったヤツは揃ってびびくんと身を震わせる。失礼な、別に噛み付きゃしないぞ? 殴って蹴るけど。

 

怯えたように距離を取った黒尽くめの中から、警棒を持った何人かが前に出てくる。さっき掛かってきた連中とは違い素人臭さがない所を見ると剣道経験者か。警棒を構えたそいつらは、すり足でじりじりと間合いを計っている。

ゆっくりと視線を巡らせながら肩の力を抜く。特殊警棒の性質上、突き技を使う事は難しい。またリーチが竹刀や木刀より短い上重量バランスも違うため、多少扱い方が変わる。(と自称剣豪である北畑が言っていた)しかし、ある程度の腕を持つに至ればそんな事は問題にならない。

剣道三倍段と称されるほどの優位さ。たかだか棒一本でそれだけの差を生み出すのは単にリーチだけの問題ではなく、常日頃同様にリーチが長く同じ獲物を扱う者を相手にしている経験も差として現れるのではないだろうか。そう考えれば確かに無手は不利か思えるけれど、剣道には剣道の欠点もある。

それは、攻撃点となるのは竹刀――獲物のみであるという事。真っ当に剣道を習っていれば、スポーツとしてカテゴライズされている関係上、獲物以外を攻撃手段として用いる思考そのものが排除される。極論かも知れないが獲物さえ捌いてしまえば好きなように料理できるとも言えるわけだ。

まあ相手が剣道以外の武術とか剣も扱う武術(中国拳法や古流武術など)を修めていた場合には話はがらりと変わるのだけど、幸いと言うべきか、目の前の連中は剣道馬鹿北畑ほどの凄味もなければ鋭さもない。生憎そんな連中に後れを取ってやるつもりはないぞ?

こちらの考えなんぞ知った事ではないとばかりに、連中は一斉に襲い掛かってくる。僕に三人。気配からして夏川さんに三人。相手の倍以上の戦力で襲い掛かるという手段は悪くない。多数を持って少数を征するのは立派な戦術だ。

 

しかし、あえて言わせて貰おう。

 

ど阿呆と。

 

三人揃って一斉に馬鹿みたく警棒を振りかぶる真っ直中に突っ込む。密集しているとは言え動きが同調しているわけでもない。さらに言うなら狙い所が馬鹿正直みたいに頭部へと集中している。ようは、付け入る隙はいくらでもあるのだ。

僅かに沈み込んで、両手を鞭のようにしならせ左右から打ち掛かってきた警棒を外側に弾く。何も力を込める必要はない、相手の攻撃が当たらないようにすれば良いだけなのだから。そして、残る真正面の打撃を――

 

真っ向から”額で”受け止める!

 

正確に言えば打ち込んでくる打撃――警棒を握った手に向かって、打ち込みきる前に頭突きを叩き込んだ、というのが妥当だろう。獲物を振り回す場合、手元というのは以外と力が入らないものだ。完全に振り下ろす前ならこういう芸当もできる。

弾き飛ばされて浮いた相手の腕に右手を添え、向かって右側に抜けながら横へと流す。打撃を弾き飛ばされて一瞬脱力してしまった真ん中のヤツはそれに逆らえず、構えていた警棒を隣の体勢を立て直そうとしていたヤツに叩き込んでしまう。ついでだから真ん中のヤツの肋骨辺りに手刀を入れる。脇腹、肋骨の辺りというのは鍛えるのが難しい。大の男でも強く打たれれば悶絶するものだ。崩れ落ちるそいつを尻目に向かって右側の黒尽くめへと迫る。

 

いち早く体勢を立て直したそいつは、一歩下がって距離を取り直してから再び打ち掛かってこようとした。けれどその前に、警棒を振りかぶった所を見計らって僕は腕を伸ばしそいつの眼前を覆うよう手を広げる。目の前に障害物が現れた場合人間が反射的に取る行動は二つ。払いのけるか、仰け反ってかわそうとするかだ。この場合、警棒によって両手が塞がっている上それを思いっきり振り上げている状態となっている。結果相手は仰け反るしかない。

仰け反ったおかげで完全に浮き足立ち、お留守になった踵に向かって足払い。いやもう気持ちが良いくらい綺麗に転けた。強かに後頭部を打って悶絶するそいつを放っておいて残りの二人に向かう。

 

脇を打たれた真ん中のヤツが立ち直ろうとしていたけれど、容赦なく立てていた膝を踏んづけ、それを踏み台にさらに肩を踏んづける。そして跳躍。下の方で「俺を踏み台にした!?」とか喚くのを無視してその隣のヤツにつま先からの蹴りを叩き込む。普通のスニーカーだったら逆に僕の足が痛むかもしれなかったが、生憎僕が愛用しているのはスニーカー型の安全靴だったりする。つまりそのつま先には鉄板が仕込まれてるわけだ。全力で蹴れば結果は言うまでもない。

ぱぐんとかいう音を響かせて、黒尽くめの顎を下から蹴り抜く。これまた警棒を構え直そうとしていたそいつは一瞬で意識を刈り取られて、ぱったりと大の字に倒れた。


着地して振り返る――と同時に回し蹴り。再び立ち上がろうとしていた真ん中のヤツの横面を打ち抜く。もんどりうって倒れたそいつも気を失ったのか、びくんびくんと痙攣する以外の反応を見せなくなった。

 

さて、こっちはこんなもんか。残りの連中が掛かってこないのを確認してから夏川さんの方を見てみると、そこには全く場所を変えずに蹴り足を下ろしかけている彼女の姿と、纏めて吹っ飛ばされて綺麗に大の字になっている黒尽くめ達の姿が。

真正面から蹴り倒したのかよ、なんて人だ。心の中で舌を巻いてから、再び意識を黒尽くめ達へと戻す。さすがにあれだけ蹴倒されたら続く勇気は出ないだろう。黒尽くめ達は一蹴された仲間を回収こそしたものの、次手を繰り出すような様子はないようだ。

 

じり、じり、と彼らは距離を広げていく。このままでも自然に逃げ去ってくれたのだろうけど――


「総員、引くぞ」

 

誰かの声が、彼らの行動を決定づけた。その声の主を確認してみたらいつの間に立ち直ったのか一本角の姿………………訂正、立ち直ってなかった。

彼は夏川さんに蹴り抜かれた頭をヤバい角度に傾けてぷらんぷらんさせながら、僕らに向かって言う。


「武力では君達を押さえる事は適わないようだ。今回は引かせて貰おう。…………しかし、我々の警告を忘れない事だ。己の身に降りかかる災いを祓いたくば、な」

 

捨て台詞を残して身を翻す。それに併せて残りの連中も潮が引くように後退していく。数秒で、それまでの事が幻だったかのように黒尽くめ達は姿を消した。


「終わった…………のかな?」

「そうみたい、だね」

 

警戒を解かずに構えていた僕と夏川さんは暫くしてからやっと力を抜き、ふへえとか息を抜きつつ互いの視線を合わせて力無く笑い合う。まったく、何だったんだ今のは。想定もしていなかった常識外の出来事に脳が麻痺したような虚脱感を覚える。

 正体も目的も分からない相手というのは正直対処に困る。一本角は警告をしにきたと言っていたが、何のためにそんな行動を取ったのか、全然理解できない。これが仮に冬池 檸檬ファンクラブだとか名乗っていたら納得も行ったろう。しかし何となくだけど、連中は冬池さんとテルを、”個人を”見ていないように思えた。連中が見ていたのはこう、もっと別な存在、そう感じられたのは気のせいなのだろうか。

 

とにもかくにも、嵐は去った。何がなんだかわけは分からなかったけれど、もうすでに終わった事だ。とっとと忘れてしまおう。そう思って女性陣に声を掛けようとしたら――


「は、はへにゃあ……」

 

いやに気の抜けた声が耳に入って思わず肩を落とす。声のした方を見やれば、すっかり忘れ去られていたうちの一人、秋沼さんが崩れ落ちるように地面にへたり込んでいる所だった。


「ふえええええ!? あ、秋沼さん!?」

 

隣で硬直していた春沢さんがその光景に我を取り戻し、慌てて秋沼さんの手を取り立たせようとする。が、完全に腰が抜けた様子の秋沼さんを引き上げる事は、彼女の腕力では適わない。

秋沼さんは腕を引っ張られながら、引きつった笑みを浮かべている。


「は、ははははは。…………今になって怖くなってきたよ」

「………………ま、下手に動き回らなかっただけ上等だね。向こうさんもアンタらの事は眼中になかったようだし」

 

慰めるように言いながら、夏川さんが手を貸して秋沼さんを引き上げた。けれど腰が抜けたままの秋沼さんは自力で立つ事もできないようで、残りの二人に寄り掛かったままだ。このままではまともに歩く事もできない。

 

で、どうしたのかと言うと。

















「やはり可愛い顔をしているとは言っても所詮は男の背中か。骨張っている上に堅くて居心地が悪い。しかも汗くさいぞ」

「……………………ねえ、丁度そこのゴミ捨て場明日が不燃ゴミの回収日なんだけど、置いてっちゃダメかな?」

「やめときな。……………………そいつは生ゴミだろうから、月曜日に捨てておくれ」

「ハッハッハ、無論冗談デスヨ?」

 

かなり本気の僕らの言葉に、背中から引きつった声で返事を返す秋沼さん。

そう、腰の抜けた彼女を背負って住宅街を歩くという羞恥プレイを行っているのは僕だったりする。

どう考えても彼女と背丈が同等の僕(悔しくなんか、ないやい)よりも、体力があって長身のかりん(本人がそう呼べと言ったので以下こう呼ぶ)が背負っていった方が良いと思ったのだけど、かりん曰く――


「コイツ絶対ああ檸檬じゃないことは分かっているのに、分かっているのに! この青さを残しながらも豊満な肉体がボクをダメにする! とか言いつつセクハラかますのが目に見えているからやだ」という事らしい。実に良い迷惑だった。

まあ思ったより遙かに軽いし、中身はともかくとして女の子と密着できる機会なんて早々あるもんじゃないから役得だと思えない事もない…………ダメだ自分を誤魔化しきれねえ。正直今すぐにもこの人投げ捨てたい。


「くっ…………このボクが、このような辱めを受けるなどとは。あの黒尽くめども、絶対に許さん」

「それに関しては同意見だけど、なぜだろうもの凄く納得いかないのわ」

「あの…………代わりましょうか?」

「気持ちは嬉しいけれど春沢さんじゃ無理。あとコレセクハラしそうだし」

 

世紀末覇者改めダメ人間オーラがすっかりなりを潜めた春沢さんが気遣ってくれるが、代わるわけにはいかないよなあ。それに変人ではあるけれど背中のコレも一応女の子だし、口では何のかんの言いつつも本気で無碍に扱うというのは気が引ける。

と、殊勝な事を考えていたのに。


「コレ言うな女顔。ボクにだって節度はある」

「ウソ吐くな。…………夕樹、あそこのゴミ捨て場外から鍵が掛かるよ」

「すいません暴言でした大人しくしていますからボックス投棄は勘弁して下さい」

 

最初から言わなきゃ良いのになんで余計な一言を言うかな? この人その内痛い目見るぞ絶対。

 

それはそれとして、アレは本当に何だったのだろう。忘れたかったけれどあんなインパクトあったらどうしても考えるよなあ。姦しく会話を続ける三人をよそに、僕は一人思考の海に沈む。

ただの変人集団……では決してない。今でこそ周囲は僅かながらも人通りが戻り日常の光景が広がっているが、一時的とは言えそれを完全に消し去るなどただの変人集団ができうる事じゃなかった。かといって何らかの訓練を受けたプロというわけでもないだろう。そうだとしたら僕らへの対応があまりにもお粗末だ。第一プロだとしたら多少喧嘩に長けた学生ごときに一蹴されるはずもない。

それに第一…………。


「まったく、だから男という生き物は嫌いなんだ。あのように徒党を組んで弱い者を嬲るのは大概男じゃないか。あんな悪趣味な黒尽くめなんかも他者に威圧感を与えようという男の浅はかな……」

 

いつの間にか独自の偏見に満ちた持論を展開している秋沼さんの声に僕は我を取り戻した。あれま、秋沼さんならと思っていたんだけど、やっぱ気が動転していたんだなあ。妙に納得しつつ、僕は彼女の演説に口を挟む。


「ご高説の最中申し訳ないけど、ちょっと良い?」

「だから君達も男の事なんか忘れ、正しき道に…………ってなんだ。今人が真理を説こうとしている最中に」

「いやさ、気付いてなかったようだから言っとくけど…………あの黒尽くめ達、七割くらいが"女"だったよ?」

「………………………………………はい?」

 

秋沼さんがびきりと硬直した。そう、あの黒尽くめども、なんでか知らないけれど過半数が女性だったのだ。流石にリーダー格の一本角や襲い掛かってきた連中は皆男だったけど、残りのほとんどは間違いない。服の上からでもはっきりと違いが分かった。むしろ結構体のラインがはっきり出るような格好だったから分かったとも言える。

僕の言葉に、かりんも頷いている。


「アタシもそれが気に掛かっていたんだよ。男だけだったらちょっと過激で変態な檸檬のファンって事で無理矢理にでも納得したんだけど、あれじゃあそんな理由でとはとても思えないね。ホントに何が目的であんな真似さらすんだか」

 

軽く肩を竦めているが、目が笑っていない。多分彼女もずっと考えていたのだろう。自然と眉を顰める僕らに、春沢さんがおずおずと語り掛けた。


「そ、それだったらアレですよ。…………実はちょっと過激で変態さんな、"東山さんの"ファンだったり…………して?」

 

誤魔化すかのようにてへりと笑う春沢さん。多分本人は場を和ます冗談のつもりだったのだろう。しかし僕とかりんは互いに顔を見合わせた後、得心したとばかりに爽やかな笑顔を浮かべ、春沢さんに向かって大きく頷いた。


『なるほど、春沢さんの集団だったのかアレは』

「なんですかその納得の仕方ーーーっ!?」

 

僕らのこれ以上ないってくらい完璧な推論に、春沢さんが抗議の声を上げる。うんうん、人間自分の事は客観的に見られないものだからねえ。僕らはなんとなく優しい気持ちになって春沢さんをなだめに掛かった。


「自分では分からないと思うけどね、テルの事好きだって時点で十二分にアレだから」

「信じられない気持ちも分かるさ。でも蓼食う虫も好きずきだって言うし、檸檬という同類だっているんだ。胸を張って生きていっても良いんだよ?」

「ああああああなんかすっかりイタい人扱いされてるよう…………」

 

僕らの言葉にがっくりと肩を落とす春沢さん。けどあんだけダメ人間オーラを放っていて今更真っ当な人間だなんて言わせないよ? 一歩間違えたら確実にあの変態どものお仲間だ。少しは自覚して貰わないと。

 

実際、連中がテルのファンとかじゃないのは薄々分かっているけれど、真っ当な思考を持つ人間じゃない事は確かだ。何か独自の信仰のような物を抱えた狂信者だと考えればその行動も一応の理屈付けはできる。狂信とは狂愛に限りなく近い物、何か一つに狂えば他は一切見えなくなる。そういった場合の人間の行動とは恐ろしいほどのエネルギーを秘めているものだし他者には予測も付かない。黒尽くめの格好をしてわけの分からない警告を行うなど序の口だろう。

やれやれ、面倒な事になった。背中で「そんな…………女性がこのボクの敵に回るだなんて……」とかいう寝言をほざいている秋沼さんをスルーしつつ、近い将来確実に訪れるであろう連中との再会を予想し、僕はこっそり溜息を吐く。

 

なんで確実なのかと言えば、テルと冬池さんとの事に関わるのであれば連中とは絶対に一悶着あるのだし――

 

僕らが二人に関わる事は、とうの昔に決定事項なのだから。






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