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その一・藪から棒 前編






僕やテルが通う千石市立第二高校。学力の面で言えば低くも高くもない、ごく一般的な普通高校である。

しかし、その周囲には密かに語られている逸話がいくつか存在していた。


曰く『隠れた不良高』

曰く『変人の巣窟』

曰く『卒業以外で逃れる手段はない』

等々。


だが実際入学してみれば、ちょっと変わった人間は多いけれどさほど異質でもないというのが僕の感想だ。

むしろ生徒よりも個性的な教師が幾人か存在するのが特徴なんじゃなかろうか。

その個性的な教師の一人が今現在僕の目の前にいたりする。


「……だからよ、オレに金と恋愛の相談をすんなって言ってんだろ?」


振り返りもせずにかちゃかちゃと自身のバイクを弄りつつぞんざいに言い放つのは、僕達の担任であり園芸同好会の顧問でもある教師、天野 翔。

言動はちゃらんぽらん、授業はいいかげん、生徒の学業よりも己の都合(ゲームの発売日等)を優先する立派な不良教師だ。

ただ真摯な人間ややる気のある人間にはそれ相応に相対するし、そうでないからといって軽んじて扱う事もない、生徒の目線に立って物事を見られる人間でもある。


…………教師としての自覚が薄く、生徒と一緒になって遊んでいるだけだろうという事実には気付かないふりをして欲しい。


まあ、あれだ。良きにしろ悪きにしろ生徒達から兄貴分として慕われている事には違いない。ゆえに人生の先達として欠片くらいは役に立つんじゃないかと、微かに期待して昼休みに時間を作り例の件を打ち明けてみたわけですけれども。


けんもほろろでしたこんちくしょう。


こういう反応は予想の範疇ではあったんだけど、実際にやられるとかなりがっくりくる。肩を落とす僕の事なんか放りっぱなしで、先生はバイクに部品を取り付けていく。結局無駄足だったなあと思いながらその場を立ち去ろうとしたら、以外にも先生は背中越しに語り掛けてきた。


「大体、何で当事者じゃなくてお前がくんのよ? いくら幼なじみだからって、こういう話を代替わりするもんじゃないだろう」


ああ、うん、確かにごもっとも。でもまあ、この件で僕自身も嫌な思いをしているんだからまるっきり関わりありませんと知らん顔もしてられないし、第一――


「その当事者なんですが、知恵熱出してぶっ倒れました」

「はあ!?」


冗談みたいな話だがマジである。朝からずっと思い悩んでいたせいだろうか、テルは昼休み直前で高熱を出し保健室に担ぎ込まれた。そしてその後保険教諭の勧告に従い帰宅させられている。いくら何でも思い悩みすぎだと僕も思うけど、ヤツはそこまで追い込まれているのだ。自力で他人に相談できる状況にあるとはとても思えない。


天野先生は作業を続けながらも、頭だけをこちらに向けて何をやっているんだお前らとでも言いたげな表情を見せた。


「小学生かあいつは? どこまで普段モノ考えてないんだよ」

「考えてないってより、普段がのんびりしすぎなんですよヤツぁ。急に回転上げたから調子崩したんじゃないですか?」

「……ったく、馴らしをしっかりやってねえからそんなんなるんだ」


丁度目の前にあることだしエンジンに例えてみたら、やはりと言うか渋々ながらも先生は乗ってきた。うむ、上手くこっち方面で誘導すれば相談にも乗ってくれるかもしれない。

微かな光明(というのは大げさか)を見出した僕は、攻め手に回るかのように勢いに乗って言葉を重ねる。


「まあディーゼルエンジンみたいなヤツですからね。高速回転は苦手なんじゃなかろうかと」

「ブレーキなしのダンプカーじゃないだけマシってか? 以外と暴走したら止まらなさそうだけどな」

「今ントコ大概暴走する前に事が収まってますから、そうなるかどうかは分かりませんよ。……今回もとっとと事が収まってくれりゃあいいんですけど」

「ふん、だったらとっとと冬池とやらにコンタクトとってみるんだな。原因がなくなりゃあ暴走する心配なんざないだろうよ」

「まあそうなんですけれどね。……僕もテルもこういう事態は想定されていない人生を歩んでましたもんで、下手に冬池嬢に接触すると話がややこしくなるような気が」

「そうやって尻込みしてたらいつまで経っても終わらねえぞ。本人に直接じゃなくても誰かに繋ぎまかせるとか方法はあるんだかんな」


うーむ、やっぱり冬池嬢になんとかして接触するしか打開策は無さそうだなあ。正直めちゃめちゃ気が進まないんだけど。

思い悩む僕の目の前で、先生はバイクの外装を取り付け組み上げる。そしてサイドコンテナを付けたツアラー仕様の恐らくYAMAHAセロー250であろうバイク(外装のカラーリングとか、各部パーツの大きさとか形状とかが、かなり違っているように見えるけれど)のキーを捻り、試運転を開始する。うるさいわけではないけれど、異様に腹に響く重低音で吠えるエンジンの調子に満足げな表情を浮かべ、先生はこう話を締めくくった。


「ともかく当たって砕けてみろや。男だったら後先考えずにフルスロットル、だろ?」


……教師まで当てにならないか僕の知り合い。やはり恋人もいない変人に相談するのが間違いであったか。

口の中で呟いたはずのその台詞はなぜかしっかりと先生の耳に届いたらしく――


ゲンコが痛かったです。







「問題は、直接的にも間接的にも冬池嬢と知り合っている人物が周りにいないって事なんだよね…………あ」


放課後、同好会活動もそこそこに、僕と春沢さんは力尽きたテルの様子を窺うべく彼の自宅へと向かっていた。

家が隣の僕はいいとして、なんで春沢さんがついてきているのかというと、どういうワケだか本人が強固についていくと主張して譲らなかったからだ。

別に良いよヤツも気を使うしとやんわり断ろうとしたのだけれども、目にぎらぎらとした怪しい輝きを浮かべ、おどろおどろしいオーラを背負いながら迫るその姿には、諸手をあげて降参する以外になかった。(正直ドン引きしました)

彼女がどうしてここまで入れ込むのか、まさかと思う心当たりがないわけでもないけれど、どうかそれが当たっていませんように。これ以上の厄介事はごめんです神様。そう届きもしない祈りを胸の中で呟いてみる。勿論気休めだ。そうでもしなきゃ隣を歩いている春沢さんが怖くて仕方がない。

何度か間を持たそうかと話し掛けてみたけど、いつもの気弱ながら気の良い彼女とは違い、まともに返事が返ってこない。反応があるのは昨日の告白劇に連なる話題だけ。しかもその話題に触れるたびに彼女の負のオーラが増大していくという、悪い方向でだ。(今もついうっかり口にしたせいで、また一段階増加した)

このままだとテルの家に着くころには取り返しの付かない事になっている可能性がある。主に僕が口を滑らせたせいで。

まずい。なんだかとっても不味いですよ。表面上は平静を保ちながらも、背中に流れる嫌な汗を止めることができない。蛇ににらまれたカエル、いやゴルゴダの丘に連れて行かれるキリストの心境で、僕はぎくしゃくと歩を進める。


……と、そこで僕らの進行方向に何者かが佇んでいるのに気付く。


人影は二人。双方共にウチの女子生徒で同学年のようだ。


一人は長身。僕が小柄である事を差し引いても、頭一つ分は軽くオーバーしているのだから結構なモノだ。凛とした、美人と言うよりはハンサムという表現が似合いそうな、シャギーの入ったセミロングの髪がよく似合うかっこいい系の娘である。


一人は僕と同じくらいの背丈。前髪以外をアップに纏め、眼鏡を掛けたクールな委員長系のこれまた見目麗しい娘。眼鏡の下の切れ長の目が、僕らを値踏みするかのように鋭く光っていた。


足を止める。確証はないけれど、どうやらこの二人僕達に用事があるようだ。だからといって確証もないのに語り掛けるわけにもいかず、僕は躊躇する。

しかしそれは間をおかず解消された。なぜなら向こうの方から語り掛けてきたからだ。


「西之谷 夕樹と、春沢 小梅……だな?」


眼鏡の人(仮)が、ドスの効いた声で尋ねた。そこで初めて二人の存在に気付いたのか春沢さんの歩みが止まる。僕からは背中しか見えないけれど予想外の事態だからだろうか、春沢さんが放っていた世紀末覇者もかくやというオーラは一瞬にして霧散し、いつもの小動物的気配へと戻っていく。

ありがとう眼鏡の人(仮)。心の中で五体倒置せんばかりに感謝しながらも、本能的に警戒してさり気なく春沢さんの前に出る。相手が何者なのかは分からないけれど、最低でも眼鏡さん(仮)は友好的な雰囲気じゃない。こりゃあまた一悶着ありそうだとか思っていたら。


ぽぐんといい音を立てて、背高さん(仮)が眼鏡さん(仮)の後頭部を殴った。


「なに威嚇してんだいこのおバカ。……ごめんねえ、ちょっとコイツ気が立ってるからさ、気にしないでくれるとうれしいな」


苦笑しながら背高さん(仮)は右手を拝むような形でこちらに向け軽く謝罪してきた。その横で撲たれた後頭部を押さえながら、眼鏡さん(仮)は憮然と抗議する。


「何をするんだ夏川、今のでかなりの脳細胞が天に召されたぞ!?」

「少し減った方が多分世の中のためだよアンタの場合。初対面の相手に喧嘩売ってどうするのよ」

「相手を威圧するのは交渉の基礎だ。嘗められていては必要な情報を引き出す事もできないだろう」

「アンタの中の基礎とか基本について、一度とっくりと話し合う必要がありそうだね……」 


いったい何なんだろうこの二人は。目の前で展開される漫才もどきの会話に、僕は目を丸くする以外に反応のしようがなかった。

 

と、僕らを放りっぱなしにしていた事を思い出したのか、背高さん――夏川さんといったか、彼女は眼鏡さん(仮)を手で制して会話を中断し、僕らに向かって語り掛ける。


「あ〜悪い、ヘンなトコ見せちゃったね。アタシは夏川 かりん。で、このヘンな眼鏡が秋沼 林檎。見ての通りアンタらと同じ二高の一年でB組のモンさ。…………いやそれより、冬池 檸檬のダチやってるって言った方が話の通りが良いかな?」

 

背後で息を飲む気配がした。なるほど、僕らの周りに冬池嬢の知り合いはいないなと考えていたら、丁度向こうの方からやってきてくれたか。こいつは渡りに船となるかも知れない。

 憮然とした顔のままの眼鏡さん――秋沼さんはともかく、この夏川という人は話が通じそうだ。そう判断した僕は警戒を解いて彼女に問うた。


「なるほどね、そっちはそっちで何やら事情がありそうだ。僕が思うに冬池嬢に関する事で話があるんだと思うんだけど、どう?」

 

僕の問いに、夏川さんはにっと男前な笑みを浮かべて答える。


「大当たりさ、話が早くて助かるよ。まあこんな所で立ち話もなんだ、ちょっと先に手頃な喫茶店があんだけど、ご足労ねがえるかい?」

 

親指で背後を示す夏川さんに了承の意を示す。これも事態を動かすためだ、テルには悪いが今日は一人でうんうん唸っていて貰おう。

 

さて、鬼が出るか蛇が出るか。どうなります事やら。



 













僕が使う通学路の途上にある個人経営の小さな喫茶店、【止り木】。小さいながらも清潔感漂う、良い雰囲気の店である。

 

…………正直今の今までこんな店がある事すら知らなんだ。

 

あまりこういう所に寄った憶えがない僕と落ち着かない様子の春沢さんが並んで座り、その向かい側に夏川さんと秋沼さんが座る。それぞれ適当にメニューを頼み待つこと数分、目の前に置かれた湯気の立つコーヒーカップを前に口火を開いたのは、両肘をテーブルにつき口の前で両手を組んでこちらを睨め付けていた秋沼さんだった。


「単刀直入に聞こう。東山 暢照、ヤツに効く毒物はなんだ」

 

僕の顎がかくんと落ちた。春沢さんが傾けていたシュガーポットの中身が、どざーっと音を立てて一気にコーヒーカップの中に落ちていく。夏川さんはつんのめるように前に倒れ、ごがんと派手な音を立ててテーブルに顔面をぶつける。

 

僕らの反応に全く構わず、秋沼さんは一人で勝手に話を進めていた。


「毒でなければ急所でも良い、あるいは通用する武器だ。ともかく何でも構わないからヤツを確実に葬り去る手段、それを教えろ。さあ、吐け」

「吐くかこのスタンビート馬鹿!」

 

立ち直った夏川さんが容赦なく秋沼さんをしばき倒す。凄い勢いでテーブルに叩き付けられた秋沼さんだったが、瞬時に身を起こし夏川さんに食って掛かった。


「何をする! こうしている間にもボクの愛しい檸檬が男なんぞの毒牙にかかっているのかも知れないんだぞ!? 一刻も早くあのおぞましい東山 暢照の魔の手から檸檬を救い出さねばならないというのに!」

 

シャウトする秋沼さんに対し、ぶっとい青筋を額に浮かび上がらせた夏川さんはわしりと彼女の頭を前から掴み、片手で軽々と持ち上げる。

おお、なんて見事なアイアンクロー。


「い・い・か・ら・ア・ン・タ・は・だ・まっ・て・ろ。……割るよ?」

「ぎ、ギブギブギブ! 分かったから即座に放してくれなさい!」

 

みぢみぢと冗談抜きで割れそうな音を響かせるアイアンクローに耐えかねて、秋沼さんは必死で夏川さんの腕をタップしてる。大丈夫かなあ、店追い出されないかなあと僕はチョイ現実逃避。その隣の春沢さんは目の前の光景に怯えてがたがた震えていた。

 

数分後、気を取り直して会話が再開される。とは言っても言葉を交わしているのは僕と夏川さんのみ。秋沼さんはアイアンクローが効いたのだろう、不機嫌そうな表情こそしていたものの口を噤み、春沢さんは怯えっぱなしで完全に萎縮している。だからこういう展開になるのも仕方はない。


「それで、何から話したらいい? ヤバい事とか分からない事以外なら答えるよ」

「まずは確認を取らせてもらう。昨日の事だけど、檸檬のヤツは東山君になんか致命的な事を言ったね? 告白とか告白とか告白とか」

「告白しかないじゃないかそれ。……………………………………告白だったけどさ」

 

コーヒーを一口喉に流して、僕は言葉を続けた。


「確かに冬池さんは僕らの目の前で爆弾並みの一言をぶちかましてくれたよ。おかげでテル――東山は機能停止状態。後のフォローもなーんもなかったもんで、僕らだってやきもきしてた所だった」

 

こっちから接触するのも難しかったモンでねーと結び、再びコーヒーをすする。聞きようによっては冬池嬢を責めているようにもとれる僕の言葉に秋沼さんはむっとした表情を見せたが、彼女が反応するより速く夏川さんが答えた。


「やっぱそういう事か。なんかいやに沈み込んでるんでおかしいと思ってたんだ」

 

へえ? 僕はちょっと驚いた。遠目から見ただけだったけれど、冬池嬢が落ち込んでいる様子はなかったと思う。とは言っても前から観察していたわけじゃあないから断言できないけれども。

 驚愕が顔に出たのだろう、さもありなんとばかりに夏川さんは僕に頷いてみせる。


「あの子――檸檬は以外と外面気にするタイプなんでね、人に囲まれてる時にゃあ猫被る」 


なるほど納得、完璧超人ってわけでもなかったって事か。得心した僕は話を進めるよう夏川さんを促す。彼女は頷いて再び口を開いた。


「最近――ここ二週間くらいかな、あの子の様子がおかしかったのは。つってもアタシは最初気が付かなかったんだけど、コイツがね……」

 

くいっと秋沼さんの頭を掴んで指し示す。秋沼さんはさっきのアイアンクローのことを思い出したのか、びくりと身を震わせた。あ、ちょっと可愛いかもとその時は思ったのだけれど。


「……なんか感付いたみたいでさ、あの子に盗聴器とか仕掛けたみたいなんだよ」

 

がん、と音がして目の前に火花が散った。自分がつんのめるようにして前に倒れたと気付いたのは、額の痛みを自覚してからだった。

 え〜っと、まあ、うすうすは気付いていましたけれど、やっぱり秋沼さんって……。


「盗聴じゃない、愛の電波がボクに檸檬の危機を教えてくれたんだ」

「はいはい、ストーカーとかはみんなそう言うんだから」

「失礼な。忠実なる愛の使徒と言って貰いた…………言わなくて良いからそのアイアンクローに移行しようとする体勢は止めて頂きたい」

 

間違いなく真性だ。おまけにとってもヤバい。見た目を完全に裏切った秋沼さんのはっちゃけぶりに頭痛を覚えながら、僕はのろのろと顔を上げた。

ふと、夏川さんと目が合う。


――苦労してるねえ……。


――分かってくれるかい……。

 

直接言葉が交わされる事はない。しかし確かに僕達の心は通じ合った。

同時に溜息を吐いてから、僕らは会話を再開する。そこで夏川さんから聞いた話は以下のような物だ。

 

とにかく様子がおかしい冬池嬢を気遣って(?)彼女の身辺を調べだした秋沼さんなのだけど、当人上の空ながらもなかなか隙を見せず何を悩んでいるのか分からない。業を煮やして明らかに非合法な手段に手を出した秋沼さんは、「東山」「園芸同好会」などの自身の勘に引っ掛かった断片的な情報を元にテルの事を(かなり偏見の入った視点で)調べ上げ、一方的に冬池嬢の弱みを握って不埒を働こうとしていると決めつけて、さあ闇討ちをと考えていた所を夏川さんに何やってるんだと見咎められ締め上げられて洗いざらいをぶちまけてしまう。

とりあえずは説得(鉄拳制裁)をもって秋沼さんの行動を押さえた夏川さんは、まず正確な情報を集めるべきだと諭し、初心に返って冬池嬢本人から事情聴取しようとした…………所で仕掛けていた盗聴器からもたらされた爆弾発言。これを耳にした秋沼さんは再度暴走。殺意全開でテルの元に赴こうとして夏川さんの手により撃墜されるという行為を数度繰り返し、それでやっと一応の落ち着きを取り戻してから夏川さんの意見(鉄拳制裁)に従い冬池嬢に事情を確認しようとしたのだが、完全に上の空というか情緒不安定に見える彼女に問い掛けるのが躊躇われたため、仕方なくテルと親しくしていると思われる僕達(テル本人だとまた秋沼さんが暴走しかねないと夏川さんが判断したので)に接触を試みた。

 

で、今に至ると。

 

…………夏川さんがいなかったらヤバかったぞテル。

 

しかしそれにしてもこの夏川さん、良い度胸をしている。春沢さんはともかく、テルとつるんでいるおかげで僕も影じゃあ色々と言われている人間だ。一部の変わった人達以外は目も遭わそうとしないのに、よく平気で接触しようと考えられるもんだ。そう言ったら夏川さんは澄ました顔してこう答えた。


「なに、アタシも腕っ節にゃぁ少々自信があってね。いざって時にはコイツ盾にして逃げるくらいの事ぁできる」

「…………なぜそこでボクの襟首が猫のように掴まれるのか聞いて良いかな? 答えは聞きたくないけれど」

 

良い性格してるなあこの人。なんかおかしくなって思わず笑ってしまう。

 けど次の言葉で僕はがっくりと脱力する羽目に陥った。


「それにさ、こんなに可愛い男の子が噂通りのワルだなんて、ちょっと信じられなかったしね」

 

そう言う方向で納得して欲しくはなかった。しかし夏川さんが指摘した通り、(正直自分自身では認めたくないのだけれど)僕が童顔で女顔だという事実は覆らない。

私服でいたらほぼ間違いなくボーイッシュな女の子に見られるし、テルと並んでたら誘拐犯と誘拐された女の子に間違えられるのはそれが原因の一端を担っていると思われる。中学の頃なんか絶対に男装した女の子だと信じ切ってる一派すらいて、告白を受けまくった事もあった。(無論片っ端からしばき倒したが)

そういった事を一切気にせず接してくれたのはテルを含むごく一部だった事もあって、僕は人付き合いがあまりよろしくない。それが余計に色々な噂を増長される原因だと分かってはいるが、人を外見だけで判断した挙げ句影でこそこそ物を言うような連中はこっちから願い下げだ。正面から喧嘩を売ってくる人間の方がまだ好感が持てる。

 

まあ夏川さんの場合は半分場を和ますつもりで言ったのだろうけれど、それでもちょっとだけヘコむなあ。そう思ったのが顔に出たのか、夏川さんは「気にしてたのかい? 悪かった」と即座に謝罪してすぐに話題を変えてきた。見た目によらず、結構気の回る人だ。


「まあそれはそれとして、檸檬のヤツが東山君に告白したってのは確かって事だね。問題はなんでケツ捲って逃げ出してフォローもしてないかって事の方よ。身内が言っても信じられないとは思うけど、普段のあの子はそんな無責任なヤツじゃあない」

「告白するのだけで一杯一杯だったのかな? 気が動転してどうしたらいいか分からなくなっているのかも。……まあテルに告白するっていう剛の者がそんなヤワだっていうのもちょっと納得いかないけど」

「あの強面と、ばらまかれている噂だけでみんな尻込みしてるみたいだねえ。ま、最低でもアタシはそんな事気にしないし、檸檬だって割りと突っ走る性格してるから、惚れちまったらとことんやるよ?」

「や、やる!? 何を!?」

「ナニを」

「お、女の子がそんなことを言うのはどうかと……」

 

雰囲気を和ませるためかどうか知らないけれど、ぶっちゃけすぎですよ夏川さん。ちょっと腰が引けてしまいました。

 

と、その時、僕の隣から微かにぷちりという何かワイヤーのような物が切れた音が、確かにした。

 

僕と夏川さんは思わず硬直してしまう。

わー、なんかもんのすごく嫌な予感がするですよ? 


嫌だけど確認しないわけにはいかないから、二人揃って全身をぎぎぎと軋ませるように恐る恐る隣の席を確認してみたら――


「ふふふふふふ…………いけませんねえ。青少年がそのような淫らな行為にふけるなどとは…………」

 

そこには、俯き加減で目元を隠しつつ陰気に嗤う、禍々しいオーラを全身から放っている春沢さんの姿が。

 

世紀末覇者が再降臨していらっしゃいますよオイ!?

 

逃げ出したいけれど逃げられない。蛇に睨まれたカエルの面持ちで身動きが取れなくなった僕に向かって、ぎぎぎと無理矢理顔を向けた夏川さんが語り掛けてくる。


「あ、あのさ、もしかしてと思ってたんだけど、やっぱりこの子…………」

 

彼女の言いたい事を理解し、僕は頷くだけで答えを返した。

そう、これまたうすうす気付いていたけどここで確信を持つにいたる。

信じがたい事だが、春沢さんはテルに好意以上の感情を抱いているのだと。

………………いつの間にフラグ立てやがったあの男!? しかも二人に!? なんて言ってる場合じゃない。このままでは隣の世紀末覇者のどす黒い闘気で僕らの命が大ピンチになってしまう。

絶望的な未来予想図(大げさだと思うヤツはちょっとここ来い。この場の空気に当てられたらんな事は言えなくなるから)に、揃ってがちがちと震え出す僕と夏川さん。何とかしなければと思うけれど、どうすればこの大魔神の怒りを収める事ができるのか、さっぱりと思い付かない。

いっその事このままテルの部屋に春沢さんを押し込んで見なかった事にでもしてしまおうかと、投げやりな事を思い付いた時、救世主は舞い降りた。


「…………そうか、君も許せないんだね。大切な物が邪なる意志に犯されるのを」

 

圧倒的な気配に物怖じする事なく口を開いたのは、負けず劣らず怪しい気配を全身から放つ秋沼さん。座った目で春沢さんを真正面から見詰め、口元ににたりとした笑みを浮かべている。

語り掛けられた春沢さんはぎらんと射殺せそうな視線を向けるが、秋沼さんは真っ向からそれを受け止める。しばらくの間、二人の少女は視線をぶつけ合い、熱いような冷たいような緊迫した空気が流れた。

 

そして――


「相手を思うあまり、自宅まで見守り続けるのは基本だね?」

「ええ、時折相手の部屋の電気が消えるまでつい見守っちゃうのも基本ですよね?」

 

二人は互いを理解し合った。

どちらからともなく伸ばされた両手が、がっちりと握手を交わす。

二人の心は一つ。互いの歯車はがっちりと噛み合い、完全な同調を見せる………………ように見えて、どこかが何かが致命的にズレている。ってか君ら根本的にお互いを理解していないんじゃないか?

 

なぜだろう、今まで春沢さんから放たれていた暗黒闘気が、すごい勢いでダメな空気へと変換されていってるような気がする。いや、僕らがただ本質に気付いただけなのかも知れない。

 

僕と夏川さんは再び顔を見合わせ、先程までとは別な意味で引きつった笑みを浮かべて笑い合った。そうしている間にも、ダメエアーを纏う二人の少女は怒濤の勢いで話を銀河の彼方へと持っていっていた。


「今回の件で愛の電波受信機も完全ではないと証明されたんだが、これは基本に立ち返って四六時中離れずにおけという天の思し召しだろうか?」

「そうですね、己の物だと言う事をしっかり周りに知らしめしてヘンな虫が付かないようにしないといけません」

「やはりマーキングか。匂いが染みつくまでしっかりと抱きついてすりすりするべきだろう」

「すりすりですか、良いですねすごく良いですね。夢見心地です」

「ふふ、君とは良い同士となれそうだ」

「ええ、お互い精進しましょう」

「すりすりでね」

「すりすりですね」

 

致命的に間違ったまま、強い友情で結ばれる二人。そんな彼女らに――


『いい加減正気に戻りなさい』

 

僕と夏川さんは、揃ってげんこつをお見舞いした。








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