そのさいご・勝って兜の緒を締めよまたは尾張名古屋は城で保つ
数日が経ち、学園は平穏を取り戻した。
もはや再起不能かと思わせるほどに破壊され尽くした体育館は、二高が誇る土木建築研究会、通称土方研の尽力によって完璧に再建され、かの騒動の痕跡など一片たりとも残っていない。
あのお祭り騒ぎはすでに過去の話、青春の1ページにしかすぎない。僕たちはすこしだけ後ろ髪引かれる物を感じながらも、それを振り返らずに前を向いて歩いていく。
…………………………とか言う感じで綺麗に終われたら良かったんだけどなあ。
あの後、当然のごとく校長は怪生物をあっさりと退治し、怪生物を放った生物部員と怪しい薬品を製作した科学部員は全員お縄を頂戴し停学となった。いっその事退学にしてくれれば後の面倒がなくって良かったのにと思ったのだが、天野先生曰く「あんなのを下手に世に放って見ろ、至極迷惑に決まってんじゃねえか」との事。校内ならいくらでももみ消せるしなあと邪悪な笑みを浮かべる先生は少し疲れているのかもしれない。
それはそれとして、結局イベントは勝者のないまま尻切れ蜻蛉な感じで終えることとなり、僕は晴れて自由の身となったわけだ。まあどさくさに紛れる形で校内の猫派と犬派は和平を結ぶ運びとなったらしいが、もう金輪際関わり合いになるつもりはないからどうでもよろしい。もし関係者が害をなすようであれば容赦なくぶちのめしてOKという正式な許可を天野先生からも頂いたし、顔見かけたらとりあえずしばきたおしておくことにしよう。何回かこづいてやれば関わろうだなんて思わなくなるだろ。
そして、肝心のテルと恋する乙女二匹がどうなったのかと言うと。
いつも通りに朝がきて、いつも通りに登校する時間となる。
もうすっかりおなじみとなった溜息と共に、僕は校門を潜る。あの騒動で妙に顔が売れ一時はヘンな勧誘とか自称ファンクラブとかがひっきりなしに現れた物だが、煩かったので片っ端からシメてたら流石に現れなく――
「AV研です、AV研をよろしく――」
「いやだからね、ちょーっと脱いで砂浜でマッチョメンと追いかけっこしてくれればいいだけだから――」
「三本、三本でどないや?」
「お願いします! 一度でいいんです一度で! ぜひとも撮影会を――」
…………………………。
「散れェえええええええええええ!!!!」
どかばきぐしゃ。
……こほん、流石に現れなくなった。
「おは〜。……最近開き直ったねえ」
「うい〜。大変だな人気者」
丁度同時刻に登校してきたかりんと南田が声を掛けてくる。君らはいいよな面倒がなくて、そういう気持ちを込めてぎろりと睨むがそれで状況が変わるわけでもない。すぐに僕は睨むのをやめて溜息を吐いた。
「ほらほら、朝っぱらからそんな顔してるとツキが逃げるよ。しゃきっとしなよ」
かりんはぽんぽんと背中を叩いて僕を励ましてくれる。そうしてくれるのは有り難いけれど、根本的な解決にはならないので僕の表情は暗いままだ。そんな僕を見て、南田は肩を竦めて僕の背後を親指で指しながら言う。
「ま、アレを見せつけられたらそういう気になるのは分かるけど、な」
南田が指し示したその方向には、異様な気配を放つ集団が存在していた。
中央、でかくてサングラスかけた偽ヤクザ、テル。相変わらずのむっつりとした表情……に一見見えるが、なんというか“白い。”ぶっちゃけトーンも墨も入れられていない下書きそのままの状態だ。
向かって右、とろけたようなふにゃり具合でにやけつつテルの腕にぶら下がっているちっちゃいツインテール、春沢 小梅。でへへと締まりなく笑いながらテルに絡み付いている。
向かって左、異様に艶めいた表情と態度でテルの腕を抱き抱え歩いている色ボケロングヘアー、冬池 檸檬。にゅふふと締まりなく笑いながらテルの腕に身体を預けている。
そしてその遙か後方の電柱の影で、ぎぎぎおのれとか言いつつ暗黒のオーラを放っているメガネがいるがそれはいい。ともかくこの三人が現在僕の溜息を誘発する最大の要因なのだ。
あの馬鹿騒ぎのどさくさに紛れテルを抱えて姿を消した二人。その後2、3日行方不明になっていたのだが、再び姿を現したときには対立関係はすっかりなりを潜めこうなっちゃっていた。現れた際なぜか二人の顔がもの凄く満足げで艶めいていたり、テルが精も根も尽きたような状態になっていたりしたが一体なにをやっていたのかは分からない。怖くて聞けない。
「えへへ争う必要なんて全くありませんでしたね」
「うふふそうよね二人纏めてでも余裕があったし」
聞こえないぞなにも聞こえてないからな!?
まあそういうわけで、ここ最近朝っぱらから帰宅時まで(いつの間にやら冬池のヤツ園芸同好会に入ってやがった)ピンク色のダメ人間オーラに当てられて、僕の気力はがりがりと削られていくわけだ。アレは絶対体に悪い。調査して学会に発表すれば博士号でも取れるんじゃなかろうか。そう確信できるくらいには害がある。
こんな状態になったらば一部の人間が嫉妬に狂い、馬鹿な行動に出て一悶着起きそうなものだが、流石にあの二大怪獣決戦を見た後でちょっかいを出そうなんて考える無謀な者はいなかったようだ。なにしろ馬に蹴られるどころではすまない。多分即死した方が遙かにマシだと言う目に遭わされる。
「ちくしょうちくしょうちくしょうボクの檸檬が檸檬が檸檬が呪う呪う呪う三千世界の全ての呪いをヤツに……」
「こっちはこっちで血涙流すほど悔しがってるねえ」
「放っときな。どーせ馬鹿やって自滅するのが関の山なんだから」
例外はどこにでもいるわけだが所詮は秋沼だ。関わるとろくな目に遭わないだろう事は目に見えているし放っておこう。それはそれとしてどーしたもんだろうねホントに。しかし気持ちは滅入るがない知恵振り絞ったところで具体的な解決方法があるわけじゃない、実際慣れるまではどうしようもないなあ。脱力感と諦観を憶えながら、僕は南田とかりんを促して教室へと向かおうとした。
そこに野太いエンジン音が響き、僕らの傍らに現れる影。漆黒と深紅のセロー250改。ヘルメットのシールドを上げながら「よう」と挨拶するのは、無論天野先生だ。
「暗れェ顔してんなあ。まあアレに毎日当てられりゃそうもなるか」
「おはようございま……ってなんですかその巨大芋虫」
力無く返事を返そうとすれば、荷台に強引にくくりつけられている人間大の荷物――ぶっちゃけ全身を縛り上げられた人間が目に入った。
しくしく鬱陶しいほどに泣いているそいつは…………北畑じゃねえか。そういや最近姿を見ないと思っていたらなにやってんだこいつ。
目を丸くした僕の質問に、先生は無造作に北畑を解き放って地面へと放り投げつつ答えた。
「こいつ最近負け続きなのが相当に悔しかったらしくてな、学校さぼって山ごもりしてやがったんだよ。ったくオレの業績に響くんだから家出とか引きこもりとかやめれっつっとろーがどあほうが」
「うううううう……負けた、また負けたああああああ」
至極身勝手な本心が垣間見える台詞を吐きながら先生は不満げに鼻を鳴らす。そんな先生にこてんぱんにのされたらしい北畑は地面に横たわったまましくしくと泣き続けていた。彼が落ち込む原因の一端をになっている僕はそっぽを向いてしらんぷり。我を忘れていたとは言え二度ほどしばき倒してるからなぁ。
先生は再びヘルメットを被り、「じゃ、後は任せる。オレは職員会議あるし」と言い残してさっさと姿を消した。こちらが不平を漏らす暇も与えない。
ちっ、しょうがないなあ。放っておくのも寝覚めが悪いので、仕方がないから北畑を教室に連れて行く事にする。ただし起こすのがめんどいので足首持ってずるずると。
「ちょ、それ、扱い酷くない俺様!? あ、すれるすれる削れる!?」
北畑がなにか言っているようだが無視。ついでだから高い鼻っ柱とか妙な思考回路とかも一緒に削れとけお前。
「おのれえ今こそ必殺五寸釘ダイレクトアタックを……」
「はいはい、アンタも馬鹿やってないでとっとと行くよ」
「やーれやれ、朝っぱらからにぎやかなこった」
いちゃいちゃしている色ボケ三人を極力視界に入れないようにして、僕らは校舎へと向かう。途中生徒会長と言い合いした後しばき倒してる麗射先輩や夫婦漫才じみた会話を繰り広げている九江洲とさえない顔の男子生徒(声からするともしかして挟上か?)等の姿が。さらに校舎の前で登校風景を満足げに見やりながら一人頷くマスク……もとい校長がいたりする。
まあ平和な光景だろう大体は。この平和が続いてくれればと僕は心底願わずにいられない。
しかし――
「ん?」
気付けば僕の進路上に待ち構えるかのごとく、佇む影が一つ。
見覚えのない女子生徒。俯き加減で落ち着きのない態度のその娘は、意を決した様子で面を上げ、必死の形相を見せた。
異様な雰囲気を感じ取ったか、周囲が静まりかえる。某色ボケ三人を除いて。なぜかみんなが固唾を呑むほどに高まった緊張感の中、少女は口を開き叫ぶように言葉を叩き付ける。
当然のように、僕に向かって。
「す、す、す、好きです! 私と付き合って下さい!」
静寂。そして――
『なにいいいいいいい!?』
――大爆発。
どうやら僕らの学園大戦は、まだ終わりそうにないみたいだ。
〜FIN?〜
…………おかしい、自分はただのラブコメを書くつもりだったのに、なにゆえこのようなものができあがってしまったのだろう。
ちょっと苦悩している筆者ですどうも。
今回初めて小説投稿なんぞを行ってみたわけなんですがいかがだったでしょうか。どうやら僅かながらも読んで下さる人がいらっしゃったようなので(しかも過分な評価を頂いたようで)ほっとするやら恐縮するやらです。
とりあえずこの話はこの後にちょっとしたおまけを入れたところでひとまず幕としますが、気が向いたら続きを書くやもしれません。あるいは別な話を書くやも。
もしまた自分の愚作をどこかで見掛けるようでしたら、お目を通して頂けたら嬉しく思います。
でわ、縁があったらまたお会いいたしましょう。
〜勝手にこの話のテーマ曲と決めたポルノグラフティ『アポロ』を聴きながら〜




