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その五・大山鳴動して鼠一匹 後編

 




嵐のような暴風が吹き荒れる。その発生源は中央のリング。

 

対峙している乙女二人からは目に見える形ではっきりと、気だかオーラだかそういった物が間欠泉を思わせる勢いで吹き出していた。

 

二人の表情は揃って獣じみた獰猛な笑み。周囲の状況などどこ吹く風で互いを睨め付けている真っ最中だ。

 

…………なにこの格闘漫画。目を点にしてぽかんと会場を見やる僕らの耳に、放送席からの声が届く。


「こ、これはっ! 冬池 檸檬、春沢 小梅共に戦闘力の増加が止まりません! 50万……60……はちきゃあ! 計測器が!」

「あ〜、命が惜しいヤツは早めに逃げた方がいいぞ〜。逃げて助かるかどうかは微妙だけどな〜」

 

驚愕しながらも実況を続ける放送部員。そしてなにもかもを諦めた表情で一応の警告を発する天野先生。それを聞いて……いや、その台詞が放たれる前から聡い生徒は次々と会場を逃げ出している。そりゃ逃げるよなァ普通、逃げ出さないのはよほど物見高いか、恐怖のあまり腰を抜かしているか失神しているかするヤツだけだろう。


「ちゅーコトで僕も逃げる。あとはよろしく」

「まてコラ、アンタ一人逃がすと思ってんのか。……アタシも逃げるぞ」

「あなた達だけを行かせると思っているの? あたしも行く」

「こ、これは逃亡ではないからな、戦術的な一時撤退なのだからな!」

 

無論僕らも即座に後ろを振り向いて、口々に勝手な事を言いつつ脱兎のごとくその場を去ろうとしたのだけれど、運命の女神様はとことんまで僕のことが気に入らないようだった。

ごずん、と重々しい音を立てて目の前の床になにかが突き刺さる。体育館の天井を支える鉄骨の一部だと気付いたのは、腰が抜けて尻餅をついた後だ。危なかった、本当に危なかった。直撃してたら死んでたよ確実に! 僕らは揃って悲鳴なんぞを上げながら尻餅の体勢のまま後ずさる。

 

に、逃げられない。一番近い出口を塞がれて、さらに他の所へ逃れようにも腰が抜けて動けない状況だ。これは非常に拙いですよみなさん! リングから放たれる闘気だか殺気だかはますます勢いを増しているしリアルで命が危険でピンチで風前の灯火ですよのコトアルよ!? …………あああああ、恐怖のあまりか思考回路がおかしくなり始めてるゥ!

思わず身を寄せ合ってしまう僕ら。美人三人にくっつかれて普段だったらうれしはずかしのパラダイスだったのだろうけど、この状況でそんな余裕があるはずもない。できる事と言えば、小さくひいいとか呻きながらがたがた震える事だけだった。

 

僕らのような怯える子羊を放っておいて、リングの上では女の戦いが静かに進行している。獣の笑みを浮かべたままただ対峙していただけだった二人が、ついに口を開く。火蓋を切ったのは春沢 小梅。


「さてそろそろ始めましょうか”前座”。私と東山さんの幸せな未来のための礎となってとっとと倒されちゃってください」

 

刺々しいというのも生易しい言葉。それに応える冬池 檸檬も負けてはいない。


「いつでもいいよ”三下”。時間をかけるつもりはないから、さっさと退場して私と東山君のきゃっきゃうふふぶりを指をくわえて眺めているといいわ」

 

轟っ、と二人の闘気が再び増加する。またどこかでなにかが壊れる音がしているが、それを気にしている余裕は誰にもなかった。ちりちりと肌が灼けるような感覚がする。まるで溶鉱炉の中を覗き込んでいるかのようだ。そんな雰囲気を産み出している二人は同時に次のアクションに移る。


「ふ、やはりお互い同じ事を考えているというわけですね」

「そう、真の敵はあなたなんかじゃない。私たちが征するべき敵は――」

 

互いに睨み合ったまま彼女らはすっと片手を上げ、ある方向をびしりと指さす。

 

つまり”僕”を。

 

なんでェ!? 驚愕する僕。状況に気づくが早いか一斉に身を離し蜘蛛の子を散らすように逃げ出すかりん以下薄情者達。うわん何事さ一体、半泣きになりながらリングを見れば、横目でこちらを睨む二人と目が合いました。

 

正直、ちびるかと思った。

 

ざあっと自分の中から血の気が引く音が聞こえる。ロックオンされた標的の心境ってこんな物なのだろうか。怯えを通り越して硬直している僕に向かって、冷たさと熱さ双方を秘めた表情と声で二人は吐き捨てるように言う。


「良くも謀ってくれた物です。まさか全力全開で親友たる北畑さんを血祭りに上げるほど勢い込んでいたなんて」

「ノーマルだなんて言って、完全に油断してたわ。……たとえ他の人達の目はごまかせても私たちの目は節穴じゃないわよ」


 見事なまでに節穴だよ! なにその超解釈! いくらなんでも思いこみ激しすぎでしょあのスパークする恋する乙女ども。あまりの無茶苦茶な展開に魂が抜けそうになってきた。

 

あ、川向こうできれーなおねーさんが手招きしてる。…………渡っちゃおうかな〜。


『戻ってこおおおおおい!』

 

必死の声に我を取り戻す。空いたパイプイスとかで即席のバリケードを作ったかりん達がその影から声を掛けたらしい。

慌ててそっちの方に潜り込もうとしたけれど、「ばかこっちくんな」と罵られた挙げ句色々と投げつけられた。なんて酷い連中だちくしょう。しかたがないのでしくしく泣きつつ僕は自分でバリケードを作り上げ潜り込む。

 

いい加減なことを言うだけ言っていたリング上の二人は、こちらに興味など失ったかのように再び睨み合いに入る。しかしその闘志というか殺気はざくざくと突き刺さるかのように僕の方へと向けられたままだ。あくまで目の前の敵は前菜、メインディッシュを美味しく平らげるための前振りでしかないと言う事か。

 

…………土下座でなんとかなるかなあ。遺書、書いとこうかな……。

 

おとうさんおかあさんさきだつふこうをおゆるしくださいと文面を考え始めたところで、新たな動きがあった。

その人物は相変わらず時計の上に立っていた。その両目から滝のように流れる涙。感極まった様子でうんうんと頷くその人は、そうでかくもないはずなのになぜだかこの争乱の中でも朗々と響き渡る声で、何やら宣う。


「うむ、流石は恋する乙女。互いに切磋琢磨しあい、人を超え、獣を超え、神の領域にまで至ったか。……見事。見事なり淑女達よ!」

 

あ〜、この人も節穴だよ。ポジティブシンキングというか、都合のいい方に物事考えてんな。僕の事完全に眼中ないでしょ。

前しか見えていない覆面紳士マスク・ド・ダンディは、腕組みをといて右手をずはっと横に上げる。そして声たかだかに言った。


「さあ戦うがいい美しき戦士達よ! 己の思いを成就せんがために!」

 

その声に合わせたのだろう。ゴングが、鳴る。


 




その瞬間、獣たちの戒めは解かれた。






『おおっ!!』

 

咆吼と同時に、リングを中心として衝撃波が発生する。発生源は真正面からぶつかり合った拳。暫しの間拳をぶつけ合ったまま停止していた二匹だが――


『らああああああああ!!』

 

目にも止らぬ速度で放たれる連打の応酬へと移行する。最早それは殴り合いの音を発していなかった。どががががという削岩機のような音を基に、時折がきゅうんとかちゅいんとか明らかに別系統の音が混ざっている。それは伊達ではなく、ぶつかり合いの中時折逸れる二人の拳は届いてもいないのに互いの肌に切り傷を作り、マットを穿ち、ロープを引きちぎる。

拳圧で真空でも作り出してやがるんですかあの人達は。最早繰り出される拳の速度は尋常ではない領域にいたり、傍目には二人の周囲で旋風が舞い踊っているようにしか見えない。そりゃ鎌鼬の一つも生み出せるだろうと納得してしまう光景であった。

 

と、突如拳の応酬が止まる。一瞬前の轟音が嘘のような静けさ。名残を残すのは二人の周囲からしゅううと微かな音を立てて立ち上る煙と、なにかが焦げた匂いのみ。

 

しばしの無言。そして二人は同時に獰猛な笑みを浮かべた。


「ウォーミングアップは十分ですね」

「ええ、暖まったわ」

 

………………あれがウォーミングアップですかそーですか。僕も自分自身の事を結構凶暴な人間だと思っていたけれど、あいつらにゃあ負ける。驚愕と呆れとビビりが入り交じった心持ちでリングを眺める僕とその他だったが――


 




本当にビビりまくるのはこの後だった。


 




ごうん、そんな轟音を認識したのは、リングの中央で二人がぶつかり合った後。

 

いつ動いたのか分からなかった。それに驚く間もなく、先の物を上回る撃ち合いが始まる。

さっきの手合いが旋風ならば、今度のは嵐。数十本のドラムに無数の爆竹を放り込み、さらにそのドラム缶をやたらめったらぶっ叩いたような難聴になりそうな轟音。一打ごとにどこかが砕け、切り裂かれ、穿たれる。

冗談じゃねえぞおい! ここはどこの最前線だ!? 必死で伏せながら僕は心の中で悪態をつく。あの二人、出会ったときには確かにただの一般人だったはずだが一体全体いつの間にあんな非常識極まりない戦闘能力を身につけた? まだ二週間経ってないだろうよ。どこかの漫画の主人公でもあるまいし、戦闘力のインフレが過ぎると思うのですけれど。

 

バリケードの端からおそるおそる地獄の釜をのぞき見れば、二匹の獣はまるで疲労という物を完全に忘れ去ったかのように撃ち合いを続けている。呆れたタフネスぶりだ、かつての可憐な乙女であった面影なんぞ欠片も残っていない………………?

 

ちょっと待て。僕は一旦バリケードに身を引っ込めてからごしごしと目をこすり、再びリング上に目を向ける。

 

変わることなく続く撃ち合い。だが、撃ち合っている二人の足はマットを離れ、その身は段々”空中に浮かび始めている。”勿論ワイヤーかなんかでつり下げられているはずはないし、人間が生身で空を飛べる技術なんて…………あるかも知れないが生憎僕は耳にした事がない。

つまりあの人ら、”拳を打ち合う勢いとそれによって生じる風圧で空中に浮かんでいる”って事!? どこまで格闘漫画の世界を踏襲するかあの非常識ども! 

 

すでに原形を留めていないリングを離れ、彼女らは拳を交えつつ空へと浮かぶ。速度も勢いも落ちない打撃の嵐はいつ果てるともなく続くかと思われたが……。

 

流れが、変わる。

 

微かではあるが二人の動きに変化が出た。強いて言うならば、マシンガンを乱射しながらバズーカの用意をしているといったところか。どうやらお互い大技で勝負に出るつもりらしい。ぎぢりとなにかが軋むような気配。引き絞られる弓のように力が込められていくのが見て取れた。


「あ〜、総員対ショック。でかいの来るぞ〜」

 

安全第一と書かれた工事用のヘルメットを被りつつ(ついでに隣の放送部員にも被せて)相変わらずのやる気なさげな態度で天野先生が警告を発する。その直後――


「はああああああああああ!」

「おおおおおおおおおおお!」

 

天地を揺るがす二つの咆吼。

 

春沢さんの思いきり振りかぶった右拳が。


冬池の全力で振り回す右足が。

 

轟音と共にそれぞれ互いの体を捉えた。

 

刹那の停滞、そして――

 

爆発のような衝撃波を放出しながら双方共に吹っ飛ばされる。

 

衝撃波により荒れ狂う体育館の中、僕は見た。二人が共に体育館の壁に叩き付けられる所を。

蜘蛛の巣のごとき亀裂が壁に走り、暫しの間貼り付けにされていた二人だったが、互いに口から吐血しながらほぼ同時に力無く壁から剥がれ、頭から床に落下する。

 

死んだ。アレは絶対死んだ。呆然とその光景を眺めつつも、僕は心の中で確信した。

 

あんな衝撃、人間に耐えられるはずがない。耐えられたとしたら、それはもう人間じゃない。ばぐしゃあっていうスイカが割れるような音とかしてたし。

しんと静まりかえる館内。衝撃的な結末にほとんどの人間が動けないでいた。中には瓦礫に埋まって物理的に動けない人間もいたが誰も気にしている余裕がない。そんな中流石と言うべきか、放送席のテーブル下から恐る恐るはい出した放送部員が、声を震わせながらもマイクに向かって言葉を放つ。


「だ、ダブルノックダウン、相打ちです! 壮絶な闘争の末勝者無くしてこの戦いは終わってしまうのか!? というより急いで救急車を呼んだ方がいいと思います! 実行委員の方大至急119番を一丁――」

「いや、まだだ」

 

もっともな方向に話を持っていきかけた放送部員を、珍しくシリアスな表情の天野先生が制する。んなあほな。いくら何でもあの状況でと思っていたら、先生の意見を肯定する言葉が降り注いだ。


「然り。まだ終わりではあるまい」

 

あの爆発としか言いようのない衝撃の中、唯一小揺るぎもしなかった人物。勿論マスク・ド・ダンディ以外の何者でもない。

彼は静かに、だが確信を込めて言い放つ。


「ただの人であるならば終わりであろうよ。だか彼女らはただの人にあらず、掴むべき物を見出しそれを得んがため修羅となった――」

 

一旦途切れる言葉、男臭い笑み。


「――恋する乙女なのだから!」

 

最後繋がってません。台詞的にも雰囲気的にも。

 

正直状況を忘れて本気で呆れまくっていたら、からりと瓦礫が崩れる音が響く。

次の瞬間、地鳴りのような音をBGMに再び間欠泉のような闘気が二つ、爆発的な勢いで立ち上る。

瓦礫が砕けながら吹き飛び、地面から体を引き剥がすように二匹の獣が立ち上がろうとしていた。

人間じゃなかったーーーーー!? これまで以上の驚天動地な光景に、僕を含めた観客たちはかくんと顎を落し唖然とした表情でその光景を眺めるしかない。

 

ゆらりと前屈姿勢、ずたぼろの体操服、血まみれ。満身創痍の姿でありながら、二匹が浮かべる表情は凄絶な笑み。最早美少女だった面影はどこにもない……いや、元が整っていたからこそもたらされる迫力か。僕達観客は言葉も出ない。ただ固唾を呑んで見守るだけである。

そして二匹は動き出す。瓦礫を踏み砕きながら一歩一歩、ゆっくりと前に進む。

進みながらどちらともなく口を開く。血の混ざった唾を飛ばし、異様にドスの効いた声で言葉は交わされた。


「さて……」

「じゃあ……」

 

続く咆吼は、同時。


『第二ラウンドといこうかあああああああ!!!』

 

本当にまだやる気か!? 闘志も衰えていなければ目も死んではいないが、あんなぼろぼろの身体で真っ当にガチンコできるはずがない。格闘ゲームじゃないんだ、蓄積したダメージは確実に身体の動きを鈍らせ、反応速度や思考能力も失われていく。気力や根性でどうにかなる問題じゃない、限界という物は確実に訪れるのだ。

 

だが言ったところで止まる二人じゃないだろう。現に二人はそろって拳を振り上げ、咆吼と共に駆け出す。その速度は先ほど見せた闘争からすれば遅く感じられるが、常人からすれば十二分に速度の乗った疾駆。そのまま体育館の中央、かつてリングだった瓦礫の上へと駆け、踏み込んだ地面を陥没させながら放たれる拳が交錯する――

 

直前だった。


 




突如、体育館の前面、放送席が設置されたステージ部が纏めて吹き飛ばされる。

 

 




なにが起こったのか一瞬理解できなかった。あの素敵で無敵なマスク・ド・ダンディが”為す術もなく吹っ飛ばされて窓ガラスをぶち破り外へ放り出された”という信じがたい光景も、現実感の消失に一役買っている。

 

我を取り戻したのは彼方でどぽんという音(どうやらマスク・ド・ダンディがプールに落ちた音らしい)が響き、僕の傍らに放送部員を横抱き――というかお姫様だっこした天野先生が着地したのを知覚してからだった。


「くっ…………なにが起こった!?」

「ああああああああの、先生!? ちょ、その…………お、おろして……」

 

シリアスな表情を保ったまま呻くように言う天野先生。その先生に抱かれたまま、真っ赤になってわたわたと狼狽える放送部員(♀)。先生は腕の中の放送部員の存在を忘れ去ったかのように、粉々に吹き飛ばされたステージ付近を睨み付けている。

っ! そうだ、確かあそこにはテルのヤツも拘束されたまま設置されていたじゃないか! ヤツは大丈夫なのか……と思っていたら。


「ひ、東山さーーーーん!? しっかりしてえ!」

「ちょ、救急車、救急車をおおおおおお!!」

 

でっかいのし袋が、逆さまになって嘗てリング中央だったあたりに刺さっていた。

 

流石に思い人の危機に獣ではいられなくなったか、人の心を取り戻したらしい乙女二人が泡を食ってのし袋――テルを掘り出そうとしている。

…………ま、放っておいて大丈夫だろう、あの様子なら。一気に闘争の気配が消えいつも通りのダメ空間を形成している三人から、崩れ落ち煙幕のように噴煙を放出している体育館前面の方へと意識を移す。

どこかのあほうが爆発物でも使ったのか、そういう風に考えていたら噴煙の中に何か巨大なものが鎮座しているのに気づいた。

徐々に煙が晴れていくと同時にその姿はあらわになる。真球かと見まがうほどに丸い胴体、同じくまん丸い頭部。どこを見ているかわからないつぶらな瞳に胴体のあちこちから生えたぶっとい触手………………。


「ふっふっふっふっふ………………はあ〜っはっはっはっはっは! 復讐するは我にあり、予習復習は大切ですよ皆さん! 今、必殺と逆襲の意志を秘め、従僕とともに我々参上!!」

 

できれば二度と会いたくない類の馬鹿が、そいつの頭の上で誇らしげに宣っていた。

 

説明は不用だろうが一応言っておくと、高笑いをあげているのは傍らに部員たちを控えさせた生物部部長。そしてやつが立っているのは…………全高10メートルはあろうかという、巨大化したかの怪生物の頭上!

あれは確かに僕の目の前で天野先生により粉みじんにされたはずだが、生物部のあほどもめ、どうにかして再生させやがったな。やろう、地獄に送り返してやらあ!

 

…………つーわけで先生、一つよろしくお願いします。


「ガクブルしながら人の背中に隠れて焚き付けんなよ」

「いやだってアレっすよ、僕があいつにどんな目に遭わされたかわかってるっしょ!?」

 

二度とあんな目に遭うのはごめんだっつーの。 どうせ逃げてもまた追いかけてくるだろうし、できればここでケリをつけていただきたい。他力本願言うな。

ちっしょーがねーなーとかぶつくさ言いながらも、天野先生は意外に紳士的な態度で放送部員を傍らにそっとおろし、懐から件のPDAを取り出す。そうしている間にも馬鹿は勝手にわめき続けている。


「ふはははははは見ましたか聞きましたか驚きましたか! 我々生物部がバイブル故ドクター死神著【怪人再生のノウハウ初級編】を元に再誕させたマルモルマルモに、科学部謹製謎の薬品【ビックリX】を投与し超進化させたこの【マルモルマルモギガンティック】の勇姿! 我々自身もちょっとちびるくらい驚いたのは秘密だ!」

 

相変わらず絶好調で馬鹿だった。

 

その馬鹿は、事もあろうに僕の方を指さしやがる。……大体こうなるだろうと予想していた僕は、すでに諦め気味だ。


「覚悟してもらうぞ西之谷 夕樹! 乱入横やりオールオッケーというこの状況に乗じて今までの恨み辛みを纏めて晴らしてくれる! さすがの貴様もこのマルモルマルモギガンティックの前では赤子も同然――」

 

べろんばくんまぐまぐ。

 

あ、食われた。

 

ぽりぽりくちゅくちゅとなんか絶望的な音が響き、その後まずかったのといわんばかりの勢いで巨大怪生物はかつて生物部部長だったモノを、ぺいっと吐き捨てる。さらにそれを見て「部長ーーーー!?」などと騒ぎ立てる残りの部員たちを触手で一なぎして振り落とす。

いやんな感じでデジャブーな光景ですよ? まさか本当にこないだみたいな目に遭うんじゃなかろうな僕。いや無理だって裂けるどころじゃすまないってあの触手!

 

ぎぬろと周囲を睥睨する巨大怪生物。スロットにカードを挿入しPDAに入力する天野先生。先生を盾にこっそり逃げ出そうとする僕ら。掘り出したテル入りのし袋をかついで脱兎のごとく去っていく恋する乙女二人。予断を許さない状況の中、入力を終えた先生はPDAを掲げ怪生物と対峙する。


「へんし――」

 

先生がPDAをベルトに装着しようとしたまさにその時、いきなり体育館の外からどっぱあんとかいう火山が噴火したような音が響いた。

 

今度はなんだよ一体!? もう大概のモノが出てきても驚きゃしねえぞこんちくしょうと半ばやけになって振り返ろうとしたら――

 

どばっしゃんと窓ガラスが割れ、ほぼ同時にソニックブームを思わせる暴風が吹き荒れて、それを纏って弾丸のような勢いで飛び込んできた何かが怪生物を吹っ飛ばした!

さっきから驚いたり唖然としたりする事のオンパレードだが、それしか反応のしようがないので仕方がない。もうまともに思考回路も働かなくなってきている。


 




が、まさかそこにとどめが刺されるとは思わなかった。


 




巨大な怪生物を難なく吹き飛ばし、くるくると蜻蛉を切ってから目の前に着地したそれを見て、僕らは全ての活動を停止し凍り付く。


「ふっ………………どおやら目覚めさせてしまったようだね。我が内に眠るケダモノを!」

 

すくりと立つは隆々とした体躯。

 

その身に纏うはマスクとビキニパンツ、そして紳士の証たるネクタイのみ。

 

まるで水に濡れたかのごとく妖しく輝く肢体……否、実際に全身が濡れそぼっているのだ。

 

危険なまでにセクシー、頼もしくパワフル。そして神々しいまでにダンディ。まさしく僕らの想像の範疇を遙かに超えるその存在は、声高らかに名乗りを上げる。


「今の我はただのマスク・ド・ダンディにあらず。そう、いわば戒めから解き放たれた一匹のオス…………人呼んでマスク・ド・ダンディ・ウェット&ワイルド!」

 

どどんとポージング。問答無用の威圧感。

 

…………………………この状況で何か反応できるやつがいたら、そいつはとんでもない大物か空気ってものがナノ単位も読めないやつだけだろう。

凍り付いた僕らの反応をどう取ったのか、マスク・ド・ダン……ああもう校長でいいや、校長は満足げに頷くと、振り返って怪生物と対峙する。一歩踏みしめるごとに筋肉がうねり、肩や首を回せばごきりごきりと間接が鳴る。

一歩一歩大地を踏みしめ悠々と進む。先の恋する乙女二人と違って爆発的な闘気などを放っているわけではない。しかしその威圧感は、なんというか『格』が違うと感じさせてくれた。

のっそりと起きあがる怪生物。毛ほどもダメージを食らっていないように見えるが、校長はその事実に怯む様子などない。むしろくくっと笑いを漏らす余裕すらある。


「もはや言葉など無用であろう。あとは…………この拳にて全ての思いを体現するのみ!」

 

疾駆。そして激突。

 

今、怪獣映画もかくやと思わせる世紀の一大決戦の火ぶたが切って落とされたのだ。

 

もう心底どうでもよかったが。


「あ〜………………ま、いっか。あっちは任そう」

 

いち早く我を取り戻したのは天野先生。爆音響く光景から目をそらし、PDAを懐にしまってぱんぱんと手を叩く。


「ほらほら、馬鹿騒ぎもおしまいだ。とっとと片づけて撤収すんぞ。実行委員、土方研呼べ土方研」

「あ、あの先生、イベントの方は?」

「バッカおめー終了だしゅーりょー、何だったらテキトーに引き分けって事にしとけ。件の二人はばっくれやがったし、もうやってられねっつの。ちゃっちゃと後始末して帰って一杯引っかけるぞ俺ァ」

 

そういって強引に生徒を急かす。半分以上の生徒が納得いかない表情ではあったが、実際この状況でイベントが続行できるはずもなく、さらにメインを張っていた二人が姿を消したこともあって、皆渋々ながらも行動を開始した。


 




こうして世にも馬鹿馬鹿しい騒動はうやむやの内に幕を下ろしたわけである。


 




とりあえず、命が助かった事だけは天に感謝するべきかもしれない。








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