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その零・青天の霹靂

どうも緋松 節と申します。


このたび思うところがあってこちらに小説らしき物を投稿させて貰うことにしました。拙い文章ではございますけれども、少しでも皆様に楽しんで頂けたら幸いかと思います。


どちら様もよろしくお願いいたします。


それでは本文をどうぞ。





それまで、僕たちの世界は平穏だった。 


とは言っても別に宇宙人とか攻めてきたわけじゃあない。無論地底人でもない。 


別に異世界に召還されてヒロイックサーガが始まったわけでもないし、裏の世界で暗躍していた闇の暗黒結社が表に現れたわけでもない。空から女の子が降ってきたわけでもなく、伝説の巨大ロボが蘇ったわけでもないのだ。 


…………もう少し身近で具体的に、某国が戦争を仕掛けてきたわけでもなければ広域暴力団が全国的な抗争をおっぱじめたわけでもない。そう、世界そのものは何一つ変わった所なんぞありゃしない。 


けれど、確かに――







「す、好きです! 私と付き合って下さい!」 







この一言で、僕らの平穏は終わりを告げた。 





















東山 暢照とはどういう人間か。そう問われたのならば、親と本人以外で詳しく答えられるのは多分僕だけだろう。物心ついた時からの腐れ縁は伊達じゃない。 


一言で言えばむっつり。二言以上で言えばやたらとでかい、グラサンかけた朴念仁。その風貌はぱっと見ヤクザ。最低でも高校一年生ですよという事実を主張しても、初対面ではまず信じて貰えない。僕と一緒に並んで歩いていると五回に一回くらいは営利誘拐と間違えられる。あと猫が苦手で犬好きなのに、必ず犬には吠え立てられて猫には懐かれる不運だかなんだかよく分からない奴。それが暢照――通称テルだ。 

その風貌がゆえ、彼はいつも周囲から畏怖の対象として扱われて来た。同年代の人間は怯え、教師達は敬遠し、不良どもは媚びへつらう。人は彼を『不動明王』『現代に蘇った恐竜』『降り来たる鬼神』などの二つ名で呼び、その逸話は近隣はおろか県外にまで届いているという。 

……が、はっきり言わせて貰えば言い掛かりもいい所だ。 


確かにテルはでかくて威圧感があるように見える。体力もかなりある方だ。だけど運動神経が鈍いのでスポーツはからっきし、体育の時は絶対手を抜いていると思われているけどあれが全開である。 

実際ケンカになっても一切殴り返すような真似はしない。ただ相手は体力が尽きるまで殴る蹴るして勝手に自滅している。だから不動明王なんぞと呼ばれてるわけだが、あれは元々とてつもなく頑丈で、なおかつ神経が鈍いからこその事だ。(そういう意味じゃ確かに恐竜並みではある) 

じゃあ常にかけているグラサンはなんだと言う人もいるけれど、テルは視神経が人より過敏で、裸眼だと昼間はちゃんと目を開けていられないのだ。(その分夜目は凄く利く)大体学校にはちゃんと説明してあるのに、教師陣が難癖付けるのはどういう事よ。確かに前述の理由でグラサン外すとメンチ切ってるようにしか見えないけどさ、その辺はちゃんと考慮するべきじゃない? 

寡黙なのも、元々口べたで話すのが苦手だから。かてて加えてテルは人より思考のテンポがゆっくりしてる(決して頭の回転が悪いわけではない。むしろ成績は優秀な方)ので、何か喋ろうとしてもすでに話はずっと先の方に進んでいるといった事が多々ある。黙りたくて黙っているのではなく、口をつぐんでしょんぼりしているだけだという事実に気付いているのは僕だけなのだろうか。 


まあ要するに、外見と反比例する感じで『気は優しくて力持ち』を地で行っているわけだ。昔話で言う、えっと、『だいだらっぼっち』だったっけか、あれを想像して貰うと分かり易いだろう。とは言っても完全な善人というわけでもなく、まれに一生懸命やっていたはずの事柄をいきなり途中で投げ出すような、ちょっと無責任な所もある。けれどまあ、大まかには善人と言って差し支えない。 


まあ、ここまで言ったら大体想像はつくだろうけれど、女の子にもてるタイプではなかった。大抵は外観で怯えられてたし、ごく少数の例外な人達にも「いい人」扱いしかされていない。まかり間違っても、女の子から告白を受けるようなキャラクターじゃないはずだ。 






じゃあ、この目の前の光景はなんだろう。 






学校の裏手、雑木林に覆われた小山の手前。その一角は我等が園芸同好会が不法占拠している。(あちこちにバレてるけど、まあいいかと微笑ましい目で見られつつお目こぼしを受けているのが現状だ) 

その日も僕とテル、そしてもう一人の園芸同好会一年メンバーは、不法占拠地帯で育てている作物の手入れを行っていた。とは言ってもメインで手入れを行っているのは園芸に詳しいテルで、僕ら素人はその手伝いが主だったりする。


「んしょ……んしょ」 


残土を処分して空になったプランターを積み重ねて運んでいると、僕の隣、やや下方から可憐な呻き声が聞こえる。見ればツインテールに纏めた髪を揺らしながら、こちらと同じようにプランターを積み重ねて運んでいるジャージ姿の小柄な人影が一つ。 


春沢 小梅。僕らと同じく一年生で園芸同好会員、他の会員のほとんどが幽霊会員と化していく中、最後まで生き残った古兵だ。小学生と見紛うほどにちみっちょくて引っ込み思案、その上人見知りが結構激しい小動物気質。正直初対面のおりテルを見て一瞬で物陰に逃げ込んだ時には「こりゃ長くは保たないな」と思ったもんだが、以外と根性はあったらしく未だ会員を続けている。今じゃ立派な主力……なのだが、どうにも見ていて危なっかしいと思える場面が多々あったりする。例えば今みたいに。


「……だからさ、無理していっぺんに持たなくてもいいって言ってんのに」 


困ったモンだと思いながら、僕は一応彼女に言ってみる。妙な所で頑固なこの人が聞き入れる事はないと半ば分かっていても、危なっかしくふらつく様子を見ていたら言わずにはおられない。 案の定、彼女は歯を食いしばりつつ、呻くがごとく途切れ途切れに答えた。


「でも、いつここから、追い立てられるか、分かったものじゃ、ありませんし、いつでも即座に、撤収できるよう、しとかないと」

「それで無理して怪我とかしたら本末転倒だっての。……ほれ、半分よこして」 


話しても埒が開かないと判断した僕は、一旦自分の荷物を降ろし春沢さんの手から半ば無理矢理プランターの山を奪い取ると、目分量で半分ほどを自分の山に加えて返事も聞かずに運び出す。 

くそう、結構重いな。しかしこう見えてもこの僕は男の子! 女の子に苦労はさせられねえ! などと内心あほな感じで自分を奮い立たせながら、表面上は何ともなさげを装いつつプランターを運ぶ。後ろの方で「あ、ありがとう……」などと小さな声が響いてるけど聞こえないふり。いや照れてませんよ? 照れてませんてば。 


ともかく二人でプランターを運び、纏めておいてビニールシートでも被せておこうとしていると、背後から声を掛けてくる人がいた。


「おー、せいが出るねえ。どうだい景気は?」 


何というか、色気はあるけれど軽薄そうな、どことなくホストか何かを思い起こさせる声。こんな声に心当たりなど、一つしかない。僕は振り返りながら溜息と共に言葉を吐き出した。


「まーた裏山でさぼり? 大概にしとかないと先輩達からどやされるんじゃない?」 


背後にいたのは紺色の胴着に袴を纏った、テルと同じくらいの背丈を持つ美丈夫。さらりと流れる黒髪をたなびかせ,いっそ清々しいくらいに胡散臭い笑みを浮かべて白い歯をきらりと光らせるこの男、名を北畑 星十郎といって僕らと同じクラスの人間だったりする。 


剣道の特待生として鳴り物入りで入学してきただけあって、その剣の腕は同級生はおろか諸先輩方をも凌ぐらしい。まあ見てのとおり顔も良いので、女子の間ではそれとなく噂になっているようだ。これで家柄も良くて成績優秀だったりしたらどこの完璧超人だといった感じだけど、生憎実家は普通のサラリーマンで成績の方も平均点かつかつ。本人は天も二物以上は与えてくれなかったと時折嘆いている。 

あと本人は気付いてないようだけれど、言動がどうにも三枚目っぽい。そこが妙な愛嬌になっていて意外なほどに親しみやすさを醸し出している。そしてあまり人を外見で判断しないものだから、テルや僕とも結構親しく付き合える数少ない人間であったりした。 

内心有り難く思いながらも、どうしてか思わず溜息混じりになってしまう僕の言葉に、北畑は胡散臭い笑みのまま答える。


「さぼりじゃなくて秘密特訓と言って欲しいね。俺様クラスの剣豪になると、生半可な練習じゃ物足りないのさ」 


へー、そーなんだー。実情を知っている僕は思わずじと目。その視線を彼が手に持っている物に向ける。


「最近じゃ猫の群れと戯れるのを秘密特訓っていうんだ」 


びびくんっ、と北畑が分かり易い反応をする。そう、あんまり知られていない事実だけど、彼は隠れた猫好きで時折裏山に屯っている野良猫の群れと戯れているのだ。(手に持つ袋の中身は、もちろん特売の猫缶がこれでもかってほどに詰め込まれていた) 僕の冷たい視線に晒されている北畑は見るも無惨に狼狽えながら、言い訳がましい事をあわあわと述べ立てている。


「ち、違うぞ? 違うんですヨ? これはあれだ、いわゆる一つの癒し系? アロマテラピー? なんだかそんな感じの精神的な安寧を計り明日への活力をみなぎらせる新たなる力若さこそパワー! みたいな、みたいな!?」

「……あ〜、分かった、分かったから少し落ち着け?」


錯乱しかかっている北畑をなだめ、邪魔だからとっとと猫まみれになってこいと追い立てる。


「あ、おいこら少しは弁明を聞け! ってか扱いぞんざいだぞお前!」 


何か言っているようだけれど聞く耳持たない。僕はそれこそ猫を追い立てるかのようにしっしと彼に手を振り、北畑もこれ以上何を言っても聞いて貰えないと悟ったのだろう、ぶつぶつ言いながらも裏山の奥へと姿を消す。


「……良いんですか? 何か機嫌損ねちゃったみたいですけど」 


北畑と対峙していた間、僕の背後で様子を窺っていた春沢さんが恐る恐る尋ねてくる。僕は肩をすくめて答えた。


「いーのいーの、どーせ猫風呂浴びたら即座に忘れるんだから。……それよりいつまでもテル待たしとくわけにもいかないし、とっとと合流しようか」 


そう言って返事も待たずにテルの元へと向かう。春沢さんは「いいのかなあ……」などと呟きながらも素直に僕の後をついてくる。 


さて、肝心のテルであるが、確か僕らが入会した当初に先輩が植えた作物の手入れをしていたはずだ。僕のその記憶に間違いなく、彼は緑の垣根と化した居並ぶプランターの前にしゃがみ込んで、黙々と作業を続けている……? 


自分の眉が顰められるのを感じながら、僕は足を止める。理由はそう大した事じゃない、テルの背後に見知らぬ人間が佇んでいるのを確認した。それだけだ。 


でも、それだけの事なのになぜか嫌な予感が止まらない。 


佇んでいるのは女の子。ウチの制服――ブレザーを纏い、赤色のネクタイをしているから一年だ。艶やかな黒髪を背中までストレートに伸ばした、結構な美人さん…………はれ、どっかで見たような?


「あれは……冬池さん?」 


訝しげな表情で呟く春沢さんの声が、僕の記憶の琴線を刺激した。そうだ、確かあの娘は冬池 檸檬。入学試験で首位を叩き出し、それ以降のテストでもトップの座を揺るがす事のない才女。それだけではなくスポーツ万能、性格良好、家柄優秀という、どっかの誰かさんとは違い天から二物も三物も与えられた、才色兼備の正しく完璧超人。はっきり言って僕らなんぞとは全く関わりのない雲の上の人間だった。 その彼女がなんでこんな所にホワイ?  

どういう事だろうと春沢さんと顔を見合わせてみれば、彼女もどういう事だろうと言いたげな戸惑いの表情を浮かべている。 ……ふむ、どうもここで考えていても埒が開かないようだ。そう考えて僕は意を決し、冬池嬢に何用かと声を掛けるべく一歩踏み出す―― 


だが、それより一瞬前に冬池嬢が動いた。 


彼女は緊張した面持ちで、「あ、あのっ!」と声を裏返しながらテルの背中に向かって言う。それに反応してテルはのっそりと振り返った。 

悪い予感はますます強くなる。これは止めた方が良い。なにをか分からないまま、僕は心の中の警笛に従おうとした。 


しかし間に合わない。 


世界がスローモーに動く中、ゆっくりとテルが振り返ったのと同時に、完全に舞い上がっている様子の冬池嬢は真っ赤な顔でバンカーバスターにも匹敵するような破壊力を秘めた言葉をぶちかます。 






で、場面は冒頭に戻るわけだ。






「ふ、ふえええええええええええ!!??」 


春沢さんが放った素っ頓狂な叫び声のおかげで、僕は我を取り戻す。 


うん、正直今ちょっと現実逃避してた。心情的にはこう、四百字原稿用紙で十八枚弱くらいの文章を読む時間が経ったような気がするけれど、実際には数秒も経っていないだろう。それまでの間、その場の全員が凍り付いたかのように動きを止めていたようだ。 

春沢さんのおかげでとりあえずは正気を取り戻す事ができたわけだが、だからといって一体どうすればいいかさっぱり思い付かない。予想外すぎる事態に頭の中は真っ白、パニックにならなかったのは我ながら誉められても良いと思う。 

隣であわあわ呻いている春沢さんも似たような状態、肝心の二人はと言えば未だ完全に硬直して動きを止めたままだ。もしかしたら呼吸も止まってるんじゃないかあれは?  

とか思っていたら、振り返ったまま硬直していたテルのでかい体がゆっくりと傾いで―― 


ぱたくそと倒れた。


「テ、テルーーーーー!?」

「東山さーーーーーん!?」


流石にこれは硬直が解けた。矢も楯もたまらず春沢さんと二人してテルの元に駆け寄る。 


慌てながらも乱暴にならないように気を付けつつ、横倒しになったでかい体を仰向けに寝かせる。まずジャージの胸元を弛めて気道を確保、意識は……ない。完全に白目を剥いて気絶しているようだ。呼吸と脈は…………大丈夫、止まっちゃいない。とりあえずは急を要する状況じゃあないと思う。 

そうやってテルの様子を見ている僕の傍らで、春沢さんはただひたすらあわあわ言いながらおろおろしている。テルの無事を確認したおかげで冷静さを取り戻した僕は、彼女を落ち着かせようと声を掛けた。


「あー、春沢さん。大丈夫だから生きてるから、まずは落ち着いてよ」

「で、でもねでもですよ! ぱたーんって、ぱたーんって!」

「だから大丈夫だってば……ともかく深呼吸でもしたら?」

「は、はいっ! ………………ひっひっひ、ふ〜〜……」

「…………なんでラマーズ?」

「ち、違いましたか!? それじゃあ! 素数数えます! ……1、2、3、4、5……」

「それ普通に数えてるだけじゃん」

「じゃ、じゃ、じゃあ、えっと、その! 隠し芸でも!」

「見失ってるよ〜春沢さん。……それともわざとやってる?」


どうにもコントっぽい会話になっているが、僕はともかく春沢さんは心底真剣だった。それほどまでにパニクってるって事なんだろうけど……何がそこまで彼女を追い込んでいるんだか。まあ、自分の事じゃないのにここまで心配するっていうのは、この娘が優しい娘だって事なんじゃなかろうかと好意的に解釈しておこう。 

そんな春沢さんをなだめすかし、かつテルの介抱にも意識をとられている間に、僕の脳裏からもう一人の当事者の事は完全に抜け落ちていた。 






いつの間にやら冬池 檸檬の姿が消え去っていた事に気付いたのは、だいぶ後になってからである。 























前日に起こった出来事を語り終えて大きく溜息。そんな僕の様子に目の前の人物はニヒルな笑みをもって答えた。


「そいつあなかなかに……笑える話じゃん?」 


人事だと思って気楽に言うそいつは、一言で言うなら変な奴だった。 


まず特徴的なのは、頭の上に斜めに載った黒い帽子――ボルサリーノのソフトハット。それに合わせるつもりか学ランの前をはだけて着崩している。ちょっと彫りの深い顔と癖のある茶髪は日本人離れしていて一見ハーフかクォーターかと思わせるけど、混じりっけのない純血の日本人だという。 


要するにイタリアンマフィアであったならば全く違和感がないけれど、日本人高校生としては違和感ありまくりな男。それが南田 香月である。 


外見は変わり者だが中身はもっと変わり者。多分こいつから見る世の中って言うのは総じて面白い事ばかりなのだろう、そう思わせるほどに快楽主義で楽天的で刹那的。まあそのお気楽極楽さのおかげで僕らとも友好関係を構築するに至っているわけだが―― 

相談事の役にも立たねえと思うとちょっとむかつきますよ? 

不機嫌さが顔に出たのか、南田は両手を軽く上げて僕をなだめにかかる。


「おおっと、そんな怖い顔すんなよ。俺ちゃんに対して怒った所で問題は解決しないぜえ? 大体お前さんが心配してもしょうがないだろうに」

「それは確かにそうかもしれないけれど! ああいう状態をいつまでも放っておくとこっちの心臓に悪いんだよ!」 


僕は吐き捨てるように言いながら親指で背中の方を指す。その先は教室の一番後ろの席。言うまでもないがそこに座しているのはテルのでかい体だ。 

いつものごとく悠々と席に腰掛け、いつものように何らかの本に目を通し、いつものごとく巌のような無表情…………のように普通の人には見えているだろう。実際南田もなんのこっちゃとでも言い出しそうな訝しげな表情で僕を見ている。しかし幸か不幸か付き合いの長い僕には分かる。分かってしまうのだ。 

幼なじみは伊達じゃない。


「ああ見えて実は内心途方に暮れてんのさ。試しに話し掛けてみなよ、いつも以上にとんちんかんな返答が返ってくるから」

「…………いやあの、どのへんが途方に暮れているわけよ?」

「右斜め後方に三度ほど傾いてる。あとサングラスがちょっと下にずれっぱなし。さらに読んでるはずの本をさっきから一頁たりとも捲ってない」

「間違い探しってレベルじゃねえよそれ」


呆れたのかこめかみを指で押さえつつ頭を横に振る南田。たしかに一般人から見たらちょっと分かりにくいかもしれないけれど、慣れればあんなに分かり易い人間も居ないと思うよ? そう思ったけれどこれは言っても仕方がない。代わりに僕は愚痴を続ける事にした。


「ともかくテルは話になんないし、春沢さんもなんだか沈み込んじゃって情緒不安定だし、肝心の冬池嬢はあれから音沙汰なしときてる。気まずいというか居心地悪いというか、いずれにせよ僕はこういう空気は苦手なんだよ。なんでもいいからこう、すかっと解決する方法はないもんかねえ……」 


まあそう上手くいくモンでもないけどと思いつつ溜息。そう、昨日からこんな状態が続いている理由の一つに、告白した本人がばっくれてフォローも何もしていないという事が上げられると思う。 


ただでさえ冬池嬢は僕達と違うクラス、そして大概仲の良い女子集団とか仲良くなりたい野郎どもとかに囲まれていて、こちらからは接触しづらい。それを自覚しているのかいないのか、彼女からアプローチが行われる様子は全くなかった。その事が、テルの困惑にさらなる拍車を掛けているのだろう。 

こんな生殺しな状況だったら「うっそぴょーんドッキリだよーん」とか言われた方がはるかにマシだ。 

ああまったく、気が滅入る。新たに状況が動くまでこのままの空気で過ごせってのか。ますます鬱になる僕。その肩を、ぽんと叩く手があった。


「いようおはようさん。どしたい朝からブルーなオーラ出して」 


いかにも私上機嫌ですという態度で語り掛けるのは、満面の笑顔の北畑。よほど猫風呂がいい案配だったのだろうか、いつもの数倍は機嫌が良さそうだ。  


正直鬱陶しい。


「ああブルーだよ暗いよ正直泣きそうだよ泣いて良いぶわって?」 


不機嫌さを隠さずに北畑を睨み付ける。そうすると彼は一瞬きょとんとした顔を見せてから、南田の方へ回り込み小声で尋ねた。


「どしたのコレ? アノ日か?」

「青春の悩みって奴さ。ま、そっとしといてやんな」 


打てば響く南田の返事にふーんそなのとか何とか答えを返して、一切合切気にも留めず鼻歌を歌いながら北畑はその場を去る。ホント気楽で良いなあ、奴にゃあ悩みなんてもんはないんだろうなあ。そう思いながら、だいじょーぶかあなどと声を掛ける南田を半ば無視して僕はへにょへにょと机に突っ伏した。 

状況回復の見込みなし、数少ない友人は屁の役にも多立たない。 

鬱だ。激しく鬱だ。なにが悲しゅうてこんな鬱陶しい目に遭うんだろう。しかも人事なのに。そうざめざめと心の中で泣く僕は勿論気付いていなかった。 


この程度の事なんぞ、この後起こる大騒動に比べれば天国にも等しい平穏だったのだと。 

























あ、言い忘れていたけれど、僕の名は西之谷 夕樹。 今回の騒動の一部始終に巻き込まれる事となる、不幸な一高校生である。







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