三十六話「悪夢(閲覧注意)」
「どうし――」
アレクはあたしをおんぶしてヴェゴンさんの後ろを走っていたのだ。理由はすぐに知れた。
「っ」
倣う様に言葉を失ったあたしの視界に入ってきたのは、大部屋の中央に鎮座する赤黒い塊。
「なによ……これ」
触手、ではなかった。だが、あの触手は別物かと言うとおそらく違う。熱した巨大飴の塊から飴細工を作る様に塊の形へ物理的な変化を加えればあの触手そっくりの物体になるだろうと予想出来たのだから。それよりも、問題は肉塊がただの肉塊でないことだ。
「み、みんな……あのお姉ちゃん達、行方がわからなくなってた人達だよ」
もしやと思ったあたしの予想をブラッドが裏付けてくれた。肉塊は、人の上半身を幾つも生やしていたのだ。その中には触手に回収されたあの人物の姿もあった。
「なんで、こう……嫌な方に嫌な方に予感って的中するのよ」
以前見たアニメか何かで捕らえた者を取り込み、吸収、同化するって敵が出てきたことがあった。似通ったパターンは幾つかあった様に思うが、それら全てがあたしにとってはトラウマだった。なぜなら、取り込まれた人を助ける方法がないというのが大半であったから。
「けど」
まだ助けられないと決まった訳じゃない、だから。
(まずは、情報を得なきゃ)
取り込まれた下っ端異端っぽいのが居たのなら、普通は親玉も存在するはず。もちろん、会話出来るなら取り込まれた状態の下っ端でも構わない。目の前の異様な光景を前にして立ちつくしたあたし達に奇襲をかけてこなかったところからすると、サーチアンドデストロイとかではなさそうだ。
「誰よ、こんな所に趣味の悪いオブジェ置いたのは……出てきたらどう?」
動揺は見せず、務めて平静にあたしは声を発した。
「おやおや、趣味の悪いオブジェとは失礼こいちゃいますねぇ……」
たぶん、カマかけは成功したのだろう。あたしの言葉に反応したモノはいた。
「何」
だが、ソレがしゃべるのは少し予想外だった。てっきり肉塊の影にでも隠れてるのだろうと思いきや、口をきいたのは肉塊そのものだったのだから。
「お初にお目にかかります、侵入者の皆様。ボクちゃんは、そっちの光神のイヌな皆さんのゆーところの異端でー、つい先日まで暗黒神様に仕える神官をばやってました」
「……まぁ、あたしがぶっとばしたのの親玉って考えれば驚きはないわね。ただ、だったら何でそんなカッコになったかも聞いたら教えてくれるの?」
どことなく巫山戯た感じではあるものの自分から語ってくれたことはありがたく、あたしは尋ねてみるが。
「えー、そうですねー。んー、どーっしよっかなー? 聞きたい? 聞きたいですか?」
にくかい は うざかった。
「え、ええ」
「もー、しっかたないなー。ちょっとだけですよ? 実はボクちゃん、暗黒神様に祈りを捧げる日々を送る内に、ふと気になったのです。ボクちゃん達がおくる捧げものを暗黒神様は喜んで居られるのかと」
ぎこちなく頷けば、肉塊は立て板に水とばかりにペラペラ話し出す。相変わらずの口調だったが、貴重な情報である。口は挟まず、ただ耳を傾け。
「例えば、生け贄。そう、ナイフでぐさーっと一突きする訳ですが、この奪った命ってちゃんと暗黒神様に捧げられて、あちらに届いているのかなって疑問が浮かんだんですよー。もし届いてなかったら、無意味な殺戮でしょ? 命を奪ってるのは儀式をする人間で、ただ供え物を駄目にしちゃってるだけだとしたら、生け贄の儀式自体無意味なんです。ですので、そう言うの止めることにしたんです」
「へぇ」
少しだけ驚いた。崇められている対象は生け贄なんて求めていないのを、バックアップさんから聞かされていたあたしと違い、目の前の肉塊は自分なりの考えで生け贄が無意味と言うことに行き着いたのだろう。
「そしたら、暗黒神様のお力をもっと感じ取れるようになりましてね。知っていますか? 神々の意に沿う行動を取ったり考えたりすると、神は時折恩恵を下さるのですよ」
「な」
「ええっ」
「嘘ぉ」
肉塊がドヤ顔でも浮かべていそうな得意げな調子で明かすと二人の美形とおねぇが驚きの声を上げ。
「おんやぁ? もしかして知らなかったんですかぁ? おたくら、信心たりてないんじゃないでちゅか~?」
「そんな……」
「い、異端なんかに……先を越されるなんて」
「屈辱……」
肉塊は驚愕に固まる三人を煽るも心ここに在らずな三人の様子を見るに煽りは不発の様だった。
「で、その恩恵やらが人間辞めることだったってこと?」
「んー、ぶっぶー、大ハズレ。恩恵を得たボクちゃんは思ったのです、より神の意に沿う様に動けば、もっと多くの恩恵を授けてくれるんじゃないかと。そこで、さっきの話に戻るんですよー。暗黒神様への捧げモノの命をこっちで勝手に奪うのは駄目、だったら活かしたままお供えして、暗黒神様直々に命を頂いて貰えば良いと。ただ、そうすると捧げモノになる相手を生かしておかないと行けないでしょう? まぁ、当然ですけどねー、ふっふん」
だが、世話は大変だと肉塊は語る。
「ホラ、捧げモノなら身体はきちんと綺麗にしないと駄目ですし、健康状態にだって気を遣いませんと。まー、その前に『暗黒神様に捧げられる』って栄光を自分から命を絶って辞退しちゃおうとか残念な真似をしちゃいやがることもありそうでしょ? 面倒だなって思っていたところで、ふと思ったんですよ。相手を意のままに操る力があればいいって」
「っ、まさか」
「はーい、たぶんご名答ぅ。ボクちゃんの身体から生えてるお供えもの達は、ボクちゃんの意のままに動かせるんですよ。いやー、便利な身体になったものですねー」
上機嫌で語る肉塊は自分の言葉を証明する様に生えた人達へ一斉に腕を組ませ、自分の言葉に頷かせて見せた。
「支払った代償も大きかったですけどね、暗黒神様に捧げるモノの台になれるってんなら光栄すぎて全然おっけー。あ、この部下は役立たずだったんでボクちゃんが動かした方が有用かなって取り込んだので、お供えとは別です。はーい、ここまでで質問はありますかー? ボクちゃん気分が良いので、答えて問題ないモノなら答えちゃいますよー?」
「くっ」
明らかに舐められていたが、無理もない。取り込んだモノを自由に操れるとなれば、肉塊から生えた行方不明者があちら側の戦力になるのは間違いなく、窮地の時は人質としても作用するのだから。
遂に現れた行方不明事件の元凶。絶対的な優位に慢心し、異形は語る。
次回、三十七話「それは親切設計か」




