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It's OK.

 雪生は目の前の少女をじっと見つめる。成谷燈と名乗るその怪しい少女は、雪生を無理矢理家に連れ込み、今は2012年だとうそぶき、デビューしてトップスターになれと言った。どんな詐欺師だ。


 燈はテーブルに湯気が立ち上る紙カップを置いた。蓋に『成谷製菓』と書かれている。製菓、とは菓子を作るんじゃないのか? カップ麺に手を伸ばすとは……。いいにおいに目を細めつつ雪生は腕を組む。


 落ち着いて考えれば、これは誘拐の一種ではないだろうか。そうだ、先程まで真剣に考えていた自分はなんて馬鹿らしいのか。2012年? 知らないうちに世紀が変わっていてたまるか。


 しかしそうだとしたら、ほいほいついてきてしまった自分の行動が悔やまれる。どうやって逃げればいいのか。


「あ、テレビつけますー?」


 ぷつ、という小さな音をたててそれは色を持った。


 きゃぁー!!


 女子のような悲鳴がもれてしまった。なんですか、と燈が眉をひそめる。


「人が、人がいる……」

「テレビですよ」

「て、テレビ?」


 いや、テレビは知ってるけど。テレビは知ってるけど、こんなのテレビじゃないだろう。召喚? 人、いますよね。


「あのー」

「誰に話しかけてるんですか」


 恐る恐る触ってみる。それは確かに平面だった。心拍数が大変なことになっている胸を押さえ、考えた。


 なるほど、テレビも進化したのだなぁ。自分は映る側だから知らなかったが、テレビというのはここまでの臨場感を出すことができるようになっていたらしい。


 すると、どこからか洋楽を思わせる電子音。燈がポケットからなにか小さな四角いものを取り出した。すべすべとした無機質なフォルムを、雪生は凝視した。


「もしもし? はい、成谷ですけど」


 その四角いものを耳にあてて、燈は喋っている。この子は頭がおかしいのだろうか。誰と喋っているつもりなんだ。もう早く逃げたい。確かに熱狂的なファンに殺されてもいいと思ったことはあるが、自分にはやらなくてはいけないことがたくさんあるんだ。そうだ、逃げよう。


『お前ふざけんなよ!!』


 え? 今、どこからか声が。

 雪生の目は、燈が持っている四角いものに吸い寄せられた。

 まさか。でも確かに今、これから声がしたような気がする。


「だからね、もうあんなやつについて回るのはごめんなんです。え? ああ、はい。ええ!? やめてやるわよあんたの事務所なんか!!」


 燈はそれを耳から離し、苛ついたように指で叩いた。それから、すぐ近くに寄ってきていた雪生に気づき、ひい、と小さな悲鳴をあげた。


「あ、ああ。すいません、お見苦しいところを……。私、今流行りの2世タレントのマネージャーだったんです。もともと、輝いてる人を見てるのが好きで……この業界に入ったんですけど」


 雪生は燈が持っている四角いなにかを凝視する。


「その2世タレント、輝いてるっていうか、明らかに親の七光りなんですよ! ああ、今思い出しても腹が立つ! あんのセクハラに命かけてるようなガキのお守りを、なんで私がしなきゃならないわけ!?」


 雪生は燈の腕を掴んだ。


「え……、田坂さん?」

「それ、なんですか?」


 燈はハッとして捕まれた腕の先を見た。それから面倒そうに顔をしかめる。

「スマホ、ですけど」

「だからそれがなんだって聞いてるんですよぉ!!」

「ひぃ……!」


 もうやだ、と燈が呟く。それなら早く帰してくれ、と雪生は思った。

「携帯電話ですよ」

「携帯、電話?」

 知っている。でも、自分が知っているものとは違う。違う違う。こんなもの、携帯電話じゃない。

 燈はため息を吐いた。雪生の腕を掴み、引っ張る。


「ほら」

 それはカレンダーだった。控えめに2012年と印字されている。それからまた引っ張り、ノートのように薄い、これまた四角の機械を見せた。

「パソコンです」

 燈はそれを開いて、なにかボタンを押した。と、それが光を放ち、なにか文字を映した。雪生は唖然とする。


「いいですか、あなたの設定している世界観がどこまでの完成度だかわかりませんけどね、あなたが生きていた時代に、こんなものはありましたか? パソコンはこんなに薄っぺらかったですか? 液晶に触って動かすことができましたか?田坂さん、今は2012年なんです!」


 そう言い放って、燈はまた席についた。一人で麺をずるずるとすすっている。雪生は呆然としていたが、しばらくして席についた。


「いただきます……」

「……はい」


 雪生は何も言わずに食べた。意外にも美味しい。不意に顔を上げる。


「OK。わかった。いや、理解はできないけどわかったことにする。僕は1992年に歌手をやっていた田坂雪生だ」

「あの……」

「整理させてくれ。僕はなぜか2012年に来た。信じたくないけど……でも信じないと進まない。そして君と出会った。君は、元の時代に戻る方法を知ってる」

 燈は複雑そうな顔をした。雪生は無表情で呟く。


「OKだよ。僕は君と、トップになろう。僕は、帰らなきゃならない」


 俺の音楽を待っている、全ての人間のために。

『OK. All light. Don't worry be happy.』by斉藤和義 Don't worry be happy


 って歌いながら書いたもの。


 雪生くん意外にも前向き。ファンタジスタ。

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