In sleep.
病院につくと雪生はすぐに眠ってしまって、結局看護師さんから長々と説教をもらったのは燈だった。
「困りますよ。まだ完治していないんだから。長引いてもしりませんからね。マネージャーさんなら、まず体が治るように見守ってあげるのもお仕事のうちじゃないんですか」
はい。はい。おっしゃる通りです。本当にご迷惑をおかけしました。
燈が心底申し訳なく謝罪を繰り返していると、看護師さんはため息を吐いて笑った。
「でもねぇ、初めて見たなぁ。みんな目を輝かせて田坂さんのライブ、見てたんですよ。寝たきりだった人が手を叩いて喜んで」
燈が拍子抜けして見ると、看護師さんは楽しそうに言った。
「素敵なライブでしたね」
ありがとうございます、ととっさに言って燈は笑った。
ネットの方ではさぞかし話題になっているだろう、と思って覗いてみると、確かに話題にはなっていた。しかし、掲示板では思っていたほどではなかった。
なにを書いても馬鹿馬鹿しい。こんなことに口を出したら恥さらしだ。
と、思っているかは知らないが、ネット上では皆がプライドを高く持つものらしい。不思議なほどに雪生への批判的な書き込みは減った。
燈は笑いだしそうに可笑しな気分になり、もうネットを覗くのはやめようと思った。これからまた、批判されるようなことになっても、燈だけはそんなものは見ないことに決めた。
「私が気にしたって、仕方ないもんねー」
雪生はずっと、子供のように眠っている。
テレビ、見ましたよ。
出し抜けにそんなことを言われて、燈は気の抜けた返事をしてしまった。見れば、親切そうな男性がいた。その男性だけじゃない。にこにこしたおじさんや、朗らかな少年。この病室にいる人たちがみんな雪生のベッドに集まってきていた。
「あ、ありがとうございます」
燈が言うと、なぜだかみんな顔を見合わせて笑った。
「すっごかったよね! 田坂さん、ここにいるときと別人なんだもん。ビックリしたよ」
「田坂くんの歌が一番よかったよ」
口々にそんなことを言う人たちに、燈はにこりと笑って雪生の布団を直す。
「この人が起きたら、言ってあげてください。私は、なにもしてないですから」
そうなの? と朗らかな少年が目を丸くする。どこかわざとらしい。すると、親切そうな男性が笑いながら肩をすくめた。
「きっと、誰もそんなこと思ってないですよ。なにもしてないだなんて」
燈は言葉につまる。男性は続ける。
「辛かったでしょうけど、よく最後まで見守っていましたね」
しばらくその言葉を噛み締めて、それから燈は立ち上がった。
「ちょっと……ごめんなさい」
そのまま病室を出る。立ち止まらずに走った。
「よかったんですか、ご自分で言ってあげなくて」
雪生はため息を吐きながら起き上がる。
「どの口が言えますか」
なぜだかみんなニヤニヤしている。
「それは仕方がないとしてもさ、あれだよね。追いかけはするんだよね」
え、と雪生は呆けた声を出してしまった。
「まさか、田坂くん、泣いてる女の子を放っておくなんてしないよねぇ?」
なにも言えなくなる。
「早く追いかけないと彼女、僕に惚れちゃうかもしれませんよ」
それは絶対にないので安心してください、と雪生は少しムッとした。
屋上まで来て、燈は涙を拭った。泣くなんて、許せない。
しばらく空を見ていた。青い空に朱色が混じり、見事な紫色へと変わっていた。
ガチャリと音がして、屋上の扉が開いたのがわかった。振り向かない。
「寒くないですか」
「夏ですよ、今は」
燈がすげなく言うと、雪生は困ったような顔で黙った。
「起きたんですね」
「……。そしたら燈さんが飛び出していったって言うから」
なぜだか雪生はしどろもどろだ。変なの、と思いながら燈は笑う。
「田坂さんが、そんなに気のつく人だとは思いませんでした」
「うん、まあ、そうですね」
なんとも微妙な答えだ。空は朱色が強くなってきていた。
「ねえ田坂さん……」
なんですか、と雪生が燈の瞳を見る。燈は、意を決して言ってみた。
「ずっと一緒にやっていきましょうね」
雪生は一瞬驚いて、それから少し困ったような笑顔をした。燈の頭に手を置き、くしゃくしゃとなでる。
「俺は、燈さんより二十も歳上なんですよ」
燈はムッとする。
「なに急に先輩風吹かせてるんですか」
雪生はなにも言わない。ただ、焼きつくような夕日が沈んでいくのを、フェンス越しに見ていた。
おいこの鈍感ヘタレ、なに気ぃ使ってんだよ!泣くぞ!
どうやら終わりが近いようです。




