I like this world.
それは思っていたよりも大きな野外ライブだった。カメラが何台もセットされていて、燈は少し緊張する。雪生はというと、涼しい顔でステージの値踏みをしていた。
今は、ここ二年ほど人気がある女性ミュージシャンが歌っていた。『歌姫』と称される彼女の歌声は、けれども生で聴くと少し首を傾げてしまう。
その次は韓流スターだった。『Japan Music Festival』というライブ名は取り消したほうがいいのではないかと密かに思う。
「田坂さんはどう思ってるんですか、韓流とか」
そう尋ねると、雪生はえ? というすっとんきょうな声を出した。
「どういう意味?」
「だから……なんていうか……」
「歌の良し悪しを聞いてるの?」
なにか違うような気もするが、燈は頷く。雪生はしばらく考え、肩をすくめた。
「俺、歌の良し悪しとかわからないんですよね」
「ええ!?」
それでは困るじゃないか。燈は内心ひどく焦った。
「俺は、俺を百パーセント喜ばせる歌を作ってる。でもそれは、俺が“好き”ってだけで“良い”か“悪い”かなんてわかりませんよ。売れるか売れないかも」
燈は少し自分が恥ずかしくなって、聞き方を変えた。
「この歌、好きですか?」
雪生は静かに頷く。
「結構好きだな。さっきのも」
声はあんまり聞こえないけどサウンドがいいよね、と独り言を言っていた。
じゃあ、行ってきます、といつもと同じように雪生は言った。
「無理しないでくださいよ」
という燈の言葉は、雪生に届いたのか届かなかったのか。どちらにしても、聞き入れられる言葉ではないとわかっていた。
観客もステージ裏も騒然となった。雪生は嬉しそうに周りを見渡す。
「Don't call me?OK.でも俺は歌うよ。『馬鹿だな』って笑ってくれ。大好きだぜ、みんな」
ギターの音色が響き始めたとき、やっと全員状況を理解した。怒る人たちがノリのいいお調子者に飲み込まれ、異様な熱気が生まれる。
『楽しいことばかりじゃないって
誰かが言ってたけど
俺はここのところずっと楽しいぜ
悩んでる暇もなく
心踊ってんだ
Ah‐いつの頃から
なにも感じない
大きな渦に巻き込まれて
Ah‐あいつは言った
ヒーローになりたい
俺だってそうだったさ!
だけど思っていたより 思っていたより
辛いことばっかじゃないって
誰かが言ってたけど
俺はなんとなく苦痛だらけさ
なにも感じないはずだった
ただその日生きてればよかった
Ah‐忘れてたもの
生きてるって感じがする
今俺は勝ってるんじゃないか
Ah‐歌えてよかった
生きてるって感じがする
本当に本当に本当なんだ』
ギターの音色がやんだ。雪生はまったくのアカペラで歌い続けている。観客は仕様だと思っただろう。でも燈にはわかった。
ギターが、弾けないのだ。
スタンドマイクにすがりつくように歌っている雪生に、燈は駆け寄りたくなった。もういいんだよ、と言ってあげたかった。でも、それはできない。あの人は曲が終わるまで、いや、退場するまで一人で立たなきゃいけないのだ。
燈は一際大きく『田坂!』と叫んだ。
『Ah‐あいつは言った
ヒーローになれたと
泣きそうになったよ
これでいいのか
だけど思っていたより 思っていたより
俺はこの世界が好きなんだ』
雪生は清々しい顔で頭を軽く下げた。なにも言わず退場していくなか、拍手と歓声がなりやまなかった。
誰からも見えなくなったころ、燈は雪生のもとに駆け寄って肩を貸した。
「さあ、病院戻りますよ」
雪生はなにも言わない。思ったよりも響いているらしい。やっぱり途中でやめさせればよかったかなと一瞬思ったが、燈はすぐその思いを打ち消した。
きっと私は田坂さんに『やめさせてくれ』と懇願されてもやめさせなかっただろう。この人の言う通り、私はこの人の音楽に惚れているから。
病院につくころ、ようやく雪生が青白い顔で笑った。
「ねえ燈さん、みんな驚いたかなぁ」
そうですね、と燈も笑う。私、あの歌とても好きです、とも言う。雪生は聞こえているのかいないのか、満足げに笑っていた。




