Who is he?
ようやく音楽番組に出演させてもらえるようになった。「今話題の!」と言ったあとに司会者が笑ってしまうような扱いではあるが、それでもミュージシャンとして呼ばれているのだ。確かな進歩である。
雪生はスタンバイしながら、他の歌手たちの歌に耳を傾けていた。やっぱり歌っていいよね、なんて思いつつも、時代は変わるなぁとため息を吐いた。
そのメロディーが流れ始めたとき、雪生は顔をあげた。それは、さっきまでうだつの上がらない中年親父然とした男だった。それが、ギターを持って歌い始めた瞬間。
輝いている。眩しいと言うよりは、目に染みるような鈍い光。
嗚呼、自分とは違う歌うたいを見た。
男は歌い終わると粗忽に頭を下げ、静かに舞台を降りた。雪生は思うままに追いかける。
スタジオを出たところで、声をかけた。
「あの、すみません!」
男は立ち止まらない。
「すみません!」
ようやくちらりと後ろを振り向き、それから目を丸くした。
「え? 俺?」
「あ、そうです」
慌てて駆け寄ると、男は雪生の靴を見た。いい靴だね、なんて言って小さく首をかしげる。
「なにか用?」
「さっきの歌、格好いいと思って」
ありがとね、と無表情で言われる。
「それで……」
「うん」
「歌わせていただきたいなと」
「うん」
一瞬の間。男が後ろ髪をかきながら照れ笑いを浮かべる。
「うん、いいよ、別に。上手く歌ってね」
それからなにも言わずに、男は背を向ける。歩き出そうとしたとき、ふと思い出してまた振り向いた。しかし、もうそこに雪生の姿はなかった。
「あれ、誰だったんだろ……」
ステージに上がり、ギターを鳴らす。さすがに全てコピーはできないので、素人の弾き語りのようになってしまうが。
歌い始めると、あちこちでざわめきが起こった。
(あれ、さっきのじゃない?)
(なんでもかんでも盗めばいいってもんじゃねぇんだよ)
(やっぱりただの偽物だな)
それでも、雪生は歌った。惚れてしまったのだ、曲に。
その時、スタジオの扉が開いた。カツカツと響くブーツの音。ギターの音色がすぐ近くで聞こえて振り向くと、さっきの男がいた。会場はことさらにざわめく。
(え……ご本人登場?)
「歌詞は覚えてるの?」
雪生は小さく頷く。
「ふうん、すごいね」
男は、楽しげにそう言った。
曲が終わると、男は雪生を肘で小突いた。慌てて頭を下げる。
「俺に礼してどうすんの」
男が苦笑する。雪生は客に向き直って頭を下げた。
男はメロンソーダをすすりながら雪生を上目遣いに見た。
「まさかあそこで歌うとは」
「……すみません」
そしてメロンソーダで帳消しにするとは、と男が呟く。さすがにメロンソーダで帳消しにしようとは思っていない。と言おうとしたが、その前に男が口を開く。
「君、名前はなんだったっけかなぁ」
田坂雪生です、と恐る恐る言ってみる。男は目を丸くし、まさかぁ、と笑った。
「いや、本当なんですけど」
男はもう一度雪生をまじまじと見た。それから不意に笑う。
「じゃあおあいこだ。俺もあんたの歌、歌ったことあるから」
雪生は少し安心して、逆に名前を尋ねた。男は伸びをしつつ答える。
「サイトウ、です」
「サイトウ、さん?」
と、こちらに駆けてくる軽やかな足音。
「田坂さん! 勝手なことしてもらっちゃ困ります!」
燈は立ち止まり、サイトウを見て慌てて髪を整えた。
「サイトウさん、この度は大変迷惑をおかけしました」
サイトウはじっと燈を見つめて呟いた。
「秘書と社長ごっこをして遊びたい美人だね」
は? と燈は口を半開きにした。それから顔を赤くする。
「いいよ。逆にありがたいよね。えーっと……田坂さん? が俺の歌を宣伝してくれて」
あっけらかんとサイトウは言う。そしてこうつけ加えた。
「ただ、偉大な先輩が俺より年下っていうのはちょっと複雑だけどね」
悪戯っぽく言ったサイトウに、雪生は不思議そうな顔をする。
「ロックンローラーに先輩も後輩もないと思いますけど」
サイトウは不意に照れ笑いして、面白いねあんた、と囁いた。それから立ち上がり、じゃーねー、と手を振る。
雪生は最後に、軽く頭を下げた。
作中に出てくる『サイトウさん』は、あの敬愛すべきロックミュージシャンとはなんの関係もございません。あしからず。




