Little thing.
燈はパソコンを閉じ、ため息を吐いたあとまたパソコンを開く。
直視するのが辛い言葉ばかり。ネット上の言葉とは不思議なもので、怒りがわいたあとに少し平坦な気持ちになる。これは一種の感染病ではないかと燈は思った。
しかし、ネット掲示板を見ていてわかったことがあった。今現在の田坂雪生に対する人々の世論。
1 死から甦ったと勘違いして雪生を神と狂ったようにまつりあげる人々。
2 話題や流行りに乗っかって騒いでいるだけの人々。
3 雪生の言動を売名行為だと批判する人々。
断然三つ目が多い。
『田坂がタイムトラベルしてきたらしいwwwww』
『クッソわろたマジキチなんだけど』
『売名おつー』
『まず田坂雪生が好きじゃない』
『ああいう馬鹿にマジレスすんのは心外なのだが、やり方が汚すぎる。確かに声は似ているが魂の入りが違うだろ』
『いやいや声も違うだろwww音痴だし』
『こいつ佐藤夢鳴とかいう名前で路上やってた。その頃から売名必死だったw』
『氏ね』
顔のない人々は、どれも同一人物に見えた。そのように見せているのだろう。ご苦労なことだ。
「燈さん」
振り向くと、なにやら美味しそうな匂いの皿を持って雪生が立っていた。どうしたんですか、とパソコンを覗く雪生に、燈は慌ててパソコンを閉じようとした。
「見せてくださいよ」
雪生は笑いながら燈の手を抑える。しばらく怖々様子をうかがっていたが、雪生の表情は変わらない。
「どう、思いましたか?」
恐る恐る聞いてみる。雪生は考えるような顔つきになり、やがて口を開いた。
「俺がいた時代は、こんなものはありませんでした。だから俺は、俺の曲を愛してくれる人間の存在しか知ることはなかったわけです。でも今考えれば、いたはずですよね、こういう人たちも」
雪生は淡々と言う。でも、と言いかけた燈を目でなだめて続ける。
「良くも悪くも、繋がっている時代なんですね。簡単に自分の意見を言える。でも胸を張る勇気はなくなった」
まるで小雨のなかの静けさのような声で雪生は話していた。
「俺はね、こうやって自分の言葉を誰かに届けたいと躍起になっている人間は、愛しいと思うんです。でも、名前も性別さえも言えないで、まるで自分の汚点のように隠し続ける人たちは」
可哀想だと思います。
雪生はそう、はっきり言った。燈は首を横に振る。
「そんなことを言っている場合じゃないんですよ。田坂さん、死ねとか言われてるんだから」
雪生はただ肩をすくめて、また台所へ向かった。どうやらこの人は、台所が一番落ち着くらしい。
台所から声が聞こえた。燈さん、と自分を呼ぶ声。
「どうしたんですかー?」
燈が答えると、雪生は言った。
仕事を入れてくださいね、と。俺はただ、歌うしかできないんですから、とも。
燈は少し苦笑して頷く。
「少しくらい休まないと、体を壊しますよ」
雪生からの返事はない。燈はネット掲示板に書き込んだ。
『甦ったとか売名とかどうでもいいけど、おまえら聴いたか?ちゃんと聴いたか?とりあえず私は、田坂雪生の音楽が好きだ。(成谷燈 26歳 ♀)』
なんだか思ったよりもスッキリした。私たちは、芸能人だとか有名人だとかに矢面にたってもらっているくせに、それに向かって矢を放つ。隠れさせてもらっているのに暴こうとする。
なんて見事な棚上げ技術。人に名前を訊くときはまず自分の名前を教えなさい、という教えは忘れられて久しい。
もちろんそれは、雪生の言う通り悪いことばかりではないのだろう。臆病者同士でも繋がれば大きな力になる。それは誰かを救うかもしれないし、誰かを殺すかもしれない。結果的に、を考えればなんだって起こりうる。そういうことだ。
少なくとも、雪生が届ける歌が集める臆病者たちは、誰かを救いますようにと、燈は願った。
みじっか……!あにまる☆はうすの反動ですな。




