Wrong!
雪生に深々とフードを被せ、サングラスをかけさせながら燈は頷いた。
「これでよし」
「いや……サングラスはちょっと。もう、いますし」
難色を示す雪生。存在が盗作のくせに細かいやつである。
二人はテレビ局に来ていた。念願のテレビ出演だ。普通はそんなに早くテレビに出られるわけがない。それなのになぜテレビに出られるかというと、一重にネット社会のおかげである。
今回出るのは音楽番組ではない。ニュース番組の、最近流行っているものの紹介をする五分くらいのコーナーである。最近動画の再生回数が伸びている『佐藤夢鳴』に目をつけたらしかった。
正攻法ではなく申し訳ないが、なんてったって資金不足だ。雪生の路上での稼ぎだけでは生活さえ危うい。
とにかくこんなテレビ出演は奇跡に近いのだ。興奮する燈をよそに、雪生は飄々としている。僕の休日も終わりか、と呟くのも聞いた。
まったく罰当たりな妄想家だ。凄いことなんだぞ、と一喝してやりたくなるが、ぐっと抑えて燈は雪生を送り出した。
「お仕事の時間ですよ、夢鳴さん」
「はあ……行ってきます」
それから不意に燈を見つめる。
「なんです?」
燈が眉をひそめると、雪生はただ笑って、いつもありがとうと言った。
胸が少しだけ痛んだ。
あの人、おかしなこと言わないかしら。
スタジオの陰で見守りながら、燈はハラハラしていた。まるで授業参観のときの母親だ。
雪生がやるべきことは一曲歌うことと、一言二言話すことだけ。
そうとわかっていながらも、燈は天に祈らずにはいられなかった。そんな燈の心配をよそに、雪生は妙に慣れた調子でコメンテーターと話していた。
流石は20年前のトップスターの名を語る不届き者。肝は座っているらしい。一人称も『俺』に変わっている。
結局収録は何事もなく終わった。局内を歩きながら、雪生はサングラスを外す。燈が顔をしかめたが、雪生のほうがもっと顔をしかめてそれを黙らせた。ミュージシャンモードだと扱いづらくて困る。
なんとはなしに携帯電話を取りだし、ワンセグを見始める。
「なんですかそれ」
「テレビです」
雪生が携帯電話を覗きこんでくる。
「確かそれ……電話兼カメラじゃあ?」
「電話兼カメラ兼テレビです」
絶句する雪生を無視して燈はテレビ局を回した。
先程収録した番組がいつやるのかは知っているが、なんだか興奮してしまって今いる局のチャンネルに回した。
コマーシャル明けに番組が始まり、燈は思わず、あ、と声を出していた。
「これ、この前の……」
田坂雪生の死後20年記念番組の生放送だ。死後、のあとに記念、がついてしまうのかと妙に感心しつつほとんど反射的にそれを雪生に見せた。
「これ、は……?」
見せたあとで思う。
死んだあとに自分の番組を見るとはどんな気分なのだろう。たとえば、人にはよく自分の葬式に出たいという願望を持つ人がいるけれど、それと同じようなものだろうか。
「田坂さんの番組ですよ」
燈は悪戯っぽく言った。冗談の、つもりだった。
気づけば、雪生が走り出していた。
「ちょっ……!」
燈はとっさに手を伸ばしたが、なにも掴めずに虚しく空をさまようだけだった。雪生は振り替えることなく、二人で歩いてきた道を一人で疾走していった。
途中で人に道を尋ねると、雪生があまりに鬼気迫る顔をしていたのか戸惑いつつも教えてくれた。雪生は少し息切れしながら、スタジオの重たい扉を開けた。
驚いたような顔をした人々は、しかし状況を解したのかすぐ迷惑そうな顔になった。
雪生は静かに、颯爽と歩いた。それはあたかもここにいるべき人間のようにも見えただろうし、間違えて入ってきてしまった夢遊病者にも見えただろう。どちらもあながち間違っていない。
『田坂は教育熱心な父、穏やかで優しい母の間に生まれた──』
進むと、低い男の声が聞こえた。ナレーションのようだ。真ん中には大きな液晶画面がある。小さなときの自分が、そこにはいた。不思議な心持ちで、雪生はそれに近づく。
『田坂が六歳の時、優しい母は亡くなった。交通事故だったという』
センチメンタルなメロディが響く。嘘だろう、と雪生は呟く。こんなメロディが似合う人生じゃなかっただろう?
ねえあの人なに? とざわつく声が聞こえてきた。戸惑いながらもどうすればいいのかわからずに動けないらしい。
『田坂の父は厳しかった。そのため、初期の田坂の歌は父への反発心で出来上がっていたと言っても過言ではない』
雪生は、幼い自分をじっと見つめた。
こんなもんじゃない、こんなもんじゃない。
「こんなもんじゃ、ないんだよ……」
燈は雪生を追いかけながら液晶画面を見た。そこにはぼんやりと突っ立っている雪生が映っていた。不意に雪生が口を開く。音は拾っていないが、燈には確かに聞こえたような気がした。
“こんなもんじゃ、ないんだよ”
ああもしかしたらこの人は。
燈は重たい扉を開けてそこに入った。そんな燈を見て、だれかがまたかよと呟くのが聞こえる。燈は迷うことなく歩いて雪生の腕をつかんだ。
「俺の人生はこんなんじゃない。俺は死んでない。俺はここにいるんだ。俺はここにいるんだ……!」
雪生はそう、激昂するでもなく泣き叫ぶでもなく淡々と言う。それから燈を見、諦めたように少し笑った。
ごめんなさいごめんなさいと頭を下げながら外に出る。雪生は一言も喋らずに家までついてきた。
布団に寝転び、雪生は一人にしてくださいと呟いた。燈はそれを無視して居座った。しばらくすると、雪生が口を開く。
「父さんは確かに厳しい人だった。でも俺の歌に、父さんへの怒りが込められてたことなんてない。そんな歌、俺だって聴きたくない」
はい、とだけ燈は言う。雪生は尚も続けた。
「ずっと考えてたんだ。俺はどうしてこの時代に来たんだろうって。本当は、死んだ人間が死んだあとにあれこれ言うことはできないんだ。人一人の終わった人生でさえ、時間は変えていく。それにもね、なにも言っちゃいけない。それなら、どうしてここに来たんだろう」
最後の言葉は、まるで誰かに問いかけたようなニュアンスだった。
「答えはまだ出ない。でも今日わかったことがある」
雪生の瞳は、強い光を帯びていた。
「俺は俺でしか、生きていけないよ」
しばらく考えて、はいと燈は答えた。雪生は意外そうに燈を見て、少し笑った。
「いいんですよ、ずっとわかってましたから。燈さんが俺の言葉を信じてないって。当たり前ですよね。でも俺は『田坂雪生』だから。嘲笑っていても構いません。『田坂雪生』として、歌わせてください」
「信じます」
え、と雪生が燈を見る。燈はもう一度、胸を張って言った。
「信じます」
雪生がゆっくりと起き上がり、燈を見つめた。燈は小さく頷く。
「穏やかな日は今日でおしまいですよ? この時代に、宣戦布告です」
「……いいんですか」
「私は、輝いてる人を見るのがたまらなく好きですから」
燈は笑って手を差しのべた。ここから始めましょう、という想いを込めて。しかし雪生は照れ臭そうに首を振り、握り拳を胸の前に出した。
「握手とか、苦手なんですよ。アイドルじゃないから」
頷いて、燈も握り拳をつきだす。こつんと、音がしたような気がした。
テレビに部外者が映ったら、即CMになると思われます。




