死んだらやってみたい10のコト ⑤デートを成功させる
ピチチチチチと囀り始める鳥たちがもうじきくる夜明けを知らせてくれる。
俺は決戦当日の朝を一睡もしないまま迎えてしまった。
やばい、興奮しすぎて全然眠れなかった。
「やばいよー!!天使ちゃん、俺やべーーーーー!!」
「うっさい。」
俺の興奮を天使にも分け与えてやろうかと思ったらいきなり一蹴されてしまった。
朝から騒ぎ過ぎたのか天使の機嫌はすこぶる悪い。
「ったく、たかがデートぐらいでいちいち騒がないでくれる?」
そう、それなのだ。俺が朝からテンション上がりっぱなしではしゃいでいるわけは。
「いいだろ!仕方ないだろ!この昂ぶりは抑えられるものではない!
否!むしろ押さえつけてはいけないのだ!」
「全然寝てないくせにどうしてこうも元気なのかしら。」
「まぁ眠ることを必要としない天使ちゃんには分からないだろう。
人間っていうのはな目的のためには寝ずとも動けるのであーる。」
この前聞いて驚いたのだが天使は天界でも下界でも24時間フル稼働なのだという、
つまり眠るという機能がそもそも天使には無いらしい。
だから今まで俺がグースカ寝ている間、天使は夜の街を空中散歩したり
俺に落書きしたり、俺に悪戯したり、俺に・・・・・・。
これ以上天使の悪行を書き連ねていくと楽しい楽しい気持ちが
崩されていきそうなのでここでやめておくことにしよう。
「5つ目の願い、最後までちゃんと叶えてくれよ。」
「はいはーい。」
デートが決まった日から何度目か分からないくらいの本日1度目の釘をさす。
俺は何としても天使の力を使ったとしてもこのデートを成功させたかった、
なんといっても初めてのおデートなのである。
俺に生まれて初めて・・・、死んで初めて彼女が出来たのがつい1ヶ月前のコト。
つい1週間前のコト、俺は杏樹に正式なデートを申し込んだ。
今までは俺が連絡手段と呼べるものをほぼ持っておらず前々回のバイトで
稼いだお金で最近パッタリ見なくなった公衆電話を駆けずり回って探し
そこから電話したり図書館や公園で1、2時間話して次会う約束を交わすくらいであった。
しかしそれではいけない、ここはいっちょカップルらしいことをしなくては
1ヶ月もこんなことの繰り返しではさすがの杏樹も飽きてしまうだろう。
彼女はよく出来た女性だ、常に穏やかで怒るということを知らないのかと
思う程温和な人物なのである。だから彼氏である俺がどこの馬の骨とも分からない上に
金をほとんど所持していなくても何も聞かないでいてくれる。
だから俺は杏樹の喜ぶ顔がみたくて悩んだ挙句デートという
素晴らしい計画を思い付いたのだ。
俺は再び今度はコツコツとバイトで金を稼ぎこの日の為に資金を蓄え
うんうんと唸りながらプランを練りに練って備えておいたのだ。
「で、私今回のことについて具体的な内容を一切知らされてないのだけれど。」
「まぁな、昨日夜遅くまで最後の微調整をしていたから。」
「へぇ~、気合入ってるわね~。」
天使は背中をポリポリと掻きながら適当の相槌を打ってくる。
「そこではここで俺の華麗でナイスなデートプラン名づけて
圭佑と杏樹のドキドキデート大作戦の内容を天使ちゃんに披露しよう。」
「はいはい、手短にね。」
「まず行先はド定番中のド定番、遊園地DATEだ。」
「はっ、あんたは本当にひよっこね。」
「いいんだよ、これで。」
天使には今どきの女は遊園地なんかでは満足しないと言われたが
そもそも天使は今どき女子ではないので信用できない。
「そんなことよりも重大な問題があるの、あんた分かってるの。」
「なっなんだよ・・・・・・。」
天使がズイッと顔を近づかせて非常に真面目な表情でこちらを見るので
俺は思わず後ずさってしまった。
「圭佑、あんたあの女のコト何も知らないんでしょう。」
「へ?」
「へ?じゃないわよ。あんたらのこと監視してたけど
話すことと言ったら食べ物の話7割、社会情勢の話2割、天気の話1割よ。
これは何?どっかのじーさんばーさんの会話かっ!」
「だって杏樹さんは食べ物好きだからそういう話だとすごく盛り上がるし、
やっぱり今を支える若者として日本の行く末は気になるし、
天気は話を始めるきっかけにちょうどいいし・・・。」
「バカめがっ!」
どこから取り出したのか天使にでっかいハリセンで頭を叩かれた。
「あんた乳デカ女の趣味とか家族構成とか何やっているとか
ほとんど情報ゼロだろうが。」
「うっ・・・、確かに俺名前しか知らない・・・。」
「呆れるわね、そんなんで彼氏って言えるの。
どれだけ計画練ってたってね、相手が気に入らなきゃ意味ないの。
ちゃんとリサーチしなくちゃダメなのよ。
これからデートするのに何も情報が無いっていうのは考えが甘いんじゃないの。」
なんということだ、よくよく考えてみると俺たちは会えば
食べ物の話やくだらない話しかしておらずお互いの名前と歳ぐらいしか
知りえず、杏樹が何が好きでどういう家庭で育ったかなんて
露ほどもこれっぽっちも知らないのである。
俺は改めて天使に問題を突き付けられ己の愚かさに今更ながら気づかされた。
がっくりと肩を落とす俺をみて大きく溜息をつく
天使の目はまるで出来損ないの部下をみるそれである。
「望月杏樹、身長148㎝、体重45㎏、血液型O型、年齢22才、職業大学生、
趣味料理全般、好きな食べ物全部、好きな色ピンク、苦手なコト運動、
家族構成父は外交官、母は弁護士っていうエリート一家で
一人娘として大切に育てられたいわゆる箱入り娘ね。」
いきなり天使が杏樹に関するデータをペラペラと抑揚のない声で述べていく。
「それって・・・。」
「どうせこの1か月間暇だったからわざわざ天使ちゃんが調べてあげたのよ。」
「て、天使ちゃん・・・・・・・。」
「どうよ、私の情報収集能力は。恐れ入ったか。」
「何でスリーサイズが入ってないんだよ!!」
「このエロ幽霊がっ!」
いつも通り天使の打撃は威力がパネェ。
強力なパンチのおかげで頭が冴え渡り俺は増すばかりのデートへの意欲を胸に
いざ待ち合わせ先へと出陣していくのであった。
俺、丸山圭佑は彼女が出来る13日前、死んだ。
死因は何だったのか死ぬ前後のことはよく覚えていない。
霊安室でみんなが悲しんでいるなか俺がボォーッと突っ立っていると
いきなり天使と称する少女が俺の前に現れた、そして事情もよく掴めないまま
天国へ行くと連れ出され無理やり成仏させられそうになったところを
俺の必至な訴えに何か同情するものがあったのか天国行きはしばらく保留して
俺が現世でやり残したこと10コ叶えたら成仏するように説得させられたというわけだ。
少しばかり不本意だがこの自信過剰天使のおかげで俺はまだここに留まれているのだ。
天使は口も悪いし、足癖も手癖も悪いが根は良い奴なのである。
そう分かっているからこそ俺はこの不良天使との生活もなんとかやっていけるのだ。
ただ最近ちらほらとみせる天使の曇り顔が妙に気になる。
「ほらー、圭佑早くなさい。待ち合わせの15分前にはいなさいよ。
男の方が遅いとかまじありえないから。」
「分かってるよ!」
俺の5つ目の願い、デートを成功させるということを告げてからの1週間、
あっさりと了承してくれたもののあまり乗り気ではないようにみえたが
先程のように情報を集めてくれたりこうやって急かしてくれたりと
けっこう気にかけてくれているのだから俺の思い違いなのかも。
「ったく10コなんてすぐ終わるかと思ったら1ヶ月とちょっとでまだ半分だなんて
こんなにかかるなんて思っていなかったわ。」
「たった10コなんだぜ。大事に大事に使わなきゃ。」
「――――――――続きまして次のニュースです。昨夜12時頃コンビニエンスストア〇〇店に
強盗が押し入り、その場にいた店員1人が軽い怪我をしました。――――――――――――――――」
街頭のモニターから女子アナウンサーの声が聞こえる、
どうやら朝のニュースを読み上げているらしい。
「最近物騒だなぁ。この前も銀行立てこもり事件ってあったよな。」
「そうね・・・。」
あっ、まただ。天使は近頃見せる沈んだ表情をテレビの画面に向けていた。
やはり天使という生物は世の中の悲惨な事件を人間以上に嫌っているんだろうな。
「さぁ!!あんたはそんなことよりこれから大事なコトがあるんでしょう。
そっちに集中しなさい。」
強く背中を叩かれ激励をもらう、もしかして俺以上にこのデートに意気込んでいるのか。
それはとても心強い、何と言ってもやっぱり天使が後ろ盾にいるのだから
神のご加護もついて成功するに違いない。
「大丈夫だ天使ちゃん、用意は既に整っている。もちろん心の方もな。
もうすぐ待ち合わせ場所だ、さぁ俺を実体化させてくれ。」
角を曲がればもうそこは杏樹と約束した駅前広場、天使は気合を注入とでもいうふうに
軽くデコピンされ俺は実体化を果たした、ったく迷惑な気合の入れ方だ。
俺が広場の入り口に立つこと数分後、杏樹は駅の方向から現れた。
「じゃあ私は遠くからあんたたちのこと監視してるから。
アツーイお二人さんの邪魔はしませんからどうぞ楽しく
イチャついてデートすればいいわ。」
言葉の端端にトゲを感じる言い方をしたかと思うと天使は
さっさと空中へと飛んでいってしまった。
まぁ、あんな天使のことは置いといて俺はこちらに気付き
急いで駆けてくる小柄な人物に夢中だった。
「杏樹さーーん!!」
「圭佑さん、おはよう。」
俺のMy Sweet Angelは淡いピンクのワンピースに白い大きなつば広帽子をかぶり
何やら大きな籐かごのバスケットを提げていた。
「どうしたの、その大きな荷物。」
「あ、あのこれは・・・・・。」
彼女の持つ異様に大きい荷物を指すと杏樹ははにかみながら答えた。
「今日は朝早くからはりきってお弁当作ってきてしまったの。
何だか私はしゃいじゃって子供っぽいよね。」
手作り弁当、俺の心の中にジーンと広がる甘い言葉。
杏樹がわざわざ俺の為に早起きして作ってくれて
ここまで電車に揺られながら小さな体で大きな荷物を一生懸命
運んできてくれたのだと思うと無性に感動が湧き上がる。
「そんなことない、スッゲー嬉しい。
朝から大変だっただろう、ありがとうな。」
ありがとうという言葉を聞いた杏樹は実に嬉しそうな顔をする、めちゃめちゃ愛らしい。
「重いでしょ、俺が持つよ。」
杏樹の手から大きなバックをひょいと持ちとると・・・、俺は空いた彼女の手を掴んだ。
「じゃっ、行こっか。」
「うん。」
ギュッと握り返してくる彼女の手の柔らかい感触をこの恥ずかしそうな笑顔を
一秒たりとも逃さないように心のメモリーに焼き付ける。
さぁ楽しい楽しいデートの幕開けだ。
最寄駅に着くと目当ての場所はすぐ目についた。
「あっ圭佑さん、ほらっあそこだよ!!」
遠目からでもよく見える遊園地内の大観覧車をぴょんぴょんと跳ねながら指さす。
「ねぇ早く行こう。」
俺の手を引っ張りながら遊園地を目指し舞い上がる様子は
いつものおしとやかな彼女とは違う表情が垣間見えた。
今日、彼女をここに連れてきたのは正解だったらしい。
入場料を払い園内に入ると杏樹は目をキラキラ輝かせ
辺りをキョロキョロと物珍しそうに見て回る。
この姿、以前もどこかの意地悪天使が見せていたものにそっくりだ、
まぁ中身は180°違うこっちこそ正しく天使のようなものだが。
「よしっ!じゃあ杏樹さん、今日は思いっきり楽しもうー!!」
「うんっ!」
ここからのデートプランは本当に上手くいってた、二人の距離は縮んだし、
杏樹の弁当は最高だったしそれに意外な一面が見れた。
俺の計画は順調であったがひとつ計算外なことが合った、
それは杏樹は絶叫系もホラー系も全く平気、むしろスゲェ楽しんでいたことだ。
本当ならここでキャーなんて言ってしがみつかれて
ムフフなんてこと考えていたけどそんな美味しい展開には至らなかった。
まぁそれは残念なことであったがそれから俺たちはジェットコースターにお化け屋敷、
メリーゴーランドにコーヒーカップとデートを存分に満喫した。
ほぼアトラクションを制覇したのではないかという頃
陽が西へと傾き空が橙色へと染まりつつある、閉園時間が間近だ。
最後のシメで大観覧車に乗り終えるとよろよろと二人でベンチにどっかりと落ち着いた。
今日一日・・・・・・・・まじ良かった。
これがデートか、男女交際というものか俺は今しみじみと感じていた。
「ふぁー疲れちゃいましたね。」
「杏樹さん、すごい楽しそうだったから俺もはしゃいじゃったよ。」
「ふふ、私も圭佑さんとこうしてデートできてよかった。」
夕焼けに照らされた彼女の笑みはいつも通りの穏やかなものであった。
「私の父と母は私が小さい時から忙しい人だからこういうところって
行ったことなくて・・・。だからすごくこの日が楽しみで。」
「そっかぁ、俺も遊園地ってあんまり家族みんなで行った記憶ないな。
・・・親父が仕事で家にほとんどいなくて俺と妹とお袋で三人だけの思い出ばっかりだよ。」
「圭佑さん、妹さんいるんだね。」
「うん。随分会ってないけど。
そういえば小さい時アイツ何かと家族で遊園地行こうって言ってたな。」
昔の家族で幸せに暮らしていた頃の記憶を思い出すとき、俺はいつも心を痛めてる。
それは幸福な家族の思い出の後には思い出したくない過去がいつも俺について回るからだ。
どうしてああなってしまったのか今でも悔やまれる、心の闇が広がる。
真っ黒な闇がしずしずと心を染めていく、かと思いきやそれ以上闇が広がることはなかった。
俺が感傷に浸っていると杏樹がそっと優しく手を握っていた、温かい手だ。
「それはきっと妹さんも今の私と同じ気持ちだったと思うよ。」
「―――――?」
「それは楽しいところは大好きな人とは一緒に行きたいってこと。」
ぎゅっと俺の腕に寄って幸せそうな顔をする、しかし二重の意味で俺は赤面していた。
一つは杏樹にこんなうれし恥ずかしいことを言われたこと、そして二つ目は彼女のムッ、ムネが
腕に押し付けられていることだ。シリアスな場面に突入かと思ったらまさかのお色気シーンに
入ってしまうのか、何なのだこの急展開は。杏樹は胸が当たっていることを知らないのか
顔まで腕にすり寄せてきてくる、・・・なんだかいい匂いがするんだなぁ~。
彼女の胸の柔らかい感触が俺の腕を圧迫してくる、もう思考回路が停止しそう、
これは想像以上に威力が凄い・・・、やばいっやばすぎるっ!!
いやっ、しっかり理性を保つんだ俺!杏樹は純粋に嬉しくてくっついてきてくれているのに
俺のこんな気持ちを知ったら・・・・・・・
「圭佑さん、すごい汗かいているけど大丈夫?」
「あぁ・・・・・。」
ここでようやく杏樹が離れ、なくなりかけていた理性が再び戻ってきた。
一呼吸置くと俺の心臓の昂ぶりはだんだんと通常の脈を打ち始めた。
俺の汗が止まると飲み物を買ってくると杏樹が席を立つ。
すると音もなく気配もなく彼女の座っていた俺の隣に天使が着席する、
驚く俺をよそに冷ややかな目で頬杖しながらこちらを見てくる。
「おい、エロ佑。」
「エロ佑いうな!俺は別にエロい目でなんか・・・・・・・・・。」
「沈黙は肯定と捉えるわよ。」
「だっ、だってあんなに密着されたら誰だって少しくらい邪な気持ちになるだろ。」
「ふん、たんにデカいってだけで。年取ったら垂れるんだから。」
「自分の胸がホライゾンだからってあからさまに妬むのはよくないぞ。」
「地平線言うなっ!もうちょっとあるわ!!大体ねぇこの姿だって偽物なのよ、
だから本当の私はナイスバディで超グラマラスなんだから、ボンッキュッボンッよ!!」
彼女は息巻いているが見栄張っているのはバレバレで
俺はまだ見ぬ天使の真の姿を想像するがやはり脳内でも天使はナイチチのままである。
「―――でキスぐらいはしたの?」
唐突な天使の質問に俺は朝からの疲れが吹っ飛んで実際体も吹っ飛びそうになった。
「きっキッス!?」
「何驚いてんのよ、中学生でもあるまいに。」
「いやぁ~だってまだ付き合って1ヶ月でせっ、せっ、接吻なんて。」
「言い方も考えも古めかしい。私はってきりベタなデートだからベタなシチュエーションで
観覧車の真上に来た時にキスするかと思ったらしないし。」
「そっそれは俺も考えたけど、やっぱりタイミングというか
どう切り出せばいいか・・・。」
「チキンね。まぁあっちだって満更でもないんじゃない。
あ~んなにご自慢の胸押し付けちゃって。
さっさとしちゃいなさいよ。ブッチュ~って。」
「おいっそんな軽々しいものじゃないんだぞ――――――――――――――――」
「圭佑さん、どうしたの。」
気付かないうちに背後に杏樹が立っていた、その両手には缶が2つ握られている。
杏樹、戻ってくるの早すぎだろ・・・。
どうやら俺と天使の会話(普通の人から見ればおかしな独り言)を
少しであるようだが立ち聞きされたらしい。
杏樹は見てはならないものを見てしまったかのような顔をしている。
「タイミングの悪い女ね。」
誰のせいでこんなことになってしまったと思っているのか天使の態度にはほとほと呆れるぜ。
「まるで誰かとお話ししているみたいに・・・・・。」
「いや、何でもない、何でもないよ。飲み物ありがとな。
あ、もうこんな時間だ。遅くなっても困るし、さぁそろそろ帰ろうか!」
俺の挙動不審な行動を棒読みの台詞で誤魔化すように彼女の腕を掴み出口へと歩を進める。
見つめる杏樹の目はかなり不審げである、というよりか心配そうな目。
やばい、俺イタイ人に見えたかな、いや見えたに違いない。
「圭祐さん・・・。」
杏樹は俺の名前を呼ぶと実に言いづらそうな顔をしてチラチラとこちらの表情を窺っている。
もしかして初デートでフラれるのか俺、別れを告げられるのか!?
そりゃそうか、こんな変な男に付き合ってくれただけ奇跡みたいなもんだよな、
けれどやっぱり怖くて彼女が口を開こうとした際思わず目を瞑ってしまった。
「何か悩んでいることがあったら言ってね、私でよかったら相談に乗るから!!」
「・・・うん、ありがとう。」
杏樹・・・、なんていい発想の持ち主なんだ。
勝手に結論付けて納得してくれたみたいだから俺はそれに便乗することにした、
だって悩みを抱えて幻覚が視えている人間の方が実体化してる幽霊が天使と会話してたっていうより
はるかに現実味を帯びているからだ。
にこにこと嬉しそうな杏樹に感謝しながら俺達は改めて手を握り遊園地のゲートを抜けた。
そして二人仲良く今朝待ち合わせた場所に9時間ぶりに立っている、手は握ったままだ。
「じゃあここで。」
お互いの手がゆっくりと解ける、手にはありありとぬくもりが残っている。
「うん・・・、今日はありがとう。」
「こっちこそ、杏樹さんのことも色々知れたし。」
「あのさっきのは・・・・・。」
「ん?何?」
「ううん、何でもない。今はまだこのままにしておくのも悪くないかな。」
「??」
「何でもないよ。」
いつも穏やかな笑顔の彼女が垣間見せた謎めいた微笑の艶やかさにドキッとしてしまう
俺って結構こういうので話逸らされたりするのかなと内心思いつつあった。
「ホラ、公衆の面前でキスするチャンスよ。お別れのキスしちゃえば。」
横から天使が茶々を入れてくる、まだ俺と杏樹をキスさせようとしているらしい。
キスなんて神聖な行為、人通りの多いこんな場所で出来るわけないだろぉーが!
はた目から見れば宙を睨んでいるよく分からない男の服の裾を掴み
杏樹は自分に視線を向けるよう促した。
「圭佑さん・・、ちょっとかがんでもらえますか。」
「こうか?」
彼女の言葉が意味することが分からなかったがとりあえず目線を合わせた、すると
グイッと腕を引っ張られたかと思ったら頬に軽く触れるものがあった、
事実をいうなればそれは杏樹の唇が俺の頬に当たったということであった。
これは巷で言うほっぺチューなるものでした。
「今日のお礼、それじゃあまた。」
「うっうん!またね~~~~~。」
「・・・やっぱりあの女、気に食わない。」
俺が鼻の下伸ばしてぶんぶん手を振る横で天使は恨めしく彼女の背中を見送るのであった。
一体彼女の何が不服なのか俺には皆目見当もつかない。
まっ天使のことだ、どうせ胸がデカいのが気に入らないのであろう。
「あの、すいません。」
「―――?はい。」
と、いきなり夕闇迫る駅前で女性から声をかけられた、逆ナンであろうか。
声の方向を見るとショートカットのよく似合う優しそうな目をした見知らぬ女性が
隣に立っていた・・、しかしこの顔立ちどこかで見たことのあるような・・・。
「突然お声をかけてしまい申し訳ありません。丸山圭祐さんですね。」
俺の名前を知っている、ということは初めて会った女性ではないのか。
「そうですけど、どこかでお会いしたことありましたっけ。」
「私、芽衣です。」
「めい?芽衣って・・・」
その名前を聞いた瞬間彼女の顔をまじまじと見る、この子は・・・・・。
「丸山芽衣です。」
いきなりの妹登場に急展開すぎてついさっきまでの興奮も一瞬で醒めてしまった。
まだまだ今宵の夜は長引きそうだ。
そんなこんなで俺が無事成仏するまで残り5コ。