empty doll
僕は、からっぽ。
ほかの人形みたいに、楽器も弾けない。歌だって歌えない。
だから、大好きな君を楽しませることが、できない。
こんな、からっぽの僕を、ほかのみんなよりも大切にしてくれているのに。
ぼくは君に、なにもかえせない。
せめて、「ありがとう」とだけでもいえればいいのに...。
『お人形さん、行ってきます!』
ああ、今日はお母さんと出かける、って言っていたね。
僕は、「いってらっしゃい」がいえないから。
そのかわりに。
君が楽しんでこれることを祈っていよう。
「あーあ、嫌になるわ!」
と、きれいなドレスを着たクマが言った。
「本当だよ。なんであの子はこんなからっぽの役立たずを大切にするんだ?」
「ねー、こいつは僕らみたいに歌も歌えない!楽器も弾けない!ただのゴミじゃないか!」
ほかの人形たちも、いっしょになっていやみを言い始める。
わかってる。僕が役立たずだっていうのは。
みんなが僕を嫌っているのは昔からだ。
こんないやみだって、言われなれている。
でも、やっぱり、ききたく、ない。
耳を塞いでしまいたい。
なのに、僕の両手は、気を付け、の位置から動かない。
「おい、なんかいえよ、emptyさん?」
「だめよ、猿。こいつはしゃべらないんだから!なにをいっても無駄よ!!」
「そりゃそうか!」
あははは、とみんなが笑う。
逃れられない現実を、突きつけられる。
苦しい。
いやだ、聞きたくない。
聞きたくない、ききたくないっ!
やめろ、やめてくれ。
僕は、ぼくは...!
「ぼくは、からっぽなんかじゃない!」
わらっていた人形たちが、急に黙った。
僕は、なにがおこったかわからなかった。
いま、僕は、しゃべったの、か?
僕は、しゃべれた、のか?
ざわ、ざわ...と声がする。
しん、としていた人形たちがだんだん今起こったことを、理解し始めていた。
「な、なによっ!やっとしゃべれたぐらいでっ!」
クマがこっちへ向かってくる。
動いてみようとしたけれど、やっぱり僕はうごけなかった。
クマは僕の前で止まった。
「ほら!動けないんじゃない!なまいき言わないで!!」
あれ...?彼女、泣いてる...?
「あたしたちがどれだけ頑張っても、あの子はあんたしか愛しちゃいない!」
「そんなこと...」
「そんなことあるのよ!どれだけ頑張っても愛してもらえないつらさが、あんたにはわかるの!?」
周りの人形たちもうつむいて涙をこらえているようだった。
わからなかった。
みんなが、そんな風に思ってたことなど。
しらなかった。
みんなが、僕のせいで苦しんでいたなんて。
悲しんでいるのは、僕だけだと思っていた。
クマが、顔をあげて僕をにらむ。
そして、もう一歩、僕に近づく。
「おい、クマ、落ち着けっ!」
猿がいったが、クマは聞いていないみたいだった。
「あんたなんて、あんたなんてっ...!」
「壊れちゃえばいいのよぉぉぉぉっ!!!」
そういって、クマは僕を突き飛ばした。
僕は棚から落ちていく。
みんなの驚いた顔が、遠くなっていった。
がしゃん、と音がして陶器製の僕の体はばらばらになった。
...どれくらい時がたっただろうか。
あの子の楽しそうな声が近づいてくる。
だめだ、来ちゃいけない。
こないでくれ。
そんな僕の願いもむなしく、部屋のドアがひらく。
笑い声が、きえた。
一瞬、時が止まったようだった。
それから、つんざく様な悲鳴が響いた。
あの子が、一歩一歩近づいてくる。
あの子が、ひとつひとつ僕の欠片を拾い集める。
くりくりした大きな瞳から涙がこばれ、僕の体を伝っていく。
悲鳴に驚いてかけつけた彼女の親が近づいてきて、あの子の頭をやさしくなでている。
それでも、涙はとまらない。
あぁ、僕は君に、なにもあげられなかった。君がくれた愛を、かえせなかった。
それどころか、こんなに悲しませてしまったね。
あぁ、ごめん。ごめんね。
僕がからっぽじゃなかったら、君は、君の人形たちは、悲しまずに済んだのにね。
ごめんね。
お願いだから、もう泣き止んで...?
僕はもう、消えるから。
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お母さんに連れられて、君はゴミ捨て場に僕を置いていく。
一生懸命直してくれたけど、僕の体はもとには戻らなかった。
ときどき振り返るその顔に、また涙がながれていた。
あの子が道をまがり、姿が見えなくなった。
...最後に、笑顔をみたかったんだけどな。
「かわいそうに。捨てられたのかい?」
しばらくしてから、見たこともない真っ黒な鳥が、そう話しかけてきた。
「捨てられたんじゃないんです。僕が、からっぽだったから。...あの子は悪くないんです。」
ふうん、といって、鳥は僕を眺める。
「あたしには、あんたがからっぽにはみえないけどね?ま、カラスのあたしに関係ないか。」
ばさっ、と羽をひろげ、鳥は飛び立とうとした。
「待ってください、僕がからっぽじゃないって...どうして?」
鳥が僕を見おろしてくすくすわらう。
「だって、おまえは泣いているじゃないか!」
「え...?」
「泣けるってことは、心があるってことじゃないのかい?」
にこ、と笑い鳥は、飛び立っていった。
...こころ?僕には、心がある?
目をとじて感じてみる。
とくん、とくん、と胸を打つ音がした。
ああ、僕は、からっぽじゃなかった。
自然と、笑みがこぼれる。
からっぽじゃ、ない。
僕のなかには、こころがあった。
最後まで駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
初投稿です。次はもっと上手くかけるようになりたいです...。
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