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ムサシに会ってみたが、ロクな情報が得られない。やはり滝山さんに会ってみるしかないと、おれは思った。

「どうも、朝霧さん!」

 長身のムサシが笑顔で駆け寄ってきた。見れば見るほど武蔵に似ていやがる。

 ここは地下につくられたインデペンデント系レーベル・スタジオのひとつだった。アングラ・ミュージックを生みだす場にふさわしい環境だ。

「ここじゃタバコも吸えないんで、あっちにいきますか」

 おれはムサシに促されるまま、レコーディングルームから小さなミーティングルームへと移動した。

 ミーティングルームでふたりきりになると、ムサシは大げさな手振りで胸を撫で下ろした。

「愛莉ちゃんに頼んでみて正解でしたよ。最近、朝霧さん、全然見かけなかったし、おれ、朝霧さんの連絡先知らなかったって今更ながら気づいちゃいましてね」

 ムサシはラークの箱をとりだした。火を点けようとしながら上目遣いにおれを見て、吸いたかったらどうぞ、とタバコを勧めてきた。おれもタバコをとりだし火を点けた。

 二〇の若者とは思えないほどギラギラした目をしてムサシは話を続けた。

「てか、いま、なにやってんです? イベントにも全然出てないようですし、ニコ動でもやってるンすか?」

「べつに。ちょっとした充電期間だよ」

「早いとこ復活してくださいよォ。またパーティーしたいって思ってるんですから!」

 ムサシはよく喋る野郎だ。絶対に傍に置きたくはない。

「おまえ、なにか『祭り』ブチ上げようとしてるんだって?」

 おれが突然切りだすと、ムサシの表情がにわかに変わった。

「おまえがどうなろうとおれの知ったこっちゃないが、愛莉からも言われたからいちおうやめておけと忠告しておくぞ。以前の乱痴気パーティーのときも、一歩まちがえればパクられてたとこだぜ? いいか? おまえはトーシローだ。わざわざ危ない橋を渡るなよ」

「あれは女がひとり、たまたま中毒だったせいで事故っただけですって。おれたちには問題ない」

「その思考が甘いんだよ、ムサシ」

 ムサシはおどけたように頭に手をやった。

「だからこそ朝霧さんに声をかけようと思ったんだ。朝霧さん、あちこちで派手に動いてきてるでしょ? その力と知恵を拝借したくってね」

「無駄な話だ。おれはおまえとはつるまない」

「ちょっと、ツレないじゃないすか。話だけでも聞いてくださいってば。この閉塞した時代の空気をガツンと打ち破る、すげえ『祭り』なんすから!」

 おれはやれやれといったふうに首を振りながら、席を立った。この男はまるでカスだ。ただの粋がっているそこらのチーマーと大差ない。

 ムサシも慌てて立ち上がる。

「ちょ……待ってくださいって! とりあえず話だけでも……マジではんぱねえンすから! 人生変わるかもしれない『祭り』っすよ!」

「いちおう忠告しといたからな」

 とりあえず愛莉への義理は果たせた。

 おれはドアノブに手をかけて、最後に一言だけつけ加える。

「ところで、ムサシ。小野寺って男を知っているか?」

 猫背ぎみに立つムサシは、きょとんとした顔をして首を捻った。ムサシの瞳孔径に変化は見られない。どうやらほんとうに知らないらしい。

 少しでもムサシという男に期待してしまった自分を悔いる。

 おれはミーティングルームの扉を開けて部屋を出ると、そのままスタジオを脱けた。

 青学の横に伸びる路地のさき、美容室の手前にある地下スタジオから地上に戻ると、ちょうど雨がぱらつきはじめていた。

 明るいうちに動きだして正解だった。

 夕方の青山通りは学生や若者の姿が多く、猿のようなはしゃぎっぷりがおれを苛立たせた。パクスにいたころのおれならば迷うことなくやつらを殴りつけているにちがいない。しかしいまのおれはそんなことはしない。先日の上野のパチ屋での一例もある。努めて冷静でなければならない。

 自分にそう言い聞かせていたが、おれは元来軟弱な人間だ。鬱陶しい小雨と目障りな学生どもに耐えて駅まで歩くのも億劫に思い、すぐにタクシーを拾った。

 高円寺まで走らせてほしいと伝えると、運転手はとくに反応を示すことなく車を出した。

 時刻は午後五時半。国道二四六号は混みつつあった。交差点のたびに停車を強いられる。なかなか渋谷を脱けない。

 おれはぼんやりと車窓を流れゆく街の景色を眺めていた。いつの間にかノスタルジックな思索に耽っていた。最近、なにかと考えることが多い。マイケルのことやお遍路のこと、馬鹿な愛莉のことやアングラ・ミュージックのこれからのことなど。

 いけない。目的意識を明確に持たなければ、いけない。

 おれが高円寺に向かう理由は、滝山さんに会うためだった。直接彼に会って、確認しておきたいことがあるのだ。

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