9 王子おびき出し大作戦!(4)
年単位の引きこもり歴は、流石というかなんというか、やはり王子は手ごわかった。
頑なに閉ざされた扉。境界線を超える度胸はなかったので、そのぎりぎりでいろいろな作戦を実行したものの、それらはすべて不発に終わった。たまに耐えきれなくなった王子から反応はある。それでも、ロボットが手紙を持ってきたり、威嚇用のくす玉が頭上で割れたり、穴がぽっかりと開き作戦の元を攫っていったりと、すべて間接的なものであった。
ここまでいくと、意地である。絶対に引きずり出してやる!とマカは稀にみるやる気に炎を灯した。
しかし、それももはや限界を示していた。
「…どうしよう。もう手がないわ」
ない頭をフル回転させたのだが、久しぶりに強烈な負荷を与えたためか、脳みそはオーバーヒートしかけだった。こころなしか、頭が痛いし体が熱い。
「少し、休まれては?」
「そうそう、時には休むことも大切だってぇー」
気楽にコーヒーカップを傾け、さっさと休憩をはじめてしまっているアルヴェンの頭を一発叩き、ジンは心配そうに眉を下げた。痛みで床をごろごろと転がっているモノは完全無視で。
「いいえ。私は賃仕事に関して“はやい・うまい・すんばらしー”をこころがけているのよ。ここで休んだら、きっとその緩んだ空気が続いてしまうもの!」
「ですが、顔色が悪く見えます。連日、あまり寝てないのでしょう?」
「それは帰ったら子供たちに突撃を受けるからよ。この仕事があるからじゃないわ」
自分のことは自分が一番わかっている、と暗に示すマカに、護衛役はまた不安そうな顔をした。それを見て、事を性急に運ぶのがどんなに大事か、思い知らされる。賃仕事が長引けば長引くほど、彼に心配をかけてしまうのはいつものことだ。しかし、あまりに長いと心配ゲージを振り切った彼はマカをマリアーヌへ強制連行する。今回も、依頼主がどんな大物であろうと、引きずってでもマカを休ませるだろう。それだけは阻止しなくては。
そう思ったマカは、心に喝を入れ、通常以上に気合を入れた。もう打つ手はない、とはいったが、それは赤いラインの手前で行う作戦だけのことである。
ラインを越えた後の話をしたことはない。
「これが、最後かな」
ぽつりと呟いたマカに、二人は首を傾げた。数々の奇妙な作戦を実行してきたマカが言う最後の作戦、というものが想像つかなかったのである。
しかし、マカにとっては今の今まで温めてきた作戦でもあった。無策とはいえど、これは最終手段なのだと、頭の中でテープでぐるぐる巻きにして頭の片隅にいつもあった。
赤いラインを超えなければ、王子の心には近づけないのかもしれない。
人を頑なに拒む彼に近づくには、物理的な痛みを、―――彼自身を、恐がっていてはいけないのかもしれない。
だから。
「――マカ様!?」「おいお嬢っ!!」
唐突に、足を踏み込んだマカを見て、二人は悲鳴に似た声をあげた。それを聞いて尚、赤いラインを、彼との境界線を、しっかりとした足取りで踏む。
それと同時に、上から特殊な調合をされた粉が、下からは可愛らしいタヌキの形をしたロボットが、外見に似合わない鈍く光る千本をもって現れた。しかし、それは今までの経験で想定していた事実である。はっと我に返った護衛二人に水をかけられ、武器をとりあげられ、すぐに鎮圧された。
それを横目で見つつ、また一歩踏み出す。いくつも現れるセキュリティー。少女を危険から遠ざけようとする青年二人。双方が双方を制し合い、マカの行く手を阻むものは実質何もなかった。
ラインからわずか数メートルの距離は思ったよりも短く、存外早く扉の目前に近づけた。ここは最終関門である。触れると、何が起こるか分からない。無残に切り刻まれ、扉から投げ出される自分を想像し、ごくりと唾を飲み込んだ。それでも、ここを超えなければ王子に会うことすら叶わないのだ。
緊張と、不安と、恐怖と。入り混じった思いをなけなしの勇気で奥に押し込んで、荘厳な雰囲気を漂わせる扉へ手を伸ばした。
―――と、それは、思いのほかあっさりと侵入者を受け入れた。