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H O P E  作者:
Ⅰ はじまりは神話にのせて
8/33

8 王子おびき出し大作戦!(3)

 「…何をしておられるのですか」

 「あら、ジン。米の番はもういいの?」


 わずかだが立ってるだけでお金がもらえる、という下級兵士たちの間で密かに人気のある米倉番の仕事は、今のジンにとっては苦痛でしかなかった。

 理由はもちろん、破天荒なお嬢様が何をやらかしているのかと不安で仕方がなかったから。

 いつも自分の目の届くところにいるよう気を配ってきたが、今回ばかりはそうもいかない。しぶしぶ、一人彼女から離れたのである。旧知の仲のアルヴェンがいるとはいえ、安心はできない。一度目を離した隙にするすると果樹の木に登っていたマカに度肝を抜かれたことを思い出すと、いつも心臓が跳ねる。あの時は大変だった。果樹の持ち主に謝り、マカに説教をしたのだったが、少女は全くこりていなく、次の日は大型犬の背中にまたがって街を闊歩していた。


 王子の再教育を申し渡されてから数日後。やってきたジンに、マカはぱたぱたと団扇で風を送っていた作業を一時停止し、そちらを見やる。彼の反応は…予想通り、あきれ顔だった。そりゃそうだろう。まさか王子の自室の前でサンマを焼いているなどと、誰も思わまい。


 「今丁度休憩をもぎとってきたんです。…で、何をしておられるのですか」


 質問の答えを、と催促する目を投げかけるジンに、マカは肩をすくめた。


 「見ての通り。王子を着々とおびき出し中よ」


 ぱたぱた。団扇を再度動かし始めると、良い感じに焦げてきたようで、サンマのおいしそうな匂いが漂う。もう少しか、と火の勢いを強めるように団扇を素早く上下に動かした。


 「お嬢、嘘をつくな嘘を。全然着々じゃないだろ。ジン、見ろ、この手紙の束を」


 隅にこんもりと積まれていたゴミ、だと思っていたものは、山積みの手紙だったらしい。まさか、王子から?と聞くと、マカは嬉しそうに、しかしアルヴェンは若干やつれ気味に頷いた。

 その対照的な反応に困惑しながらも、紙の山から一枚を適当に拾い上げ、読み上げる。すると、その反応のわけが分かった。主にアルヴェンの。


 「『ロボットニギャクギレスルナ メンテナンスガタイヘンナンダゾ』『ウルサイ』『マツリデモヤルノカ ダマレ』『ヤタイナラソトニシロ』『オヤジハホメテヤレ』


 …まるで脅迫声明文ですね」


 文面を見ると、王子はだんだん疲れていっているようである。二人がこの数日間で何をやったのかはあまり想像したくはないが、今まで静かに誰にも邪魔されずに過ごしてきた王子にとっては、かなり厄介な人物がやってきたのだろう。

 王子の気持ちを考えると、彼に同情が浮かんだ。可哀想に。


 「脅迫はどっちかっていうと俺らのほうがしてるもんなー」

 「失礼な。脅迫じゃなくて、れっきとした作戦よ」

 「行き当たりばったり無策パラダイスのくせに」

 「何よ、文句あるの」

 「…私を挟んで喧嘩はやめてください」


 ぐいっとジンが押しのけると、二人はぶーと膨れながらまたサンマを焼き始めた。これが今実行中の作戦なんだろうが、何でサンマなんだろう。ちなみに今は春で、サンマの旬は秋だというのに。


 「おいしいサンマは悪人をも魅了する!これは世の道理である!」

 「ほら、さっきからこの調子でさー。なんとかしてやってよ」


 そうとはいいつつ、呆れ口調の割に楽しそうだ。昔から子供っぽいやつだったが、マカと一緒になるとタチが悪い。自分の仕事が2倍どころか3倍くらいに膨れ上がる危険性がある。

 そう判断したジンは、すぐさまアルヴェンに詰め寄った。


 「…お前、お嬢様を見張っていろと、そう言ったはずだよな?」

 「うっ。暗黒大魔王君臨…」

 「質問に答えろ。危ないことはさせてないよな?」

 「…まだ、かろうじて」


 かろうじて、ということは、これからやるかもしれない、ということか。ギロリとアルヴェンを睨むと、幼馴染はヒーッと震えあがった。

 お嬢様の前でだけ、完璧に猫を被っているジンは、幼馴染の自分の前ではガラリと印象が違う。ちなみに、一人称も私から俺に変わるというおまけ付き。そのことを熟知しているアルヴェンは黒いオーラを纏った幼馴染にあせあせと言いわけをする。


 「まだやってないだけマシじゃん!」

 「そういう問題ではない…お嬢様は予想の遥か上を全速力で突き進むような人だぞ」

 「お前はそれを言っていいのか…」


 フン、と鼻息荒く言い捨てるジンを、アルヴェンは呆れた目で見つめた。 


 ジンがはぁとため息をつくと、アルヴェンが肩に手をおき、「おにーちゃんは大変だねぇ」と言う。少しムカついたので頭にげんこつを落としておいた。幸い、お嬢様はサンマに夢中である。


 「いてぇ!何でお前はすぐ暴力に訴えるの!」

 「うるさい黙れ」


 頭を押さえ、ぶーたれるアルヴェンの視線の先には、ジンの敬愛するお嬢様の姿があった。もちろん、ジンも同様に。


 「…大変だねぇ」

 「別に」



 彼女の隣にいるのは、居心地が良いから。



 珍しく素直になった幼馴染に、アルヴェンはカラリと笑った。 



ちょっとだけ、お兄ちゃんず編でした。次話から、またマカ視点に戻ります。

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