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H O P E  作者:
Ⅲ 王子と茶会と舞踏会
31/33

30 再び捕獲(される側)

 静かな音楽に乗せ、周囲でちらほらと男女で手をとりあう人々が増える。

 マカはそれを眺めながら、ちらりと自分の隣を見た。



 「―――隣国へお出かけになっていたとか」

 「ええ。鉱物の精製に秀でているタルムや、繊細な細工の工芸品で有名なアーカルデなど、この数年でいろいろなところへ赴きました。各地で得た経験はとても素晴らしく、この国の工業発展にも役立てるかと」

 「ほう、物作りに御執心とは…。初めてお聞きしました」

 「私は人とコミュニケーションをとるのが苦手でして。それも無理ないかと思います」


 給仕から配られたワイングラスを手に取り、ナイスミドルなコンボワール子爵は笑ってそれを煽った。

 一方セイヴェルトは、同じようにグラスを手にしつつも、それを口にしようとはしなかった。


 二人は、当たり障りのない普通の会話をしているように見える。だが時折、コンボワール子爵から何かを探り当てたいようすが窺えた。話の端々で、笑みの向こう側からチラリと鋭い目つきが現れる。しかし、それを相手に悟らせないためか、すぐに笑顔に戻って元のようにセイヴェルトに話しかけるのだった。


 そんな彼らを観察しながら、マカは動くわけにもいかず、殿下の横で突っ立っていた。


 おおぅ、次第に子爵がいらだってる…


 明らかに気づいているはずなのに、セイヴェルトは最低限の返事しか返さない。笑顔をはりつけたまま、淡々と事実に嘘を交える。お互い知らんぷりで、まるで狐の化かし合いのような会話が続いた。



 そんな緊迫した空気の中、ガチャリと場違いな金属音が小さく響いた。

 それと同時に少し重くなる、手首。


 「~~~~~~ッッ!?」

 「しっ。もう少し近づけド阿保」


 再び繋がれたマカとセイヴェルトの手。今度はがっちりと透明な金属の手錠で結ばれていた。明らかに、この場から逃がさないというセイヴェルトの意志がこもっている。

 不満を述べようとするが、子爵の手前、そんなこともできない。マカは渋々、言われる通りセイヴェルトに先ほどよりぴったりくっつくようにして隣に立った。

 その動きに子爵はピクリと眉を動かしたが、何も言わなかった。 



 セイヴェルトと子爵の話は既に政治の域に入っており、マカにはちんぷんかんぷんだ。専門用語を出されては全く意味が分からない。


 「では、セイヴェルト殿下は戦争に反対だと?」

 「賛成はしかねますね。何も生まないむやみな争いは世界に混沌を生み出すだけだと考えております」

 「なるほど。では、この場合はどうでしょう。自分たちの国に、世界を滅ぼせるほどの力があるとします。それを用いれば他国の侵略をふせぐことなど造作もない。無論、こちらから戦争をしかければ相手方の負けは確実―――。そして、国の上層部は戦争賛成派で固まっている。それでも、戦争には反対の声をあげますか?」


 言い終えた後、コンボワール子爵は意味深な笑みを浮かべた。


 マカは眉をしかめそうになったが、セイヴェルトは身じろぎもせず、鋭く子爵を睨みつけた。


 「多数少数は関係ありません。それで意志をくつがえそうものなら、それほど軽い思いだったということ。自分の意見を簡単にねじまげるほど、私は落ちぶれていませんよ」


 その答えに、子爵は少なからず驚いたようだった。目を見開くと、薄く口を開いてセイヴェルトを見つめる。それに気づいたセイヴェルトは、その意味をわざと間違えて受け取った。


 「―――申し訳ありません。貴方を責めるつもりはなかったのですが」

 「いえ、変な質問をしたこちらが悪いのです。申し訳ありませんでした」


 大げさに眉を下げたセイヴェルトに、子爵はペコリとおじぎをする。それによってピリピリした空気が、一変して緩んだ。

 息が詰まるような雰囲気を脱出し、マカはホッと息をついた。隣でビリビリ視線飛ばしあっていたから非常に迷惑極まりなかったのだ。



 そのまま立ち去るそぶりを見せた子爵は、最後に一つ、とセイヴェルトに微笑んだ。


 「殿下が遊学に出られる直前にお話ししたあの件は、まだ有効ですか?」

 「先ほども申し上げたように、私は一度お答えした返事を永遠に変えることはない…


  ―――否、の一点張りですよ、申し訳ありませんが」


 セイヴェルトがお返しに微笑むと、子爵はマカに目を移し、初めて傍から見ても分かるほどの怒りをチラつかせた。


 だがそれも一瞬のこと。

 娘と同じギラついた目はすぐにおさめ、もう一度ゆっくり礼をとってきらびやかなダンスホールの人ごみに消えた。





 「―――全く、嫌みな奴だ」


 子爵が立ち去ったあと、持っていたグラスの中身をすぐに空にし、近くの給仕の男性からワイングラスを奪い取ったセイヴェルトは一気にそれをあおった。

 酒に弱いと言っていたのにそんな一気に、と思ったが、全く顔色に変化のないところを見ると、どうやら先ほどの薬がしっかり効いているようだ。


 マカは手錠を外された手首をさすりながら、セイヴェルトに問いかけた。


 「あの人、殿下と親しいのですか?」

 「ハッ、親しいように見えたのか。お前の目は節穴だな」

 「……………見えませんでしたが、一応。この場でハッキリ物を申し上げるのは避けたほうが良いと聞きましたので」

 「ふん、なら最初から聞かねばよいだろう」


 そう言ってもう一度ワイングラスを傾ける。空になったグラスを給仕に押し付け、もう一杯もらうとそれをマカに押しつけた。


 「殿下、お忘れでしょうが私はまだ酒に親しむような年ではありません」

 「あぁ、そうだった。時々すべてを悟ったような言い方をするから、お前の年を忘れるところだった」


 大げさに驚いて、セイヴェルトは押し付けられたグラスを手にとる。嫌みは今日も絶好調だ。褒めているのか、馬鹿にしているのか。恐らく後者だろうけど。

 その様子にマカはため息をついた。


 「私とて、すべてを悟ることなどできませんよ。殿下に生活リズムを整えるようお教えすることが出来ても、先ほどのような政治的会話にはついていけません」

 「…ほう、お前には奴と俺の会話が政治の話だと思ったのか」


 すでに一人称が私から俺にかわっているセイヴェルトを小声でたしなめてから、マカは首を傾げた。


 「では、それ以外の何だったとおっしゃるので?」


 セイヴェルトはグラスをテーブルに置いて、ニヤリと笑んだ。お前は馬鹿だな、と目が語っているようでおもしろくないが、そこはぐっと堪えて言葉を待つ。


 返ってきた言葉は、セイヴェルトらしい、意地悪かつ意味深な言葉だった。




 「奴は自分の目的を果たそうとし、それがあっけなく崩れた、ということだ」


 「―――は?」



 そのうちの一つは、ということだが。


 そう付け足されるものの、全く分からないマカは眉を寄せて首を傾げることしか出来ない。

 もう何も言う気はないのか、セイヴェルトはそんなマカを眺めつつ、おもしろそうに酒をあおった。




コンボワール子爵はとてもめんどくさい。一を言うのに十被せるような人。


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