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H O P E  作者:
Ⅲ 王子と茶会と舞踏会
22/33

21 明らかな親類

 マカがそれに気づいたのは、セイヴェルトへ出すお茶やお菓子、つまり3時のおやつを用意しているときのことだった。


 マカの説教により、引きこもりはおさまったか―――と思いきや、彼の引きこもり度は予想を遥かに超えていた。

 食材がないと言えば荒れ果てた庭を掃除嫌いの彼は一生懸命掃除してここに作ればいいと言い、

 調理器具がないと言えば「待ってろ」と一言、その翌日には立派なお手製簡易コンロetcが第二王子の私室に鎮座していた。

 そこまでするかと頬をひきつらせていたものだが、最近ではそれにも慣れ、庭の改造に精を出し、王子の自信作の調理器具で昼食を調理することもしばしばである。

 これは使えると踏んで、その調理器具を一式マリアーヌへ寄付してもらった。役得役得。いや、意地汚いとかそんなんじゃないからね?


 ともかく、最近のマカの仕事といえば、朝、彼を叩き起こし、昼まで庭の改造や掃除に精を出し、昼食の用意をして、片付けが終わったら隣室に移り王子の邪魔をしないよう雑用に移る…とまぁ、簡単にいえば侍女の仕事。彼にお付きの侍女はすべて逃げ出してしまったというから、それが原因で生活リズムを崩しまくりの怠惰な生活を送ることになってしまったのだろう。いまや彼の一言一行を叱咤するのはマカ一人となっていた。


 


 と、近況の報告はそこまでにして。

 マカは目の前でふらつく青年を見て、どうしたものかと思案を巡らせた。

 

 茶葉がきれていたので、最近仲良くなった侍女にヘルプしようと部屋から一歩出た時だった。


 「……いや、これでは、…あぁそういえばコンボワール子爵の件も…待てよ、こっちの方が早急の……」


 ぶつぶつと呟きつつ、書類に没頭する青年は王族の人間らしい。胸元の赤い紋章がそれを表している。

 明るいプラチナブランドの髪は昼の日光に当たってきらきら輝いているが、顔に浮かんだ死相のような真っ青な色がその美しさを半減させていた。もともと美形なのだろう。ただし、今は三途の川に片足を突っ込んでいるようだけど。


 美形が悩んでいるってのも乙だな…と一人ふむふむ頷いていると。

 ゴッと大きな音がして、顔を上げた瞬間、柱に顔をぶつけた青年がぱたりと倒れているのが見えた。


 「ちょ、大丈夫ですか!?」


 しまった、イケメンに耐性のない自分をぶん殴りたい。美形を見るとまず観察してしまう悪いくせだ。ジンやセイヴェルトを見ても今さら、という感じだが(性格を熟知しているので)、初対面の彼は美形だけど哀愁ただよう麗人…なんて妄想していた自分がバカだった。


 慌ててかけよると意識はあったのかふらりと青年が立ち上がる。だがその顔には生気がなく、今にもぷしゅーとしぼんでしまいそうな印象を受ける。ほんと大丈夫かコイツ。


 「……だいじょう、…う、」

 「え、何!?お腹痛いの!?」


 マカに支えられたまま、青年はうめき声をあげてお腹を押さえた。まさか重い病気とか…と青年につられて青くなる。

 と。


 ぎゅるるるる…


 場違いな音が暗く淀んだ雰囲気を一蹴した。


 「…お腹減った」


 ひもじそうな青年をぶん殴りそうになったのはマカだけの秘密である。




   X X X




 「本当に助かった。君は命の恩人だ」


 ぺこりと頭を下げる彼は、レオというらしい。哀愁漂わせている彼はマカより一つ年下という。

 積み重なる書類のプレッシャーにつぶされそうになり、寝食忘れて没頭していたところを通りすがったマカが助けた…といことだ。


 流れる手つきで紅茶を口に含むレオを見て、彼がセイヴェルトの血縁であることを確信した。何しろ、腹が減ったという彼の食欲は一般のそれを遥かに超えていたのである。既に分かっているセイヴェルトの大量食感に備えていたお菓子の山は彼の胃のなかにほとんど消えていた。


 「いや、目の前に倒れそうな人がいたら誰でも助けるよ」

 「それでも、俺の恩人には変わりない…と、俺が来る前からこれらは用意されていたようだが、よかったのか?」

 「あぁ、大丈夫。彼の分はまだ用意してあるから」


 しょぼんとすまなそうに眉を下げるレオに、首を振って彼に非がないことをしめす。

 確かまだお米が残っていたはず。おやつにおにぎりというのは変かもしれないが、セイヴェルトはおにぎりがお気に入りらしいので大丈夫だろう。研究に没頭して糖分がたりない彼にチョコレートを用意すれば完璧だ。


 レオはまだもごもごと何か言いたそうだ。何度も謝罪を繰り返されてはこちらとしても迷惑なのでマカは早々と退場していただくことにした。あまり長時間滞在されると、セイヴェルトが駄々をこねだす。それに毎度対処するのは非常にめんどうなのだ。


 「そっちの山のような書類、早急の処理が必要なんじゃ?」

 「――ッ、あぁ、そうだった。すまない、長居をしてしまったな…。ところで、この期に及んで申し訳ないのだが…」

 

 思いだしたプレッシャーにキリキリ痛む腹を押さえ、レオは一大決心をしたという風にマカを見据えた。



 「――また、ここにきてもいいだろうか」



 その言葉に、マカは微笑んだ。


 「ええ、もちろん。今度はレオの分も用意しておくね」


 その時、レオの顔に浮かんだ笑顔を見て、再度彼が美形であることを感じる。どうやらプレッシャーに弱いチキン肌なようだが、それがなければ素敵な青年であることは否定しようがない。笑顔があどけないのと感じるのは、彼が年下である故か。


 ありがとう、と呟いて部屋を出たのを確認すると、自分の菓子がないことをぐずるセイヴェルトを思い浮かべ、大量に積み重ねられた皿と茶器を片付け始める。



 その時、マカは何も知らなかった。


 ただの親切心が、これから大きな悲劇を招くことなど―――





やっと物語らしくなってきました。これから舞踏会編に突入したいと思います。複線張りまくりの彼も、予想はつくかと思いますがもう少し仮面をかぶっていただきます。

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