間話 王子と護衛
「セイヴェルト殿下ぁー」
マカが食事お終えて空っぽになった皿を片付けに行った後、間延びした声がドアの外からセイヴェルトを呼んだ。机拭きを命じられ、黙々と雑巾を動かしていたセイヴェルトは眉を寄せてそちらを見やる。
ひょこっと明るい短髪と、ヘラヘラした笑顔が現れた。確か、護衛のアルヴェンといったか。
「…何だ」
自然と、ぶっきらぼうな声が出た。これはもう条件反射のようなもので、マカがこの場にいたら「無愛想!」と頭を叩かれるかもしれない。いなくてよかった。
ただ、アルヴェンはそんなことを気にしない性格のようで、笑顔のまま部屋の中へずかずか入ってきた。遠慮がないのは少女と同じらしい。というか護衛が部屋の外から離れていいのか。
「護衛するのに近いも遠いも同じですってぇー」
「…心を読むな」
、「うはは。殿下、お嬢に説教うけたんでしょー?」
ぐっと言葉に詰まる。
そんなセイヴェルトを見て、アルヴェンはまた笑った。
「あれ、頭ぐりぐりされるやつ、やられちゃった?」
「…あぁ、あれか。額がえぐれるかと思った」
その時の痛みを思い出し、眉をしかめる。あれをもっと小さい子供たちに対してやっているらしいが、大丈夫なのだろうか。
「俺もやられましたよ、会った初日に。お嬢のいない隙にお菓子をつまみ食いしようとしたら…ごりごりと。あんときはまだこーんなにちっこかったのになー…あの時からこうなる片鱗を見せてたのかなー…」
痛かったなーと笑うアルヴェンは、なんだか嬉しそうで。
それが妙に癪に障り、ぷいっとアルヴェンから目を逸らしてまた机拭きに戻った。
「何の用だと聞いている。俺は忙しいんだ」
「ありゃ、世間話もダメですかー。なかなか根深いですねぇ、お嬢、こりゃ苦労するな」
「…何もないなら出ていけ。俺はまだ掃除をしなければいけないんだ」
「まぁまぁ、カリカリしちゃダメですよぅ。せっかちさんだなぁ、殿下は。…まぁいいや、聞きたいのはひとつなんですけどねぇ」
すっと、笑顔が消え、真面目な表情になる。いつもの朗らかさはどこに、とまるで人が変わったかのようだった。
それをちらと見て、向き直ることなくセイヴェルトは机拭きを再開する。セイヴェルトの視界から自分が消えていることも気にせず、アルヴェンはその表情のまま続けた。
「お嬢の説教、効きました?」
「―――…ッ」
思わず振り返ると、そこにはいつものアルヴェンがいた。笑顔で、王子の返答を待つ彼が。
一瞬、頭が真っ白になった。お嬢様に手を出すな、とかその類の牽制や罵倒を予想していたのに。
セイヴェルトは口ごもり、もごもごとフードの下で何か言ったが、アルヴェンは笑顔で答えをもう一度求めた。
「…効いた、というか。変なやつだな、と思った」
「ほぉ…」
何か文句あるか!と半ば噛みつくようにして言うと、アルヴェンは「よかった」と笑った。
意味が分からない。マカという少女も、このアルヴェンとかいう護衛も。
「なんなんだお前らは…」
「まぁ一つだけ言えることは、俺も、お嬢も、多分ジンも、あなたの味方だということですよ」
ピシッと固まったセイヴェルトのローブの下から、大きく見開いた赤い瞳が目に入る。マカの言っていたことは本当だったらしい。彼が、類稀なる魔術の使い手で、赤い髪と赤い瞳を持っているということは。
だけど、そんなことはアルヴェンにとってはどうでもよかった。欲しかったのは、さきほどの答えひとつ。
彼女の説教を聞いて、まだぶーたれた言葉や、うじうじした態度をちらとでも見せれば、解職投獄覚悟で王子をぶん殴るつもりだったのだ。
でも、彼の言葉はそれのどれでもない。彼女を見て、その感想を述べた。恐らく、彼自身良く分かっていないのだと思う。自分が彼女の言葉にどう感じ、何を思ったのか。
彼のゴールはまだまだ遠い。きっと長い時間がかかるだろう。
セイヴェルトがどんな道を歩むかは、誰にも分からないだろうけど。
「――あーっ!殿下!サボってましたね!?」
「違う!コイツが話しかけてくるのが悪いんだ!」
全く片付けの進んでいない机上を見て叫ぶマカに、セイヴェルトが猛然と反論する。
急に帰ってきたマカに驚いたのか、彼はフードが外れているのも気づかないようだ。
「どういう状況だこれは…」
「うーん、喧嘩するほど仲が良いってやつ?」
昼休みに戻ってきたのだろう。呆れた表情でやってきた幼馴染に、ヘラリと笑って言った。
アルヴェンの独白多い…?
セイヴェルトは見た目通り悶々と考えるタイプ、アルヴェンは見た目に反して計算高いタイプです。あれ、そのままかな。