20 説教モード
「ああああもう鬱陶しい!!!!」
ブチンという架空の音が聞こえたのか、セイヴェルトは大きな怒声にビクッと体を震わせた。
こちらとしては、もう限界だった。昨日は窓に侵入してまで王子を引きずり出し、さらに大量のおにぎりを作って差し出し、手懐け、ようやく落ち着いたかと思えばぐちぐちと弱音の嵐。もとより難しいことはゴミ箱に放り投げてただ全身全霊前へ突き進むマカにとって、これは苦痛でしかなかった。
バシンッと机をたたくと、山積みされていた皿がぐらりと不安定に揺れた。しかしそんなことは気にしない。今、目の前の出来の悪い生徒をどうするかが問題だ。
「…こっちが大人しくしてればぐちぐちと…いい加減うんざりなんですよ!」
「…大人しくしてたか?」
「やかましい!!!
王子、この際言わせていただきます」
すぅっと息を吸い込み、勢いをつける。
完全にマリアーヌの子供を叱りつけるモードだが、そこは勘弁していただきたい。
「あなたの悩みなんて、ちっぽけなもんなんですよ!!容姿がなんですか魔術がなんですか。けっ、小さい男は馬の脚に蹴られてしまえというのが世の理ですよ!」
フードを被ってだんまりを決め込んでいる王子を見て、ぴきりとこめかみに青筋が浮かぶ。
あああああこれだから引きこもりはっ!!
「貧乏な私たちの暮らしを知っていますか?景気の悪い時はおかゆをすすり、本を買うお金などないから皆で数冊を読みまわし。もちろん勉強なんて出来ません。大きい子は家のためにせっせと働き、家のために身をつくす。小さい子だって、物心がつくころには母親の手伝いをしてたりするんです。そんな家族を守ろうと、親は一生懸命です。家だって住めば都、蔦だって苔だって気にしてちゃだめ、瓦が吹き飛んだって、黙々と直すしかないんです」
いつもいつも心苦しい。何でこんなことを、と思うことがある。不甲斐ない自分を責めることだって少なくない。だけど、乗り越えなければいけない。
そうして人は強くなる、それを教えなければいけない。
「殿下は、どうですか?一度だってそんな気持ちを味わったことがありますか?責めてるわけじゃないんです。ただ、ゆっくり考えてください。自分は、何を持っていて、何を持っていないか」
フードの下で、赤い瞳が不安げに揺れた。まるで、思い出したくないと訴えるかのように。けれど、そんな気持ちを無視してマカは続ける。
「目を、逸らさないで。あなたは何でも持ってる。可能性を無限大にもってる。容姿とか、魔術とか、ただの付属品にすぎないんですよ。あなたはそれ以上にいろいろなものを持ってる。
…自分を貶める必要なんてない。隠す必要だってない。堂々としてりゃいいじゃないですか。俺を見ろやぁぁぁあぐらいの態度でいりゃいいんですよ」
「…無理だ」
「ほぉおおおらでた!無理!!私はこのセリフが嫌いなんです!今後一切その言葉を口にしないように!さもなければマカ流トルネード正拳をくらわしますからね!」
彼の気持ちを否定するつもりはない。苦しみ、悲しみ、その気持ちを殴りつける気持ちはさらさらない。そうじゃなくて、知ってほしいのだ。苦しいのは彼だけではないと。
「ぐだぐだ言ってすみません。要約すると、君の悩み事は小さいアルヨってことですね。自分を遠ざける人間など、かぼちゃだと思えば良いのですよ。これでまるっと解決です!」
「…なんだそりゃ」
ぷはっと、王子が噴き出した。せっかく真面目に説教したのに、とマカは睨む。くくく、とまだ笑いつつ、王子はフードを降ろした。
「やっと分かった。マリアーヌのマカは変人だという噂の真実が。なるほど、確かに変だ」
赤い瞳がまっすぐにマカを捉えた。先ほどまでの不安や悲しみはないわけではないけど、小さくくすぶっているだけのようだった。今はいたずらっ子のようにきらきら輝いている。
というかそんな噂聞いたことないんですけど!初耳!言った奴誰だコラ。
「…時間が、必要だ」
「数年引きこもっといて何言ってんですか。そんな早い結果なんて、はなから期待してません。安心してください」
セイヴェルトが驚いてマカを凝視したので、それがおかしくて、今度はマカの方が吹き出してしまう。
「ゆっくりでいいんですよ。そのために私がきたんですから」
まずは人に慣れることですねー。手始めにお茶会ですか?陽の下でおいしいお菓子と紅茶のきらきら輝くてぃーたいむですか!?
妄想を膨らませるマカに、それはお前がしたいことだろう、とセイヴェルトは呆れて言った。
でも、おいしいお菓子は魅力的だ。お茶会がある時は、そのお菓子を大量に失敬することにしよう。