18 おにぎりで王子を釣る少女
「うわ、もうこんな時間…。いつの間にやらお昼前ですよ」
「…道理で腹が減ったと思った」
きゅるると可愛らしい音をたてる腹を押さえて、セイヴェルトが何かを嘆願するような目でマカを見つめた。赤い瞳がくるりと動き、マカはうっと息を詰める。
不覚にも、マリアーヌの子供たちとセイヴェルトが重なる。子供たちは作業に疲れて食事の時間が近づくと、トコトコとマカに近寄り、カクンと首を傾げるのだ。あまりのその可愛さに、いつもコロッと負けて食事の支度をしてしまう。
今回も、負けたのはマカの方だった。
「…分かりました。お昼にしましょうか」
あっさり折れた、っていうか負けた、可愛さに。
どうやら彼の周りも少しは片付いたようだし。普通の人からみるとかなりのんびりさんなお片付けなのだが、まぁそれも追々速めてもらうとして。
マカ自身も腹が空腹を訴えていたので、雑巾を窓枠にかけ、乗っていた脚立を部屋の隅に寄せた。そしてドアへ歩いて行こうとすると、くん、と服の裾をセイヴェルトに引っ張られる。
「? どうかされましたか?」
「…何で、部屋の外に行くんだ」
どうして、と言われても。今日はお弁当を持参する暇がなかったので王宮の厨房に何か分けてもらえないか頼むしかないのだ。
そのことを伝えると、フードの下でセイヴェルトの眉間に皺が寄る。
「飯を食うならここでいいだろう」
「ここで、と言われましても、ここには調理器具も食材もありませんし」
「……そうか、調理器具に食材か」
ぼそぼそと王子が呟いた言葉は、マカの耳には届かなかった。何かおっしゃいましたか?と聞き返すと、ぶっきらぼうに何でもない、と返される。
「ならば、さっさと行って10分以内に帰って来い」
「無茶ですよ!ここから厨房まで行くのが10分で限界なくらいなのに!」
「俺の腹が限界なんだ。生徒に尽くすのが、教師の役目だろ?」
ニヤリと口を歪めて言われると、うぅ、と言葉に詰まってしまう。
そりゃそうだけど!でもなんか違う気がしませんか。
「…わかりましたってば!じゃぁ大人しく待っててくださいね!くれぐれも、これ以上部屋を荒らさないように。あ、机を広げて食事の用意をしてくれてたら嬉しいですねー」
「…早く行け」
ぺぺっと手を振り払われ、「はいはい」と追い出されるようにして扉の外に立っているアルヴェンのもとに辿り着く。
扉にはりついていたからしの跡を片付けていたのか、アルヴェンが手を止めてこちらを見やった。
「お昼ですかー」
「ええ。アルヴェンも一緒に食べる?」
「俺は見張りがありますからねぇ。交代もまだまだですし…サンドイッチとか、そういう軽いものがあったら取ってきてもらえますか」
「りょうかーい。殿下のこと、しっかり見張っておいてね」
「見張る対象が違うと思いますけど…」
アルヴェンはひょっこり部屋の中に顔をのぞけると、綺麗に片付いた様子に驚いた。あの引きこもりをよく動かしたものだ、と感嘆する。
そして、ごとごとと部屋の中心へテーブルを移動させ、それを丁寧に拭く王子を見ると目を見開いた。
「…殿下、どうされたんですか」
アルヴェンの感心したような驚いたようなその言葉に、マカはえへんと胸を張った。
「おいしいご飯は、全世界の人々を魅了するということだよ!」
なるほど、彼は食べ物につられたらしい。
そういえば昨夜どえらい量のおにぎりを作ってたな…とらんらんと不気味に目を光らせるマカを思い出し、アルヴェンはお嬢様を改めて見直したのだった。