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H O P E  作者:
Ⅱ 引きこもり王子の事情聴取
17/33

17 大掃除大作戦

 「おおおお俺が何をしたというのだっ横暴!横暴だっ」

 「ほほぅ…マカ流陥没げんこつの刑に処されてもまだ分からないというのですか…」


 物分かりの悪い方ですね、と言うとセイヴェルトもむかっとする。続けて口を開こうとしたが、それはマカに勢いよく遮られた。


 「生活習慣の悪さ!昨日指摘したでしょう!寝食忘れて何かに没頭しちゃう人でしょう?=規則正しい生活を心がけなさいってことですよ!遠まわしに言った私の気遣いまでゴミ箱にポイして、なんてことするんですかッ。人の善意は大切にしなさいと、そう教えられなかったんですかあなたはッ」

 「そういうことは包みからだしてはっきり言ってもらわないと…」

 「は・い?」


 もごもごと反論しかけたセイヴェルトは冷たい笑顔の迫力に負け、ぐっと口をつぐむ。扉の外でアルヴェンが笑い声をこらえているのが聞こえたのか、むすっとして顔をそちらに向ける――と、気づいた時には既に遅し。


 「…あ」



 どんがらがっしゃーーんごろごろバキッドコッボテッ



 セイヴェルトの集中力が削がれ、指が微かに示す方向を変えた瞬間、本の山は瞬く間に崩れ落ちた。傍にあった紙や本、インク瓶なども同様になだれとなって降り注いだ。その山の傍にいたマカは咄嗟のことに避けられず、当然のごとくその被害を真正面から受け止めることになる。


 「………」

 「………えと、」

 「…殿下、」

 

 恐る恐るマカを覗き込んだセイヴェルトは、吹雪のように冷たい声に、びくっと体を震わせた。マカは怒りに震える声で、彼の喉元に人差し指を突きつける。


 「…掃除です。汚すぎます。そしてかよわい女子にとっては危険すぎます、この部屋は」


 窓から奇襲をかける女をかよわいとはいわない、という苦言は王子の内心にとどめておく。




 「大掃除大作戦をここに決行致します―――――!!!!!!!」




 高らかに叫んだ宣言とともに、乗っかっていたインク瓶がマカの頭の上から床に落ちる。部屋の外でこらえきれなくなったアルヴェンがぶはっと吹き出した。





   X X X




 「なんで俺がこんなことに…」

 「何か言いましたか、殿下?」

 「…何にも」


 ぶつくさ言うセイヴェルトを笑顔で制し、マカはまた窓拭きを再開した。


 部屋にはマカと、セイヴェルトだけである。カーテンがめいっぱい開けられ、太陽の光がさんさんと部屋に差し込む。端に寄せられたテーブル以外に家具は本棚だけだったので、セイヴェルトは床の上に散らかった本や書類をいるいらぬに区分け中。マカはその間窓ふきに勤しんでいた。


 この大掃除大作戦にもちろんダニエルも参加したいと声をあげたのだが、その瞬間、部下と思しき白いローブの神官に「あなたは仕事があるでしょう」とずるずる引こずられて行ってしまった。またもや王子とのイベントに参加できなかった…!と今涙をしのんで仕事に向きあっているだろう。部下の人たちが意味不明な八つ当たりにあってなければいいのだが。


 アルヴェンは護衛兼、部屋の外にころがった警備システムの残骸の片付け(これが一番大変そうだった。何しろ床の下や壁の奥、果ては天井裏まではびこっていたのだから)。ジンは大掃除のスタート間際に第二王子の私室に立ち寄り、事の次第を悟ると「頑張ってくださいね」とにこやかに言い渡して自分はさっさと米倉番の仕事へ向かってしまった。料理は得意なのだが、彼は掃除が大の苦手なのである。爽やかな青年にも弱点はある、マカは長年の付き合いの彼の自室を思い出し、しみじみとそう感じた。



 「おや殿下、今、何をなさろうとしましたか?」

 「…別に。お前だって、手を止めてるじゃないか。さっさと窓を拭け」

 

 セイヴェルトはびくっとして、今まさに魔術をかけようとしたところを止められた。チッと小さく舌打ちすると、それも目ざとく見咎められる。


 そう、この大掃除大作戦では、魔術は一切禁止だった。掃除は自分の手でしてこそ綺麗になったとき、実感が大きいんですよーと主婦顔負けの貫録を見せつけられても、掃除など生まれてこのかたしたことがないセイヴェルトにとっっては鬱陶しいことこの上ない。


 さらに困るのは、こっそり魔術を使おうとしても、何故か決まってマカがそれに気づき、直前で止められることだった。何の兆候も見せてないのに――と首を傾げると同時に、彼女がやってきた当初から心の中を巣食う疑問が首をもたげる。もしかして、いや、まさか。

 セイヴェルトが葛藤している横で、マカはうぅんと唸った。


「さっさと出来る汚れじゃないですよこれ。部屋の中で何したんですか。窓の内側がえらいくすんでるんですけど」

 

 頑固な汚れを指差してきゅきゅきゅーっと雑巾を持つ手を動かす。何度擦っても、焼け焦げたような黒い跡が消えないのである。


 「あぁ、それは確か火の玉を投げつけて…」

 「…は」

 「ガラスに当てたらまずいなと寸前で気づき、ぎりぎりで止めたら魔術特有の焦げが残ったのだ」

 「そこは投げる前に気づいてください!というか何をしてるんですか貴方は!」

 「ガラスの強度をはかっていただけだ」


 なんてアグレッシブな引きこもりだろう。どうやら彼は引きこもっている間、研究と称して暴れまわっていたらしい。事も無げにさらっというセイヴェルトは、部屋の内装が損なわれたことなど気にもならないようだ。



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