14 お顔拝見
「繰り返して申し訳ありませんが、本題に入ってよろしいでしょうか」
こほん、とひとつ咳払いをし、マカは王子に問いかけた。
答えを待たず、そのまま言葉を続ける。さっきのように遮られたら困るのだ。
「セイヴェルト殿下、私のお仕事に協力してくださいますか?」
彼に認めてもらわなければ、自分はこの王宮をすごすごと出ていかなければいけない。彼の再教育、というのが仕事の内容だとダニエルは言っていたが、嫌がる相手を無理やり教える義理もない。それならば仕事を始める前に断り、他の仕事に移ったほうがマシ。ということで、彼の答えを待つマカは真剣そのものだった。
せめて、自分がただの金目的ではないのだと、気づいてくれたら。
彼を助けたいという気持ちは嘘ではないと、分かってくれたら。
願いをこめて、王子をみつめる。
先ほどまでのふざけた雰囲気が消え、真面目な表情になったマカに驚いたのか、王子はすぐに言葉を返さなかった。目にかかった前髪をローブの中ではらってから、腕をくんだ。無論、その間も表情は全く見えない。怒っているのか、呆れているのか、はたまた面倒くさげにしているのか。能面を相手にしているような心地がして、少し不気味な雰囲気を漂わせている。
「…お前が、俺の研究の邪魔をしないならば」
「――本当ですか!?」
苦々しげに、それでもしっかりと、了承の言葉が聞こえた。その瞬間、ぱぁぁっと顔を輝かせ、拳を振り回す。マカの奇抜な行動に王子は若干身を引いた。
「ううわぁぁぁあああありがとうございますほんと!いやみったらしいじめじめヒッキーめ、とか思っちゃってごめんなさい!半分だけ撤回します!!!」
「喜ぶのか貶すのかどっちかにしてくれ!というかまだ認めたわけじゃないぞ!!」
「じゃぁ喜びます!やったぁぁあああこれでマリアーヌの建て直しができる!皆にも御馳走を食べさせてあげられるわ!!」
狂喜乱舞。マカはまるで台風のように叫んだ。するとぴたりと一時停止し、存在を忘れかけていた王子へ目を戻す。まだ何かあるのか、と王子は身構えたが、目の前でマカはにっこりと満面の笑みを浮かべ、しおらしく目を伏せた。
「これで、晴れて私は殿下と教師と生徒、という間柄になったわけですが」
「待て、お前を教師と呼ぶのは俺は反対だぞ」
「仕事に取り掛かる前に、一つすることがあるのを忘れてましたわー」
ニヤリ。獲物を見つけた猛獣のようだ、と王子は密かに思う。そんなこと口に出せる雰囲気ではなかったが。
「…そのお顔。拝見させてはくださいませんか?」
丁寧な敬語を使い、あくまで下手に出る。
口を開こうとした王子を遮り、マカは勢いよくまくしたてた。
「これにはちゃんと理由があってですねっ私としても、生徒の顔を見ずにものを教えるなんてそんな無礼なことはできませんのでというか目を合わせて心を通わせてこそといいますか」
「…つまり、ローブを脱いで顔を見せろと」
「そうです」
きっぱり言い放つと、王子は嘆息した。そんなに顔を見せるのが嫌なのだろうか。今さらながら王子の立場になってみると、自分は非常に嫌みなやつなのでは。
さっと顔が青ざめる。生徒に、嫌がることを無理やりやらせるなんて、そんな教師があっていいものか。
「ああああやっぱいいです!そりゃ嫌ですよね、年単位の貫録持ちですものね」
「…今さら何を。別にいい。俺はな」
その言葉に含みを感じ、マカは床につくほど下げていた頭を上げた。
王子が、ローブに手をかける。テーブルに置かれていたランプが揺れ、それと同時に部屋に伸びていた影も同時に揺れる。夜の闇は深まり、そういえば寒くなっているな、と思い出したように寒気を感じた。
「―――お前は、」
ぱさりと布と布が触れ合った音が聞こえ、王子は目にかかった長い前髪を鬱陶しげに振り払った。現れた切れ長の瞳が、いっぱいにマカを映し出す。
マカは、その様子を茫然として眺めた。
そんな彼女を、第二王子は憮然として見つめ返す。
どう思うかな―――?
笑みと共に微かな声が耳に届く。
ふと、子供たちに話して聞かせたこの国にまつわる神話を思い出した。
数ある色の中 一番忠実 心優しき “赤”を使わす
“赤”はその不思議な力で人々治める
戦乱はおさまり 鳥は歌い 人々踊る
そののち“赤”は国をつくって王となる
その初代国王の血は、今までもずっと受け継がれていたのだ。王家の、純粋な血縁者に。
王子は固まったマカの目の前で手を一度振った。
「汚い部屋だといったな。これで、満足か?」
その動きにあわせて、部屋に散らかっていた本や書類が元あった場所へおさまる。まるで各々が最初から分かっていたかのように、実に滑らかかつ無駄のない動きだった。
“まじゅつを使える人は、今でもいるの?”
いたよ。目の前に。
ランプが、揺れる。ゆらりと映しだした影は、じめじめした引きこもりの姿ではなく。真っ赤な、真っ赤な、畏怖を放つ、男の姿。
第二王子セイヴェルト殿下の御髪も、瞳も、すべてが燃えるような赤色だったのだ。