11 負けず嫌い
「………」
「お、お嬢様…」
「おじょぉー」
「お、王子の部屋のドアが開けられたって、ほんとですかぁぁぁあああああ」
ダニエルが息をきらしながら来賓室のドアを勢いよく開けた瞬間、彼の目に入ってきたのはソファの上に丸まるようにして座る少女と、それをなだめる青年二人の姿だった。
「ど、どうしましたマカ様!」
「あの、ダニエル様。落ち着いてください。もう少ししたら復活しますから」
「え、でも、」
「あーはいはい。大神官様。ちゃんと説明しますから、ちょぉぉっと部屋の外に行きましょうかぁー」
「アルヴェン!?」
騒ぐ大神官の腕をずるずると引っ張り、大神官を外に放り出す。彼はアルヴェンよりずっと地位が高く、かなりのお偉いさんなのだが、彼のちょっと変わった性格を知っている今、そこに少しの躊躇もない。
「じゃ、ジン」
「分かった」
ジンは幼馴染からアイコンタクトを受け取り、しっかりと頷いた。
そしてドアがパタンと音を立てて閉まると、まだソファの上で丸まったままのお嬢様に向き直る。
王子に嫌みを言われたのが相当こたえたのだろう。彼女はこの室に帰ってきてからずっとこの状態をキープしていた。いつもはちょっとの嫌みでも10倍にして相手を潰して意気揚々と帰ってくるのだが、相手が王子ということで反論できなかったらしい。内容は聞こえなかったが、部屋の外からは男の声しかしなかったのだ。
ここはなんとか、自分が慰めてさしあげなければ!
ジンは使命感に燃えていた。なにしろ、お嬢様が落ち込んでいるところを見るのは十年ぶりくらいなのだ。いつもの元気はつらつな姿に戻ってほしい。それが彼の心を占めていた。
「お嬢様、大丈夫ですか。王子に言われたことなどお気になさらずに…元気だしてください。あ、今日は自分が夕飯を作りましょうか。お嬢様の食べたいもの、何でも作りますよ」
「……夕飯、そうか、夕飯か…」
微かにつぶやかれた声に、反応あり!とジンは内心ガッツポーズした。
食べ物でつられるのかよ、と呆れるのは後だ。
ふさぎこんでいたお嬢様からは、そのままぶつぶつと声が漏れだしていた。
ジンは目を光らせ、もう少しだ、と自分を奮い立たす。
「そうです。もうすぐ夕方ですからね。お嬢様は何が…」
「ふっふっふ…さすがジンね。いい案だわ…」
「はい?」
ゆらり、とマカが立ち上がる。
突然のことに見上げると、ジンはぎょっとして今まさに彼女に伸ばそうとしていた手を引っ込めた。
あぁ、またこのパターン。いい加減学習するんだ自分。
自分を叱咤したってどうしようもない。余計な心配をしてまうのが自分の悪い性分なのだと分かってはいる。分かってはいるが、
「ふっふっふ…待ってろ王子…ドアがダメなら…
窓から奇襲をかけてやるわ!!!!」
うぉぉぉおおと天を空に突き上げ、高らかに叫ぶマカに、ジンは肩を落とした。
「終わったぁー?」
マカの声が聞こえたのだろう。ひょいとドアを開けてアルヴェンが顔をのぞけた。
途端、彼も目の前の光景に口をポカンと開く。
「…えぇと、」
「見ての通りだ。お嬢様復活。めでたしめでたし」
「めでた、…うーん、さすがお嬢」
はっはっはと少女がソファの上で腰に手を当て、据わった目をして笑っている、傍からみたら気でも狂ったのかと思われる光景に、お目付役の青年一人は嘆息し、一人は感心したように頷いた。
「…まだ、私は何も分からないのですが」
一人、ダニエルだけが眉を下げ、その狂った光景にどうしたものかと頭を悩ませていた。