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H O P E  作者:
Ⅰ はじまりは神話にのせて
10/33

10 扉の向こう側

 扉は、開かれた。


 「え?」

 「―――…!?」


 部屋の住人が驚愕の雰囲気を発したのが微かに感じられた。 

 ぐい、とドアノブを持つ手に促されるまま、マカの足は自然に前へ進む。


 訳の分らぬうちに、初めて入る第二王子の部屋の中へ足を踏み入れる。部屋の中までは侵入者対策の装置が張り巡らされていないことに安堵し、ゆっくりと部屋を見渡した。

 部屋の窓は閉め切られ、カーテンは陽の光を通さぬよう、寸分の隙間も許さぬほど厳重に閉められていてかなりうす暗い。部屋の向こう側でランタンの光がぼんやり輝いているのが見えた。

 その光のおかげで、だんだんと霞んでいた部屋の全景が見えてきた。足の踏み場もないほど散らかった本に、黒いペンで書きなぐったと思われる大小様々な紙の数々。そして壁には天井までのびる本棚の中におびただしい数の本がぎっしりと詰まっていた。天才と称されるほど賢いのは虚言ではなかったらしい。ひとつ手にとって眺めても、内容、果ては文字すら読めないものもある。

 しかし、


 「しっかし、汚い部屋ね…」


 思わず本音が口から零れ落ちる。

 ここ数日で見てきた王宮の中は侍女や綺麗好きな神官たちのおかげで一欠けらの埃も見つからなかった。しかし、第二王子の部屋はその中にあるとは思えないほど、汚く、かつ生活感がなかった。食事もとっているのかどうか怪しい。扉のすぐ近くにあったゴミ箱にはぐしゃぐしゃに丸められた紙と、からっぽのインク瓶しか見えなかった。

 こんなところに何年もひきこもっているのか。衛生上、教育の上でも悪いお手本になりそうな部屋だ。事が片付いたらこの部屋の写真をとってマリアーヌの子供たちに見せて回ってやろう。こんな大人になっちゃだめなんだよーと諭してやらなければ。

 

 「…俺の、勝手だろう」


 唐突に発せられた静かな声に、マカはびくっと体を震わせた。

 ランタンがおいてある机とは反対側の部屋の隅から聞こえた声、苛立ちを微かに含んだもの。それが目当てのセイヴェルト王子のものなのだと、気づくのに少しばかり時間がいった。

 マカは慌てて礼をとり、顔を伏せる。

 

 「このような登場となってしまった御無礼をお許しください。私、マカ・ハンリー・メリウェルと申します。この度、第二王子セイヴェルト様再教育の任を任せられました」

 「…既に知っている。ダニエルの差し金だろう。あれも奇妙なものを寄こしたものだな」


 大神官をあれ呼ばわり。王子といえど、年上を敬うのは全世界共通のルールなのに、そんなことも忘れてしまったのだろうか。心の中で仕事の内に『言葉のマナー』と付け加えるのと同時に、マカはさり気無く付け足された嫌みをさくっとスルーし、顔をあげた。


 「それならば、話は早いですね。私も早々に仕事に取り掛かれそうでよかったです」


 そう言いながら、その場から動こうとしない王子をこっそり眺める。うす暗い部屋の中で目視するのは困難だったが、その格好は普通の引きこもりにしては奇妙だった。

 濃紺のローブをまるでお伽話に出てくる魔術師のように身にまとい、長いフードが顔を覆い隠していて、表情どころか顔の一片すら見られない。かろうじて、長い前髪の一部が王族特有の明るい赤系統の色であることを示していた。


 「…誰が何と言おうと、俺はここから出る気はない。ダニエルにもそう伝えておけ」


 冷たく、冷え切った声がフードの下から発せられ、薄い濃紺の布が揺れる。まるですべてを拒絶し、受け入れたくないようだと、マカはふと感じた。当たり前か、数年も引きこもっているのだから。

 だが、そんな声だけで相手を脅そうとするひきこもりに負けるわけにはいかない。これに、多くの子供たちの未来と、さらに自分の行く末がかかっているのだ。


 「しかし、私も仕事でありますので、」

 「それならば、適当に言い繕って金だけせしめ、家に帰って豪遊すればいいことだろう。大抵の貴族はそうだ。何においてもまず金。意地汚く、権威を求めんと王に媚びる。愚かな種族だ」


 するすると嫌みを言い放つ王子に、マカは眉を寄せた。

 確かに自分は貴族の一員で、たしか有名な一派なのだと聞いたことがある。しかし、所それは肩書である。何故貴族という集合でひとくくりにされなければいけないのか。

 容易に刃向かってこない、とでも感じたのか。王子はさらに饒舌に嫌みを並べた。


 「貴族だけじゃない。人間は誰でもそうだ。自分の欲望のために生き、そのために死ぬ。そしてそれを脅かさんとするものに怯え、恐怖し、そのものを閉じ込める。自分に害のないようにと、安全策をこうじる。そういう風に世界はできているのだ。当たり前のように。お前だってそうだろう?」


 フードを被った王子が、こちらを振り向く。長い前髪がゆれ、その向こうからきらりと瞳が輝いた。彼と真正面に対峙したマカは、その瞳の向こうに、怒りと、―――少しの悲しみを見つけた。


 「お前たち人間は当たり前につくられた当たり前の世界の中で息をし、当たり前に生きている。どうだ、間違ってないだろう?」


 喉が、からからに乾いていた。


 「学も、金も、そして自由さえもないお前は、こうしてのこのこと王宮に現れ、何を望んだ?己の心は何を欲した?俺とこうして出会うのは、どんな因果だった?お前も、大神官も、貴族も、そして王族も。俺をコマとして扱い、ここに閉じ込め、どうせ捨てるのだ」


 反論の言葉は、唾と共に腹の底に落ちていく。

 そうではない、貴方は色々な人に必要とされているのだと、そう叫びたくても、喉に何かがつっかえて言葉が出てこない。否、出せなかった(・・・・・・)。王子の言っていることが正しく、そして―――いかに自分が無知であるか、思い知らされたから。


 「…下賤な女め。いくら俺に近づこうと、俺はお前に近寄らない。この部屋からは、出ていかない。お前と会うのはこれが最後だ――――」


 その時、キコキコと小さなロボットが自分に近づいているのに気づいた。数多くのロボットが、マカを部屋の外へ押し出し、そして愕然とするマカの目の前で扉は淡々と、その役目を果たした。

 バタンと扉の閉まる音がし、数々の装置にやられ、服をどろどろにしたジンとアルヴェンが近寄ってくるのを、どこか遠いところで聞いているような思いだった。




 あぁ、何故。



 こんなにも貴方は遠い。



 




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