1 神話とともに
昔々、その昔
世は戦乱の時代 土地は荒れ果て 人は死に行く
政治は黒に融けてゆき 王は狂い 臣下は踊る
そこで神は 悩みに悩んで“赤”を使わす
数ある色の中 一番忠実 心優しき “赤”を使わす
“赤”はその不思議な力で人々治める
戦乱はおさまり 鳥は歌い 人々踊る
そののち“赤”は国をつくって王となる
その国、名を「クラウディア」―――――
X X X
それまであたりに静かに響いていた歌声がやむと、子供たちはその余韻に浸った。子供たちに囲まれ、それまで歌を紡いでいた少女はふうと息をつき、辺りを眺める。
(また壁が剥がれかけてる…またジンに直してもらわなきゃいけないわね…)
先ほどまで美しく、幻想的な雰囲気を創り出していた少女、マカは存外庶民的考えを頭に巡らせた。
孤児院“マリアーヌ”はもともとメリウェルという貴族の所有物だったが、溢れる難民や孤児に頭をかかえた役人に一族が無償で差し出したものである。もともと数人でも助けることができれば、と思っていたのだが、その規模がだんだん大きくなり、いまや数十人の孤児がくらす、大きな院となっていた。
しかし、戦乱の不況により、世の中は荒れ、メリウェル家もまたその被害を被った。そのおかげで、もともと質素だった一族の生活は更にみすぼらしいものとなり、マリアーヌの維持すらも難しい。―――少し顔を巡らせば、剥がれかけの壁や、もともとは美しかったのであろう柱に蔦がぐるぐると巻きついているのがすぐに目に入るほどに。
これでため息をつくなというほうが難しい。
「マカ姉、“赤さま”はどんな不思議な力を持っていたの?」
興味津津な幼い声に、現実に引き戻されたマカは、驚いて笑みを繕った。
いけないいけない、純粋無垢の子供たちの前でお金等々のことを考えていては。
俗世に無頓着な両親に代わり、自分が実質の家長となっているとはいえ、まだ幼い子供たちに心配をかけるわけにはいかないのだ。
「うーん、詳しいことは知らされてないんだけど、どうやら“赤さま”は魔術を使えたそうなの。その力の前では人間など非力なもので、皆がその足元にひれ伏した、という話よ。今でも、赤は重要な色として扱われてるでしょ?」
「それなら知ってる!王さまや王子さましか赤色の服を着れないんだ、ってジン兄が言ってた!!」
「そうそう。だから町では赤色の服を見かけない、赤色の食べ物だって、一部の貴族たちは眉をひそめるくらいだしね」
家計を任せられて早数年のマカに言わせれば、「くだらない」の一言である。
何が神聖な食べ物か。食べ物は皆平等、おいしいものはおいしいし、おいしくないものはおいしくないのだ。それに神聖もクソもあるものですか。胃で消化されればすべて混ざって何がどうとか分からなくなるっつーものよ。
それに、貴重な赤色の食材の中にはとても美味なものもあるらしい。栽培が簡単で、普通なら庶民でも手に入る物でも、貴族や王族周辺の人々が買い占めてしまうのだから、まるで天の産物のように感じてしまう。
もともと神話や、そういった類の不思議な話に目がない子供たちだ。余韻から覚醒し始めると、目を輝かせて矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。
「まじゅつを使える人は、今でもいるの?」
「そうね…私はお目にかかったことがないけど、大陸の端っこに、隠れるようにしてひっそりとくらす、そのような者がいると、聞いたことがあるわ」
「? 神官さまは、まじゅつを使えるんじゃないの?」
「んー…恐らく、使えないでしょうね。来る日も来る日も、神のお告げを聞き、人々の導きとなる、神聖なお方達だそうから」
いわゆる、宗教頭。神のお告げなんてくだらない、と思うのだが、民の大多数はそうでもないらしく、供物をささげたりと感心な態度である。聞いた話では、神官は魔術ではなく、修行をして身につけた、“神術”とかいうものを使えるらしい。…野菜売りのホメおばさんに世間話程度に聞いたので、よくは分からないのだが。
「しんせー?」
「ありがたくて涙がでる、っていう意味よ。…少し難しいかもしれないわね」
首を傾げる少女の頭をなで、苦笑いを向けた。
この子の世界は、まだ狭い。この世に生を受けてまだ間もないのだから、当たり前のことだ。
いずれは社会の仕組みを知って行かなければならない、というか自分が教えていかなければならない立場なのだが、今の純粋さがそがれるかと思うと、こちらは気が気でならない。出来れば、このまま…と思うのは、孤児院教育係兼お世話係の邪な思いだろうか。
そろそろ神話にも飽きてきたのか、わんぱく少年少女共は、わらわらと立ち上がり、土いじりならぬお絵かきなどを始めてしまった。春とはいえ、だだっ広いだけで何もない、つまり風通しがよい空の下で長ったらしく話をしてしまったためか、少し肌寒い。子供たちを中に入れ、そろそろお菓子でもふるまおうか…と立ち上がったとき、見計らったかのように、鋭い目をした青年が目に入った。
「…マカ様」
「ジン、丁度いいところに。少し寒くなってきたから、子供たちを中に入れて、おやつにしようと思うのだけど」
「分かりました。子供たちを集め、大広間にてそのように致しましょう。…そのあと、少しお話があるのですが」
焦げ茶の髪をひとくくりにし、少し釣り上ったうすい琥珀の瞳という清廉な面立ちは、通りを歩くだけで町娘たちを魅了する。
そんな彼はメリウェル家の護衛兼、雑務諸々を請け負ってもらっている。赤ん坊のころからの付き合いである彼はマカより少し年上で、二十代前半、といったところ。もはや家族同然で、さらに稼いだお金をほとんどメリウェル家に納めてくれるのはとてもうれしいのだが、こちらとしては心苦しく、たまには自分の為に使えと言ってもこれが自分の気持ちです、といって突き返してくる、少し困った青年でもある。
そんな彼が声をひそめ、子供たちに聞かれないよう自分に囁いた言葉を聞き、マカは目をキラリと怪しく光らせた。
「…見つかったのね?」
「はい。マカ様がおっしゃった条件を満たし、院の建て直しにも貢献できるであろう額を掲示する、絶好のものでございます」
その言葉に、マカは俯き、肩を震わせた。「マカ様?」とジンが訝しげに顔を覗くと、その顔は…喜色満面、目の前に長年探し続けた秘宝を見つけたかのようであった。
「っしゃぁぁぁああああきたわきたわナイスよジン!!これで日々の雨漏り、腹が立つほどの薄味雑炊に耐えしのぶ食事、果ては壁や忌々しい蔦どもからおさらば出来るというのね!!!!」
貴族の淑女にあるまじき声をとどろかせ、うぉぉおと雄叫びと共に拳を天に突き上げるマカを見て、お目付役のジンは自分の心配など杞憂であったことに気づき、そしていつものようにため息をついた。
そう、いつものことなのだ。
貧しい毎日で、貴族の娘にも関わらず、自分の愛してやまないお嬢様が、
賃仕事に励むのは。
ということで、始まります。
誤字脱字などありましたら、随時受け付けておりますので御報告ください。