エピソード21:霧に溶ける竜骨、無音の接舷
~エピソード21:霧に溶ける竜骨、無音の接舷~
1. 占星術師の導き
交易都市国家の港を、乳白色の濃い霧が飲み込んでいた。視界は数メートル先すら覚束ない。しかし、この不自然な霧こそが「招かれざる客」の訪れる合図だった。
「……精霊たちが、水面を滑る異質な熱を伝えてきます。風が死に、水の音だけが反響している」
砂漠半島の巫女が、占星術の元素感知を使い、霧の向こう側の動態を読み取る。彼女の緑色の瞳は、闇夜の中でもわずかな精霊の揺らぎを捉えていた。
「予定通りね。この霧は自然現象じゃない。魔法か、あるいは魔導器で視界を奪っている」
大学院の女性学者が、自身の魔力感知を同期させる。
「相手は自分たちの存在を消しているつもりでしょうけど、これだけ濃い霧を維持すれば、逆に魔力の『道』ができる。伝令さん、船が来るわ。位置は……南南西、第三桟橋の陰」
2. 闇に潜む影
「了解。……野次馬と傭兵共は、酒場に『恋歌』の余興を仕掛けておいた。しばらくは誰も来ないさ」
一部の吟遊詩人が使うことが出来る、呪歌曲。その内の一つ『恋歌』は相手に友好的な気持ちを抱かせる事が出来る。職人組合の伝令員の奥の手であった。
職人組合の伝令員が、霧に紛れて身を翻す。彼は密偵の技を駆使し、足音一つ立てずに桟橋の影へ移動した。
その背後には、抜き身の殺気を完全に消した火山島の戦士が続く。
「……来ました」
火山島の戦士が呟くと同時に、霧の中から巨大な影が音もなく姿を現した。それは紋章も掲げず、灯火も消した漆黒の帆船――「私掠船」だった。
3. 接舷、そして沈黙の対峙
船が桟橋に触れるか触れないかのうちに、数人の男たちが手際よく舫い綱を投げた。彼らは屈強な体つきをしていたが、正規の兵士ではない。金と規律の狭間で生きる、海のならず者たちだ。
「おい、倉庫管理人はどうした。あいつ、受け取りの時間を……」
先頭の男が言いかけた瞬間、砂漠半島の巫女が占星術[光線]を唱えた。線上の光が不自然な霧を急速に切り裂いた。
続いて一神教の司祭が降霊術[衝撃波]を発動し、船を包んでいた不自然な霧が急速に霧散していく。
「そこまです。あなたの隠れ蓑(霧)は、もう晴れています」
砂漠半島の巫女が占星術[光明]に術を切り替えた。
光が剥き出しになった甲板を照らし出し、男たちは顔を引きつらせた。
「何者だ……っ! 構わん、消せ!」
男たちが腰の曲刀(シャムシール。砂漠半島の刀剣)に手を伸ばすが、それよりも早く、鋭い金属音が夜気を裂いた。
――大学院の女性学者の錬金術[鉄の網]を発動。飛びかかろうとした男たちの動きが氷結したように止まった。
4. 船倉の真実
騒ぎを聞きつけた船長らしき男が甲板に現れたが、そこには既に火山島の戦士が立ちはだかっていた。湾刀の鍔を親指で弾き、わずかに刃を覗かせる。それだけで、船長は持っていた武器を落とした。
「……刀を収めていただきたい。マグナカルタに則り、正当な理由なき武力の行使は、我らが断たねばなりません」
火山島の戦士の放つ圧倒的な「静」の圧力が、ならず者たちの「動」をねじ伏せる。
「神は、迷える羊に道を指し示されます。ですが、毒を運ぶ狼には、悔い改めの機会すら法によって制限されるでしょう」
一神教の司祭が掲げた聖印(十字架)の威厳に、船長は大人しく観念した。
職人組合の伝令員が手際よく船倉へ潜り込み、積荷を確認する。
「……ビンゴだ。魔薬の原料……」
「やはりね」
大学院の女性学者が積荷の木箱を覗き込む。
「彼らはただ魔薬を運んでいるだけね。資金源はまだ解明されていないわ」
船長を拘束した一行は、この「資金調達」の供給源がさらに南……あるとされる「工房都市国家」にあることを突き止める。
交易都市国家の霧が完全に晴れたとき、一行の手には新たな「情報」が握られていた。
【エピソード21:完】




