第11話 鬼
「いったい何事⁉」
大きな音が庭の方から響いてきて、驚いた桜は庭に向かって体をねじりながら腰を浮かせた。
(地面まで揺れている。地震? それにしてはおかしい)
動揺する桜に対し、他の人たちは事情を分かっているようだ。
大人たちはそれぞれに身構えて反応している。
母だけが口を大きく開けて驚きの表情を浮かべ固まっていた。
魁はスッと背筋を伸ばした。
「来たか」
「そのようです」
魁の言葉に反応しながら真鬼も庭の側を見ながら右膝を軽く上げて腰を浮かせいている。
大柄の運転手兼護衛も、両膝を上げてつま先立ちでいつでも立ち上がれる体勢を整えた。
桜の祖父や父も庭の側に体をひねって備えた。
そして次の瞬間。
変化は一気にやってきて、桜の母だけを残して皆は一斉に立ち上がった。
「わっ⁉」
ドーンという衝撃と共に縁側と庭とを仕切る掃き出し窓がガシャーンと割れた。
家を揺るがす衝撃と怒号と共に庭側にある襖を押し倒しながら、着流し姿で日本刀を手にする鬼の群れが応接間へと雪崩れ込んできた。
「鬼っ⁉」
桜は勢いよく立ち上がったが、その場で固まったように動けなかった。
鬼と言っても魁が額に角を出したような、なよやかな姿ではない。
ただならぬ禍々しい雰囲気をかもしだす形相。
角は一本だったり二本だったりするが皆、大柄だ。
体の色も青かったり赤かったり様々で、この世のものとは思えない異様な姿をしていた。
時代遅れの着流し姿だが、突っ込むべきはそこではない。
大きな体からニョキッと生えた太い腕には、物騒にギラギラと光る刃が握られていた。
(腕の筋肉すごっ。日本刀も、あれは真剣だよね? 模造刀じゃない。え⁉ この鬼たちは、わたしたちを殺しに来たの⁉)
「逃げなさい、桜っ」
祖父の声が聞こえはしたが、体が動かない。
(鬼だ……)
「何事だっ! 魁さまがいらっしゃることを分かっての狼藉か⁉」
真鬼の怒声が飛び、魁が鋭い視線を鬼たちに投げてキッと睨んでいるが、相手が怯む様子はない。
「その婚姻、待った!」
「魁さまの決断でも許せんっ!」
「そうだ、そうだ! ニンゲンなんかと未来の長が結婚なんてっ!」
鬼たちは口々に何か叫んでいる。
(事情があるのは分かるけど、それは里で決めてから来て―。我が家で暴れないで―)
桜は心の中で突っ込むが、口も、足も、動かない。
ギラギラ光る日本刀が応接間で振り回される非現実な状況を、桜は呆然と見ていた。
(え⁉)
異様な音に視線を向ければ、護衛だという運転手の大きな体がメリメリと音を立てて人間から鬼の体になっていくのが見えた。
(すごっ、変身⁉ 服は裂け……ないっ! 最新のストレッチ素材、すごっ)
「危ないっ、桜さんっ」
和服の袂を翻しながら、魁が桜の前に立つ。
細身で小柄な体のまま、額に二本の角をひょこっと生やしている。
(あ、つよ。日本刀を素手で受ける勢いっ。実際に抑えているのは鬼の手元だけど……えーつよーい)
和服美人が軽やかに身を翻しながら、我が家の応接間でデカい鬼をひっくり返していくのを、桜は目を見開いて眺めていた。
現実感が全くない。
そこに騒ぎを聞きつけた楽がやってきて、応接間の襖をあけた。
「ちょっ、何の騒ぎ?」
「危ないっ!」
叫ぶ母が弟の前に立つのが見えた。
ギラギラと光る刃が空を切るのを見て、桜はようやく正気に返った。
「楽! お母さんっ!」
父の体がひらりと舞って、母と弟の前に立つ。
「逃げなさいっ!」
「台所が一番結界が強いっ! 台所へ行けっ!」
叫ぶ父と祖父の声にコクリと頷いた母が、楽の体を抱くようにして駆けだしたのが桜の視界の端に見えた。




