第25話 三つの願い
フィリアーネは一人だった。
森のシェルター。沢のせせらぎ。焚き火の残り香。侍女はいない。誰もいない。
沢の水面を鏡代わりにして、フィリアーネは髪をかき分けた。
額の中央に——角があった。
黒くて、硬くて、冷たい。親指の第一関節くらいの長さ。
「……このクリスってやつ、もう少しマシなデザインにできなかったの」
フィリアーネはため息をついた。
角は小さい。髪を蓬に整えれば隠れる。だが——今後は注意が必要だ。誰かに頭を触られたら終わり。風が強い日は帽子が必要かもしれない。
水面に映る自分の顔を見つめながら——フィリアーネは、あの洞窟でのことを思い出していた。
クリスとの取引。
あの時、何があったのか。
◇◇◇
——悪魔の僕が提示した選択肢を、全て断った後。
千紗の心の中には、一つだけ——本当に欲しいものがあった。
魅惑の瞳? 要らない。
竜の心臓? 要らない。
読心術? 要らない。
富も、禁術も、不老不死も、飛行能力も——全部要らない。
じゃあ、本当に欲しいものは何だ?
その時、千紗は——本当に、心の底から、叫び出したかった。
——帰りたい。
——元の世界に帰りたい。
——日本に。あの六畳一間のワンルームに。美咲がいて、コンビニがあって、スマホがあって、漫画があって——何もかもが普通だった、あの世界に。
この世界は確かに面白い。魔法がある。精霊がいる。イケメンの王子がいる。ファンタジーの世界だ。
だが——ここは、千紗の家ではない。
だから、千紗は慎重に聞いた。
『ねえ、クリス。あなた、空間魔法は使える?』
◇◇◇
『空間魔法?』
クリスの異形の瞳が、僅かに細くなった。
『……なぜそんなことを聞く?』
『興味があるの。空間魔法で——別の世界に行けたりする?』
沈黙が落ちた。
『空間魔法は——知っている。理論も知っている。使い方も知っている』
千紗の心臓が跳ねた。
『だが——使えない』
『……なぜ?』
『私はここに幽閉されているからだ』
クリスの声に、苦々しさが混じった。
『もし空間魔法が使えるなら、とっくにここから逃げ出している。三百年も、こんな洞窟に閉じ込められてはいない』
——終わった。
帰る希望が、完全に消えた。
『……そう。分かったわ。じゃあ、別の願いにする』
『何が欲しい?』
『わたくしの魔法感応力を上げて。周囲の魔力を感じ取るアンテナが欲しい』
クリスは——笑い出した。
『ケケケ! 簡単すぎる願いだな! ——いいだろう、叶えてやる』
そして——額に角が生えた。
『お前の願いはあまりに簡単だった。だから——おまけをつけてやろう』
『おまけ?』
『予知の魔眼だ。お前に危険が迫った時——数秒先の未来が見える』
◇◇◇
——回想が途切れた。
フィリアーネは沢の水面を見つめていた。
額の角。予知の魔眼。クリスとの取引で得たもの。
目を閉じて、深く息を吸った。
両手を広げて、周囲の魔力を感じ取ろうとした。
——以前とは、全く違った。
全てが——くっきりと、感じ取れた。
フィリアーネは手を伸ばした。沢の水が持ち上がり、掌の上で小さな氷の球が形成された。
『……これが、魔法……感覚が、全然違う』
だが——フィリアーネの手は震えていた。
角と魔眼のことではない。
別のことを——思い出していた。
◇◇◇
第三演習場で起きたこと。
ルートヴィヒとセヴェリンの決闘。石壁の陰に隠れていた。深紅の兵士に見つかった。銃口を向けられた。
——そして。
リーリエが飛び込んできた。
フィリアーネを庇って。
背後から撃たれた。
血が——金色の髪を染めていった。
◇◇◇
全部本当だったのか?
全部本当だった。
フィリアーネの頭が——激しく痛み始めた。
深い場所から何かが這い出そうとしているような痛み。目の前が暗くなった。暗幕の上を青紫色の蛇が無音で這い回っている。蛇たちの向こうで——燦然と輝く黄金の瞳が開いた。
鐘の音のような声が、耳元で響いた。
『——交換するか?』
交換? 何を交換する?
だが——ぼんやりと、ある欲望が答えたいと思わせた。答えれば何かが変わる。答えた瞬間、何かが——
何を変える? 何が間に合う?
リーリエが死んだ。目の前で。救いたかった。でも——そんな力はない。
◇◇◇
明白了!简洁、轻小说风格:
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## 修改版
◇◇◇
「わたしたちの勝ちよ! レーヴェンクローネ!」
赤い髪の女——ヴァネッサが叫んだ。
確かに彼女の勝ちだった。ルートヴィヒもセヴェリンも戦場を離れられない。ヴァネッサが白銀の拠点に歩いていけば、このゲームは終わる。
まるで黒と白が終盤を迎える直前に、説明のつかない赤い駒が「劫」の位置に現れたようだ。
ヴァネッサの歓声は長くは続かなかった。
銃声。
彼女は信じられないという顔で振り返った。
フィリアーネの手には——魔導銃が握られていた。
◇◇◇
フィリアーネは魔導銃を捨て、倒れた狙撃手の大口径狙撃銃を拾い上げた。
「部外者は退場しろ! これは——」
ルートヴィヒの言葉は途切れた。
弾丸が胸を撃ち抜いた。彼はよろめき、仰向けに倒れた。
◇◇◇
セヴェリンが振り返った。
「雪走」を捨て、両手を挙げた。
「——ゲームは終わりだ。俺の負けでいい」
フィリアーネの骨格が機械のように動いた。遊底を引く。弾丸が薬室に滑り込む音。指が引き金にかかる。
もう何も考えない。ただ——命令に従うだけ。
弾丸が銃口を離れ、セヴェリンの胸を貫通した。
血の花が飛び散った時——フィリアーネの顔には、重荷を下ろしたような表情が浮かんでいた。
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