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第20話 魔導拳銃


 「魔導拳銃の実物を見るのは初めてだろう。これは装備課の最新型で、学園の教員と三年生の一部にのみ貸与されている」


 ヴァネッサは銃を軽々と扱っていた。慣れている。弾倉——いや、魔力装填槽を引き抜き、中を見せた。弾丸は入っていない。代わりに、小さな魔石が六つ、円環状に並んでいる。


 「この魔石が魔力の媒介になる。使用者が魔力を注入すると、魔石が圧縮・加速して射出する。要は——あんたたちが手から氷の矢や火球を放つのと原理は同じ。ただし、銃身の魔導刻印が魔力を収束させるから、素手で撃つより遥かに——」


 ヴァネッサは装填槽を銃にカチリと戻した。


 「——速い。そして、硬い」


 「硬い?」と最前列の男子生徒が聞いた。


 「魔力弾の密度が桁違いに高い、という意味よ。素手の魔法は拡散する。空気中を飛ぶ間に減衰する。でもこの銃から撃ち出された魔力弾は、着弾するまで密度を維持する。要するに——近距離における貫通力が、素手の魔法の比じゃない」


 ヴァネッサは鎧の破片を展示台に立てた。断面を正面に向ける。


 「——じゃあ、実演するわよ。耳を塞いで」


 博物館の空気が変わった。生徒たちが一歩後退する。ヴァネッサは銃を右手で構え、左手を添えた。琥珀色の瞳が鎧の破片を捉えた。


 教授が防音の結界を展開した。半透明の膜が展示区画を覆う。


 ヴァネッサの右手が——淡く赤い光を帯びた。火属性の魔力が銃のグリップから注入され、銃身の刻印が赤く脈動した。


 引き金を引いた。


 轟音。


 防音結界越しでも、腹の底に響く衝撃波が来た。フィリアーネは反射的に耳を押さえた——遅かった。鼓膜がびりびりする。


 銃口から射出されたのは——赤い光の弾丸だった。通常の銃弾より遥かに遅い。目で追える。だがそれでも、ヴァネッサの素手の火球の三倍は速い。


 赤い光弾が鎧の破片に着弾した。


 衝撃。展示台が揺れた。鎧の表面に火花が散り、黒い破片が飛んだ。博物館の壁に当たって落ちた。


 煙が晴れた。


 鎧の破片は——展示台の上にまだ立っていた。


 だが表面に——浅い、だが確かな凹みが刻まれていた。直径二センチほど。黒い表面がわずかに陥没し、周囲に放射状の亀裂が走っている。


 ヴァネッサが銃を下ろした。


 「——見た? あたしの素手の全力火球で殴っても傷一つつかなかった鎧に、MR-7なら凹みを作れる。これが魔導火器の貫通力。魔力の密度が違う」


 生徒たちがざわめいた。だがヴァネッサの顔は晴れなかった。


 「でも——凹んだだけ。貫通はしていない」


 鎧の破片を持ち上げて裏を見せた。裏面は完全に無傷だった。


 「あたしは戦闘課三年首席よ。学年で一番魔力出力が高い。そのあたしがMR-7で撃って——この程度。凹みが一つ」


 琥珀色の瞳から、全ての軽さが消えた。


 「じゃあ質問。もしこの鎧が——人間の体を覆った状態で、こっちに向かって走ってきたら?」


 博物館が静まった。


 「MR-7を六発全弾撃ち込んでも、たぶん止まらない。表面に凹みが六つ増えるだけ。その間に距離を詰められたら——」


 ヴァネッサは銃をテーブルに置いた。


 「——終わり。魔導拳銃は万能じゃない。あくまで選択肢の一つ。剣と魔法と銃と頭脳——全部使って、ようやく五分五分」


 千紗は——いや、フィリアーネは、石壁にもたれながら考えていた。


 DLC第四弾のFPSパートで、千紗は何度も死んだ。異形が突っ込んでくる画面に向かってMR-7を連射し、ダメージ表示が「12」「15」「9」と表示され、異形のHPバーが全然減らず、画面いっぱいに黒い液体が迫ってきてゲームオーバー。あのクソエイムとクソ火力のおかげで、千紗はコントローラーを二回投げた。


 だが今、目の前でヴァネッサがMR-7を撃つのを見て——あのゲームのダメージ表示「12」の意味がようやく分かった。


 三年首席の全力射撃で凹み一つ。


 ゲームの数字は——この現実の絶望を、数値に変換していただけだった。


◇◇◇


 「さて、ここで一つ追加の実験をする」


 ヴァイスミュラー教授が口を開いた。


 教授はヴァネッサからMR-7を受け取らなかった。代わりに——二つ目の手提箱に手をかけた。こちらも暗証番号と指紋認証。蓋が開く。


 中に収まっていたのは——銃ではなかった。


 杖だ。


 いや——杖の形をした何か。


 長さ四十センチほどの短い杖。素材は白い金属。だが表面の質感が金属らしくない。骨に近い。いや、牙か。巨大な獣の牙を削り出して杖の形にしたような——有機的な白さ。表面に走る紋様は魔導刻印だが、MR-7の幾何学的な刻印とは全く違い、まるで血管か樹木の根のような、有機的で不規則な曲線。


 教授がその杖を持ち上げた瞬間、博物館の温度が下がった。


 文字通り——下がった。フィリアーネの吐く息が白くなった。夏の午後だというのに。


 「これは装備課の製品ではない」


 教授の声が変わっていた。講義の声ではない。もっと重い声。


 「学園の地下書庫、第七層から持ち出した。三百年前の遺物だ。名前は——ない。名前がつけられる前に、製作者が死んだからだ」


 教授は杖を展示台に慎重に置いた。


 「これは——異形の骨で作られた杖だ」


 沈黙が落ちた。


 「異形の外殻を砕き、その中にある核——骨に相当する部位を抽出し、削り出し、魔導刻印を刻んだ。三百年前の錬金術師の遺作だ。製作には七年かかったと記録にある。完成後、最初の試射で——製作者の魔力が全て吸い取られ、即死した」


 教授がこともなげに言ったので、一瞬、何人かの生徒は聞き間違いかと思ったようだった。


 即死。


 「以来、この杖は封印されていた。だが装備課が二十年前から研究を続け、ようやく安全な使用法を確立した。——使用者の魔力量の十分の一以下で運用する限り、吸引は起きない」


 教授はヴァネッサに目配せした。


 「シュヴァルツシルト。やりなさい」


 「はい。——ただし、結界を二重にしてください。前回、壁にひび入りましたんで」


 前回。壁にひび。


 防音結界に加え、衝撃吸収結界が展示区画を覆った。二重の半透明の膜。


 ヴァネッサが白い杖を手に取った。


 右手に異形の骨の杖。琥珀色の瞳が鎧の破片を捉えた。


 火属性の魔力を流す。杖の表面の有機的な紋様が——赤ではなく、暗い紫に光った。注入された魔力が杖の内部で変質している。色が変わっている。


 ヴァネッサの顔が——一瞬、歪んだ。


 苦痛ではない。だが快適でもない。何かを我慢しているような、内臓の奥を掻かれているような——不快感。


 「……やっぱり気持ち悪い、この杖」


 小さく呟いて——撃った。


 轟音。


 さっきのMR-7の比ではなかった。


 防音結界が悲鳴を上げるように震え、衝撃吸収結界の表面に亀裂が走った。博物館の照明が一斉に明滅した。フィリアーネは——立っていられなかった。衝撃波で壁に叩きつけられ、何人かの生徒が尻餅をついた。


 煙が晴れた。


 展示台が——なかった。


 台ごと吹き飛んでいた。石の台座が三つに割れ、破片が結界の内壁に叩きつけられている。


 鎧の破片は——結界の壁に張りついていた。


 そして——


 鎧の中央に、穴が開いていた。


 直径五センチ。完全な貫通。向こう側の結界の壁が見えている。穴の周囲は溶けたように黒い液体が垂れ、ぬらぬらと蠢いている——まだ生きているのだ、この素材は。穴を塞ごうとしている。だが再生の速度より、損傷の方が大きい。


 ヴァネッサは杖を素早く教授に返した。右手を振っている。手の甲に——紫色の紋様が浮かんでいた。杖の副作用だ。数秒で消えたが、ヴァネッサの顔色は悪かった。


 「——見た?」


 ヴァネッサの声はいつもの軽さを取り戻していたが、目が笑っていない。


 「MR-7では凹み一つ。異形の骨の杖なら——貫通。同じあたしの魔力で、これだけ差が出る」


 教授が続けた。


 「異形には異形の素材が最も有効に作用する。これは三百年前から分かっていた事実だが、問題は——異形の素材を安全に加工する技術がなかった。MR-7はその妥協案だ。通常の素材で、できる限り高い貫通力を得る。だが本質的な対策には——」


 教授は白い杖を手提箱に戻し、慎重に封をした。


 「——リスクを引き受ける覚悟がいる」


◇◇◇


 千紗は脳内で、DLC第四弾の隠しルートの攻略を思い出していた。


 あの隠しルートは、三周目でしか解放されない。条件は「全ての通常武器で異形を倒すことに失敗する」。要するに——三回負けることが前提のルートだ。


 三回負けて初めて、異形の素材で作られた武器が選択肢に現れる。選ぶと、FPSパートの照準が異様に安定する代わりに、HPが毎秒減る。弾を撃つたびに画面の端が紫に染まっていく。被弾ゼロでもHP残量との戦いになる。


 千紗はあのルートを「クソバランスの集大成」と評した。攻略Wikiにもそう書いた。


 【異形武器ルート:DLC最高難度。通常ルートの三倍のスキルが必要。だが異形武器でしか見られない専用演出がある——異形に弾が命中した瞬間、異形の外殻が「内側から」砕ける。通常武器では外側に凹むだけだが、異形武器は中に入り込んで内部から破壊する。この演出はフライハイのグラフィックチームの数少ない本気仕事であり、これだけのために三周する価値があるかどうかは意見が分かれる。筆者は三周した。後悔はしていない。嘘だ、少しだけしている】


 千紗はこの項目を書いた人間と——ああ、自分で書いたのだった。深夜四時のテンションで攻略Wikiに投稿した。翌朝見直して恥ずかしくなったが、消す前に「いいね」が五十二ついていたので残した。


 だが今、目の前で見た実演は——ゲーム画面の何百倍も生々しかった。


 あの鎧に開いた穴。再生しようとする黒い液体。ヴァネッサの手の甲に浮かんだ紫の紋様。


 フライハイのHP毎秒減少ギミックは——こういうことだったのだ。異形の武器を使うということは、異形の力を自分の体に通すということ。通した分だけ、汚染される。


 ゲームの数字「HP-3/秒」が、今ここでは——ヴァネッサの手の甲の紫色の痣になって現れた。


◇◇◇


 「——ここまでが第一の証明だ」


 ヴァイスミュラー教授が宣言した。


 「異形の外殻の硬度と、それに対する我々の攻撃手段の限界。これを理解した上で——第二の証明に移る」


 教授が二つ目の展示ケースの前に立った。


 「目で見なさい。頭で考えず。ただ受け入れなさい」


 ヴァネッサが封印を解いた。


 強化硝子のケースの中に——円柱形のガラス瓶。


 だが先ほどの鎧とは違う。このガラス瓶は二重構造になっており、内壁と外壁の間に銀色の液体が満たされている。封印用の銀液だ。


 そして内側のガラスの中に——


 黒い液体が入っていた。


 それだけだ。


 黒い液体。量はコップ一杯分ほど。博物館の青白い照明の下で、それはまるで墨汁のように見えた。


 だが——墨汁は動かない。


 この液体は——蠢いていた。


 緩やかに、だが確実に、瓶の内壁に沿って這い上がり、滑り落ち、また這い上がる。まるで出口を探しているように。ガラスの内壁に触れた部分が、一瞬だけ黒い手形のような痕を残し、すぐに消える。


 千紗はこの瓶を見た瞬間、龍族のあのシーンを思い出した——福爾馬林に浸された赤い龍の幼体。ガラス瓶の中で安らかに眠る、猫ほどの大きさの竜。あれは「完美パーフェクト」だった。美しく、安祥で、畏怖を感じさせるものだった。


 だがこの黒い液体は——美しさの欠片もなかった。


 ただ、気持ち悪い。


 生理的な嫌悪感が腹の底から這い上がってくる。この液体には「形」がない。「顔」がない。それなのに——意思がある。出口を探している。何かを求めている。形のない意思が瓶の中で蠢いている。その光景が、理屈ではなく本能のレベルで、人間の忌避感を刺激する。


 生徒たちがガラス瓶の周囲に集まった。


 息を呑む音が、博物館の冷たい空気に溶けた。


 「これが——異形の本体だ」


 ヴァネッサの声から、全ての軽さが消えていた。


 「先ほどの鎧は、この液体が硬化したもの。つまり——鎧は殻に過ぎない。中身はこれだ。意思を持った黒い液体。宿主を見つければ体内に侵入し、内側から体を乗っ取り、外殻を形成する」


 「……これもまだ生きているのですか?」


 リーリエの声だった。


 フィリアーネは目を見開きかけた。リーリエが自ら質問している。


 「生きている。異形は殺しても死なない。砕いても、燃やしても、液体に戻って再生する。さっきの鎧の穴——見たでしょう? あれ、もう塞がり始めてた。この標本は百年以上前に捕獲されたものだが——見ての通り、今も動いている」


 「さっきの杖で撃っても——死なないの?」


 ミーアの声だった。震えている。


 ヴァネッサは一瞬だけ口を噤んだ。それから——正直に答えた。


 「外殻は砕ける。だが液体を消滅させる方法は、現時点では確認されていない。砕いて、凍らせて、封じて、また砕いて——そうやって活動を抑え込むしかない。殺す方法は——」


 教授に目を向けた。


 ヴァイスミュラー教授は首を振った。


 「ない。少なくとも、現在の我々には」


 博物館に——冷たい沈黙が降りた。


◇◇◇


 「近くで見なさい。一人ずつ」


 ヴァイスミュラー教授がガラス瓶を展示台から持ち上げた。


 生徒たちが列を作った。


 最前列の生徒が瓶の前に立った。黒い液体がガラスの内壁を這っている。生徒の顔が強張った。


 順番に回っていく。


 リーリエの番が来た。


 金色の瞳が黒い液体を見つめた。


 フィリアーネは——リーリエの横顔を、石壁の陰から凝視した。


 また——あの表情だった。悲しそうな目。異形を見て、嫌悪ではなく、哀しみを感じている。


 千紗はこの表情を知っている。ゲームの中で何度も見た。リーリエが闇堕ちする直前の——「世界のあり方そのものに対する悲哀」の表情。怒りでも恐怖でもない。ただ、悲しい。なぜこのようなものが存在しなければならないのか——という、根源的な問い。


 ……ヒロイン特有の感性だ、と千紗は思った。普通の人間は、百年前から瓶の中で蠢き続ける黒い液体を見たら「気持ち悪い」「怖い」と感じる。リーリエは——「可哀想」と感じている。


 これが聖女の素質だ。これがあるから、リーリエは全ての攻略対象の心を開き、全ての敵を理解し、全ての闇を飲み込んで——最終的に、全てを支配下に置く。


 優しさと支配は——紙一重だ。


 リーリエがガラス瓶の前から離れた。


 ミーアが「リリィ、顔色悪いよ」と囁いた。リーリエは首を振った。


◇◇◇


 フィリアーネの番が来た。


 ガラス瓶の前に立った。


 黒い液体と——向き合った。


 近い。ガラス二枚と銀液の層を隔てて、十センチの距離。


 黒い液体はゆっくりと蠢いていた。瓶の底を這い、内壁を登り、滑り落ちる。規則性のない動き。


 ——千紗はゲームのことを考えていた。


 DLC第四弾の最後のステージ。異形の巣の最深部。画面いっぱいに黒い液体が溢れている。FPSパートの最終ウェーブ。MR-7の残弾はゼロ。異形武器のHP吸引で画面の端が紫に染まっている。


 あの時、千紗は画面の前で泣きそうになりながらコントローラーを握っていた。深夜三時。攻略サイトにも載っていないルート。「このゲームのどこが乙女ゲームだ」と毒づきながら——目を離せなかった。


 だって。


 あのステージの最深部で、異形の液体の中から——セヴェリンの声が聞こえたのだ。


 テキストウインドウに、たった一行。


 【——ここは、冷たい】


 それだけ。それだけで千紗は画面から目を離せなくなった。異形の巣の中にセヴェリンがいる。あの無口で無表情で台詞が七回しかない男が、異形に囚われている。そしてたった一行——「ここは冷たい」。氷属性の王子が「冷たい」と言っている。


 千紗はそのステージを十七回リトライして、クリアした。朝の五時だった。


 クリアした時の画面には——異形の液体が退いた後、石の床に倒れたセヴェリンの姿が映っていた。テキストウインドウに三行。


 【セヴェリンは目を開けた】

 【銀灰色の瞳が、こちらを見た】

 【「……遅い」】


 遅い。七回しか喋らない男の、八回目の台詞が「遅い」。


 千紗は画面の前で——泣いた。


 泣いたのだ。このクソゲーで。DLC第四弾で。深夜五時に。コントローラーを握ったまま。


 ——だから千紗は知っている。この黒い液体が何であるかを。ゲームの設定としてではなく。画面越しに十七回死んで、十八回目にようやく救い出した経験として。


 黒い液体はガラスの内壁を這っている。出口を探している。宿主を求めている。


 そしてフィリアーネが瓶の前に立った瞬間——


 液体の動きが変わった。


 それまで瓶の全面を這っていた液体が——フィリアーネ側の内壁に集まり始めた。


 まるで——こちらを認識したように。


 黒い液体がガラスの内壁に張りつき、フィリアーネの顔の正面で——止まった。


 平面的に広がった黒い液体の表面に、微かな隆起が現れた。


 二つ。


 目だ。


 目のようなものが、黒い液体の表面に浮かび上がった。窪みではなく隆起。突き出した二つの球体が、ガラス越しにフィリアーネを——見ていた。


 富山雅史の言葉が脳裏に蘇った——違う、富山雅史はこの世界の人間ではない。だが同じだ。構造が同じだ。


 標本が、此方を認識している。


 百年眠っていたはずの液体が——目を作って、覗き返している。


 フィリアーネの背筋を悪寒が駆け抜けた。


 直後——液体が爆発的に膨張した。


◇◇◇


 ガラス瓶の中で、黒い液体が暴れた。


 内壁を叩く。銀液の層が震える。外壁に衝撃が伝わり、展示台が揺れた。


 こつ。こつ。こつ。


 最初は小さな音だった。だがすぐに激しくなった。


 黒い液体が内壁の一点に集中し、杭のように尖った突起を形成して——ガラスを穿とうとしていた。


 「きゃああ!」


 悲鳴が上がった。


 ヴァイスミュラー教授が叫んだ。「後退しなさい!」


 ヴァネッサが動いた。MR-7を掴み、銃口を瓶に向ける——だが撃てない。撃ったら瓶が砕けて中身が飛散する。異形武器の杖に手を伸ばす——だがこちらも同じだ。貫通力が高すぎる。瓶ごと吹き飛ぶ。


 「ヴァネッサ! 撃つな! 封じ込めを——」


 教授が封印術を展開しようとした。だが遅い。百年封印されていた標本が突然覚醒したのだ。準備が間に合わない。


 黒い液体の突起がガラスの内壁に食い込んだ。微かな——亀裂の音。


 ひ、と。


 最前列にいた生徒が息を飲んだ。


 その時——


 フィリアーネの方が早かった。


 反射だった。考えるより先に手が動いた。


 右手を瓶に向ける。氷の魔力が指先に集中する。三日間リーラと特訓した微細制御。百個の氷の粒を同時に操る精密さ。


 氷がガラス瓶の表面を覆った。薄く、精密に。ガラスを割らない最小限の出力で、瓶全体の温度を一気に下げる。


 黒い液体の動きが——鈍くなった。


 杭状の突起が崩れ、液体が瓶の底に沈んでいく。動きが緩慢になり——やがて止まった。


 完全には固まっていない。だが活動は停止した。凍結ではなく——冷却による鈍化。


 博物館が静まり返った。



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