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第16話 悪魔の取引



「まず——私の状況を説明しよう」


クリスが宙に浮いたまま、石のテーブルに腰を下ろした。


「私はここに幽閉されている。長い間——どれほど長いか、もう自分でも覚えていない。そして、私の力は衰えつつある」


「衰えている……?」


——衰えてるって言われても、さっきリーラを一瞬で眠らせたよね? それで「衰えてる」なら全盛期どんだけヤバかったの。というか衰えた状態でこれなら、全盛期は神様クラスでは?


「アルカディウスに力を与えた時、私は全盛期だった。今は——あの時の半分以下だ。だから、お前に与えられる力も、アルカディウスほどではない」


フィリアーネは頷いた。


——半分以下。つまりアルカディウスは今のクリスの二倍以上の力をもらった。それであの伝説の英雄になった。……うん、チートにもほどがある。課金ガチャで限定SSR引いた上に凸完了したみたいなもんじゃん。


「そして——アルカディウスとの取引で、私は一つ学んだ。一度に全てを与えるのは危険だ。相手が約束を守らなければ、私には何もできない」


「だから——分割払い?」


「その通りだ」


クリスが笑った。


——分割払い。悪魔の僕が分割払いを提案してくる。なんだろう、急に庶民的になった。前世のスマホの契約みたい。「二十四回払いでお得ですよ、事務手数料無料ですよ、今なら違約金もかかりませんよ」的な。悪魔も現代的になったもんだ。


「賢い令嬢だ。——私はまず、お前に『甘味』を与える。小さな力だ。そしてお前は、私の頼みを一つ叶える。それが終わったら、また新しい力を与える。——そういう取引だ」


◇◇◇


フィリアーネは考えた。


分割払いの取引。リスクを分散している。悪魔の僕にしては——随分と慎重だ。


——というか、三百年前にアルカディウスに約束を破られたトラウマがあるんだろうな。悪魔の僕が人間に騙されるって、なんか……なんか可哀想になってきた。いや、同情したら負けだ。こっちは生存がかかってる。


「……甘味とは?」


「何でも選べる」


クリスの声が、甘い誘惑を帯びた。


「お前が男を欲しがるなら——『魅惑の瞳』を与えよう。お前が見つめた男は、誰でもお前に夢中になる。王子でも、騎士でも、聖職者でも」


——出た。悪魔テンプレその一、「異性にモテモテになる力」。前世で読んだラノベで五百回は見たやつ。


フィリアーネは眉を顰めた。


「……それは要らない」


——要らない。マジで要らない。今でさえディートリヒが「フィリアーネ様!」「フィリアーネ様!」ってうるさいのに、これ以上男に付きまとわれたら発狂する。


というか攻略対象五人が全員ゾンビみたいに追いかけてくる光景を想像してしまった。セヴェリン王子が無表情のまま追いかけてくる。アレクシスが笑顔のまま追いかけてくる。怖い。ホラーゲームじゃん。『バイオハザード・乙女ゲーム編』じゃん。


「ほう? 男に興味がないと?」


「興味がないわけではないけれど——今は必要ない」


——嘘です。興味ないです。前世から恋愛ごとには縁がなかった。美咲に「千紗ちゃんは恋愛偏差値低すぎ」って言われてた。否定できなかった。


「では——力か? 竜の心臓を与えよう。お前の体は強くなる。竜のような強靭な肉体を手に入れられる」


——悪魔テンプレその二、「最強の肉体」。


「わたくしは戦士になりたいわけじゃない」


——ムキムキの公爵令嬢とか誰得。


てか待って。冷静に考えて。


原作のフィリアーネ・ローゼンクランツは「氷の魔法使い」であって「筋肉戦士」じゃない。もしわたくしが急にムキムキになって戦場で暴れ始めたら——


【警告:重大なOOCを検知しました】

【キャラ格:激減】

【キャラ格が0になりました】

【強制送還を実行します】


——ってなるに決まってる。


「氷の薔薇」が突然「筋肉の薔薇」になったら、システムが「OOC! OOC!」って警報鳴らしまくるでしょ。下手したらキャラ格ゼロになって強制送還(=死)だよ?


悪役令嬢がいきなり脳筋キャラになるとか、原作崩壊どころの話じゃない。二次創作でも炎上するレベルの改変だよ。「作者何考えてんの?」ってレビュー荒れるやつだよ。「推しの解釈違いです」ってお気持ち表明されるやつだよ。


——うん、絶対に無理。


「戦士になりたくない? お前の体は確かに貧弱だが——」


「貧弱で結構よ」


——貧弱って言われた。悪魔の僕に体型をディスられた。まあ事実だけど。前世から運動音痴だったし。体育の成績万年3だったし。


◇◇◇


クリスは首を傾げた。


「では——権力か? 人の心を読む力を与えよう。相手の嘘を見抜き、本心を知ることができる。政治の世界で、これほど有利な力はない」


——悪魔テンプレその三、「読心術」。


フィリアーネは——少し考えた。


——待って。これ、意外と使えるかも?


リーリエの心が読めれば、彼女が何を考えているか分かる。何をすれば闇堕ちフラグが立つか、何をすれば回避できるか。つまり——OOCを大幅に避けられる可能性がある。


——いや、待って待って。


冷静に考えろ、千紗。


読心術って、要するに「常に他人の心の声が聞こえる」ってことでしょ?


リーリエだけピンポイントで読めるわけじゃない。ディートリヒも。リゼットも。クリスティーナも。すれ違う生徒全員も。食堂のおばちゃんも。図書館の司書も。


『あの人今日も怖い顔してる……』

『お腹空いたな……昼は何食べよう……』

『宿題やってない、どうしよう……先生に怒られる……』

『フィリアーネ様今日も美しい……あの足で踏まれたい……』


——うるさい。絶対うるさい。


前世の千紗は電車で隣の人のイヤホンから漏れる音楽すら気になって席を移動するタイプだった。カフェで隣の席の会話が気になって集中できないタイプだった。そんな人間が、四六時中他人の心の声を聞かされる?


無理。三日で発狂する。一週間で廃人になる。


というかそもそも——わたくし、他人にそこまで興味ない。


前世でも「千紗って他人に興味ないよね」って美咲に言われてた。否定できなかった。だって興味ないもん。自分のことで精一杯だもん。他人の恋愛話とか聞いても「へー」としか思わなかったもん。


他人の心を読む力とか、コミュ強の人向けでしょ。「わー、あの人こう思ってるんだ!面白い!」って楽しめる人向け。パーティーで初対面の人と盛り上がれる人向け。


わたくしは違う。パーティーでは壁際でドリンク持って時間が過ぎるのを待つタイプ。他人の心なんて読みたくない。読んだら対応しなきゃいけない気がするじゃん。気を遣わなきゃいけない気がするじゃん。「あ、この人今こう思ってるから、こう返さなきゃ」とか考えなきゃいけないじゃん。


——めんどくさい。


フィリアーネは首を振った。


「それも違う」


——うん、無理。わたくしは他人の心に興味がない系・悪役令嬢でいく。


◇◇◇


クリスの異形の瞳に、苛立ちの色が浮かんだ。


「……ならば、富か? 金銀財宝の在処を教えよう。お前は一生、金に困らなくなる」


——お、新しい提案。悪魔テンプレその四、「無限の富」。


「それは……少し魅力的ね」


——嘘じゃない。今のわたくし、マジで金欠だし。森でサバイバル生活してるし。ダメ親父のせいで。


「だろう? 金があれば何でも手に入る。男も、力も、権力も——」


「でも、お断りするわ」


——そう、お断りする。


理由は簡単。原作のフィリアーネ・ローゼンクランツは公爵令嬢だ。金に困っている描写はない。むしろ「金持ちの嫌な女」として描かれている。


もしわたくしが突然、宝探しを始めたら? 「財宝の在処を知ってる」なんて言い出したら?


【警告:OOCを検知しました】

【フィリアーネ・ローゼンクランツはトレジャーハンターではありません】


——ってなる。絶対なる。


公爵令嬢がスコップ持って「ここ掘れワンワン」とか、キャラ崩壊どころの話じゃない。


「……金も要らないだと?」


クリスの声に、明らかな困惑が混じった。


◇◇◇


「では——知識か? 古代の禁術を教えよう。失われた魔法の数々を」


「禁術を使ったらそれこそ大問題よ。悪役令嬢が禁術を使うなんて、断罪エンドまっしぐらだわ」


——原作五章で禁術使って捕まるルートあったよね。バッドエンド直行便。


「……では、不老不死は? 永遠の若さと命を——」


「悪役令嬢が不老不死になってどうするの。永遠に断罪され続けるの? 地獄じゃない」


——というか、不老不死とか怖すぎる。人間関係リセットできないじゃん。ディートリヒと永遠に付き合わなきゃいけないの? 無理無理無理。


「な、ならば——空を飛ぶ力は? 鳥のように自由に——」


「公爵令嬢が空を飛んでたら目立つでしょう。『あ、ローゼンクランツの令嬢が飛んでる』って噂になる。嫌よ」


——というか高所恐怖症。前世からジェットコースター乗れない。観覧車も怖い。


「…………」


クリスが黙った。


異形の瞳に、明らかな困惑と苛立ちが渦巻いている。


◇◇◇


「変身能力は? 誰にでも化けられる——」


「化けてどうするの。わたくしはフィリアーネとして生きなきゃいけないの。他人に化けたらキャラ格がゼロになるわ」


「時間を操る力——」


「時間遡行とかやったら原作が崩壊する。パラドックス怖い」


「他者を操る力——」


「それ完全に悪役ムーブでしょ。断罪フラグが立つわ」


「未来を見る力——」


「未来はもう知ってるの。原作クリアしてるから」


——あ、最後のはちょっと口が滑った。


「……原作?」


「何でもないわ。独り言よ」


クリスの異形の瞳が細くなった。何か引っかかったようだが、今は追及してこなかった。


◇◇◇


クリスは宙に浮いたまま、両手で頭を抱えた。


三百年生きた悪魔の僕が、頭を抱えている。


「お前は——お前という人間は——」


声が震えていた。苛立ちで。困惑で。


「魅惑の瞳も要らない。竜の心臓も要らない。読心術も要らない。富も要らない。禁術も要らない。不老不死も要らない。飛行能力も要らない。変身能力も要らない。時間操作も要らない。他者操作も要らない。未来視も要らない」


クリスの声が、どんどん大きくなっていく。


「三百年だぞ! 三百年で何百人もの人間と取引してきた! 誰もが何かを欲しがった! 力を! 富を! 愛を! 権力を! 皆、目を輝かせて私の提案に飛びついた!」


異形の瞳が、フィリアーネを睨みつけた。


「なのにお前は——全部断る! 何を提案しても断る!」


クリスの声が、洞窟に反響した。


「お前は一体——」


両手を広げ、絶叫した。


「——何が欲しいんだ!!」





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