#6 抱けない男と抱いた男 ※アラタの話
「女は抱けないはずだろ。それとも、愛香は別?」
バスルームから戻ってきた克哉を、俺はソファに深く腰掛けたまま睨みつけた。
「性癖うんぬんの前に親族だろ。愛香はかわいい妹だよ」
「そのわりに、エロい目で見てたじゃないか」
「まさか。勘違いも甚だしい」
僅かにバスルームからシャワーの音が聞こえてくる。
克哉は不敵な笑みを浮かべたまま、我が物顔でベッドに座った。俺と愛香の温もりがまだ残っているのに。
「迎えに来るタイミングも早過ぎ」
「可愛いイトコが泣いていたら大変だからな」
「まぁ、確かに泣いてはいたけどね」
「なるほど、愛香がセラピストとして役立ったようだ」
克哉はフッと口元を緩ませた。
「愛香の表情を見ればわかる。いい時間を過ごせたんだろう」
まるで、そこで行われた情事のすべてを見透かすように、空っぽのベッドを見ている。
「キレイな肌だったよ。どこもかしこも無駄毛一本見当たらない。克哉がしっかり手入れしているんだろう?」
あの滑らかな肌を撫でたとき、俺の指先は確かに、克哉という男が時間をかけて作り上げた「作品」としての完璧さを感じ取っていた。
「気に入ってもらえて良かったよ」
克哉は満足そうに笑った。
こいつは酔うと、決まって愛香の話をした。
男しか愛さないはずの男が、唯一、偏執的なまでの慈しみを向ける相手。その矛盾に、俺はいつの間にか惹きつけられていた。
「なぁ、克哉。先週土曜日を、最後の治療にするつもりだったんだな」
愛香を初めて見た夜だ。
「どうしてそう思う?」
「いつもより、激しかったな。わざとらしいほどに」
克哉は、愛しげにベッドのシーツをなぞった。
「愛香が聞き耳を立てていると分かって、わざといやらしい音が漏れるようにもしたんだろう」
「ふふ」
「純粋な愛香に酷なものを見せつけたな。サディストめ。本当に親族なのか?DNA鑑定したほうがいいんじゃないか」
「もうやったさ。間違いなく血縁者だよ。……愛香は昔から雪のように真っ白な心で、本当に可愛い子なんだ」
「そんなに可愛い子を、どうして俺に?」
俺の問いに、克哉はため息にも似た声で、心底幸せそうに呟いた。
「僕が何度も抱いた男と、僕が絶対に抱くことのできない大事な愛香が結ばれる。こんなに愉快なことはないさ」
「本当に変態だな」
「自覚はしている」
悪びれない様子は、むしろ純粋にも見えた。
「僕が望む通りになった。その事実に、ひどく興奮する変態が目の前にいることを、愛香は知るよしもないだろう」
克哉は、自分が世界の頂点にいると信じ切っている。
――甘いんだよ、克哉。
俺は立ち上がり、克哉の目を真っ直ぐに見据えて宣告した。
「愛香ちゃんは俺がもらうよ」
その瞬間、克哉の目の奥の光がピクリと動いた。完璧だった余裕が、初めて崩れる。
「身体も心もいただくよ。愛香はもう、俺専用のセラピストだからさ」
崩れたポーカーフェイスをすぐに立て直す。
「愛香の幸せを、僕は誰より願っている」
そう言うと、冷たい笑みを浮かべて手元の時計を見やった。
トントン、とリズムを刻む指先。そしてシャワーの音が止まった。
「愛香のすべては僕のものだよ。だけど、アラタが奪うというなら、それはすごく楽しみだな」
克哉は立ち上がり、ドレッサーからドライヤーを取り出した。
「僕はアラタのことを信頼している。僕は確かに変態だけど、嫌いな男に愛香を抱かせるほど、キチガイではないからね」
ドアが開き、愛香が戻ってくる。克哉はにこりと、完璧な「お兄ちゃん」の顔で微笑んだ。
「さぁ、髪を乾かそう。風邪を引いたらいけない」
「自分でできるよ」
「いいから、座って」
そこには、俺が入れない世界があった。
なるほど。俺が越えるべき壁は、なかなか手強い。
だが、昨夜の愛香の熱を知っているのは、俺だけだ。
克哉は愛香を抱けない。それは事実だから――。




