第98話 おまけ 領地にて
二人はその後、南の方の公爵領を拝領し、ハミルトン夫妻がそうだったように、時々、王都の社交界に参加し、それ以外の時期はメロンを育てると言う口実で……実際メロンも育てていて、金玉メロンは超高級品として有名になったが、それ以外の期間は領地にいた。
マルク先生は丸め込まれて、今度は公爵領の研究所で暮らしていた。
そして、メロンの品種改良ではなく、大麦と小麦と米の栽培条件に付いての研究をやらされていた。
「そんな夢のない仕事は嫌じゃ!」
と、先生は叫んでいたが、そうなると、どういう訳かボロボロの服を着た農家一家が、泣きながら参上するのだ。
「マルク先生! ありがとうございました!」
「ほ、本当に!」
乳飲み子を抱えたおかみさんが、鼻の先から涙を滴らせながら叫ぶ。
「コメは一粒から百粒の収穫が出来ました」
「これで借金が返せます。子供に腹いっぱい食べさせられます」
「全部、先生のおかげです」
「え? え、あの?」
「順調に雨が降り続き、助かりました。命を救われました」
「これはつまらないものですが、焼くとうまいです」
モチというそうだ。食べてみて先生は感激した。確かに美味い。
マルク先生は、今日も土地柄と合いそうな作物の教授に領地を駆け回る。
「降雨量の計算は出来ますけど、合いそうな品種の選定と、あと治水関係はマルク先生の知識が必要ですから」
真面目くさった顔の公爵が、泥の道をついて回って自らメモを取る。
「フィリップ様、お疲れ様。でも、毎日一緒にお出かけにならなくてもよいのでは? 穀物についてはよく知ってらっしゃるのでしょう? マルク先生んがきちんと指導されているか、気になるのはわかりますが」
彼が戻ってくると、新妻のハンナがお茶を出してくれる。フィリップはハンナの隣に座った。
「ううん。穀物なんか全然知らないよ」
ハンナは聞き間違いかと思った。結婚する前も植物研究とか言って騒いでいたではないか?
「そのために留学していたのではないのですか?」
「全く違う」
「あの~、金玉商会とか言うのは?」
妻が顔を赤らめながら尋ねる。確か、商会まで立ち上げていたはず。
「うん。マルク先生の発明を分捕ったようなものだよね。金色のメロンと金の含有量の解析方法だ」
その木に竹を継いだような二種類の発明はどういう訳で組み合わさったのか?
「マルク先生だね。元々は土の研究をしていたらしい。それが回り回って、金属に行き、なぜか植物に回って、メロンになった」
聞いても全く理解できない。
「フィリップ、あなたが発明した分野とかはないのですか?」
「ないね」
フィリップ公爵は平然と言い切った。
「大体、僕は、半年しか留学しなかった。わかるわけがない。唯一、理解できたのはマルク先生が使えるってことだけだよ」
マルク先生に儲けると言う発想はなく、常に貧乏していた。そして隣国では全く使えない、ダメダメな研究者として名を馳せていた。その研究者へうまく取り入った点が、ポイントなのか?
「ミセス・ロビンとソワレのおかげだよ。あの二人の話になると先生は他のことは忘れるんだ」
ミセス・ロビンはキジトラの十一歳のネコで、ソワレは三歳の黒猫である。
「ネコで?」
「かわいいは世界を救うんだ。ネコはその最たるものだ。それに、今は貧乏農家たちから崇拝されて、ご満悦じゃないか」
ハンナはうっすら思い出した。マルク先生に感謝する農家一家は、マルク先生が不満を持ち始めると、どこかから定期的に湧いて出る。変と言えば変だ。
それから、気になるのが、農家の感謝の話の中で、必ず出てくるワンフレーズだ。
『これで借金が返せます』
「誰に借金しているんでしょうねえ?」
「領主様に決まっているだろ」
「え?」
それはつまりフィリップということ?
「仕方ないだろ。農民というのは新しいものに、なかなか手を出さない。雨が増えたので田んぼまで作ってやったのに、米を植えないんだ」
「田んぼ作りの指導はマルク先生でしたよね?」
フィリップではない。
「ウン。大変そうだったね」
要するに、フィリップは何もしていないのでは?
「僕は、税が払えないなら立ち退けと、トイチで請求したよ?」
農家にはトイチとか意味が解らなかったのでは?
「まあまあ、おかげで丸く収まったよね」
丸く?
「先生はご機嫌だし、農家は大きく儲けた。領内の収穫量は、僕が来る前より三倍になった。データはしっかり取っている。忙しかったな」
フィリップは、ハンナの膝枕で寝転がった。
「ここでの一仕事が終わったから、王都の社交界に乗り出そう。ヒルダ嬢の浮気がバレて夫君のジョージが意気消沈しているらしいんだ」
クククとフィリップが笑った。ハンナはちょっと驚いた。
「スプリンバーグ家のお話ですか?」
結婚してから、そう間がないはずだ。
ヒルダ嬢とジョージの家は、臭い物に蓋をする様に早めの結婚を望んだが、二人はフィリップたちより後になってから結婚した。アレクサンドラ殿下の結婚の興奮冷めやらぬ時期は避けたいと言う理由からだった。大変に華やかな式で、パレードまで行う予定だったらしい。
らしいと言うのは、王家ではあるまいしと却下されたからだ。
「あの二人は、何か勘違いしているよね」
「でも、真実の愛だとおっしゃってらっしゃいましたわ。それなのに、浮気ですか?」
「よくあることだよね。ヒルダ嬢の浮気相手って役者だそうだよ。僕が思うに、ジョージはなかなか先見の明があったんじゃないかな?」
ハンナはあきれ返って、美しい、しかしよく動くサファイヤの目を見つめた。
世の中って、いろいろあり過ぎる。
「あの人たち、よく真実の愛って言ってたけど、あの人たちのは見栄や体裁で動いただけかもと思う。大事なことは、誰よりも相手が大事だって気持ちじゃないかな」
愛って何だろう。
「あなただよ」
フィリップが柔らかくハンナを見つめた。
私もそうだわ。ハンナは思った。
「なので、来週、見物に行こうね。ハンナ」
「え? 何を?」
フィリップがとても人の悪そうな笑顔を見せた。楽しそうだ。
「婚約披露パーティで言われたことは忘れていない。でも心配しないで。何もしないよ? 見に行くだけだよ。別に復讐心が強い訳ではないけど、神のなせる技を見に行く分には誰も咎めないと思うんだ。世の中って、楽しいよね」




