第90話 着々と進む
そして、ハミルトン家の豪勢な館に現れたのは、パース公爵夫人だった。
国王陛下からの正式な結婚申し込み文書を持参した侍従のお付きという形で現れたのだ。
ハミルトン家の王都の屋敷は、どこの公爵家にも負けないくらい豪華だ。
屋敷は贅を尽くしていても、それでも、家格の差というものはある。
パース公爵夫人が現れたことでハンナの心臓はキュッとなった。
これまで、ハンナの上に立ち、当然のように指示をしてきた人。
その人が、今、ハンナの前に頭をたれている。
王子殿下の妃殿下。
ハンナは、わかっていたこととはいえ、これからのことを思うと緊張した。
殿下は田舎で暮らすから、緊張するような場面はないと断言していた。
そんなことはないと思う。パース夫人ににらまれたら、ハンナなんか蛇ににらまれた蛙だ。
「本当にようございました」
パース夫人は極めて柔和な笑顔だった。
「ハミルトン伯爵令嬢に決まられて」
へ?
ハンナは拍子抜けして沈黙した。本気かしら?
「人にはそれぞれ向き不向きがございます」
ハンナは心の中で必死にうなずいた。ハンナに王子妃殿下なんか無理だ。
「ピッタリの人材でございます」
ハンナは、世の中が十五度くらい傾いた気がした。
「でしゃばることなく控え目で気配り目配りが利く、本当に安心できる令嬢でした。その上、殿下がメロメロです」
そう言われると顔が赤らんだ。
「それでは、本日は王子妃にふさわしいドレスを選んで持ってまいりました」
は?
「来週、パーティにでられるのでしょう?」
来週でしたっけ? 殿下の過去話に夢中になってしまっていたわ。
「具体的な日取りを聞いていないのですが」
「来週の火曜日でございますわ」
何でもないことのようにパース夫人は答えたが、服がない!
「ど、どちらのお宅でのパーティなのでしょうか?」
「まず、こちらをお試しになって」
パース夫人の後ろから針子軍団がぞろぞろ現れた。いつだったか、殿下とデートをするときに、色々な衣装を出してきてくれた人たちだ。見覚えがある。
「これまでも、ずっと王子妃にふさわしい衣装を選んで作ってましたのよ」
最後に顔をのぞかせたのは、間違いなくデザイナーのハドソンさん!
「今回は、婚約発表のドレスということですから……清楚なものを持参いたしました!」
「どうしても、王子妃ということで、豪華めで威圧感のあるドレスを作ってしまいましたからねえ」
なんだか聞き捨てならない発言が、当たり前のようにゾロゾロと発せられているけども!
彼女たちは、あちこち動き回って、ハンナに、空色と青で花の刺繍が施されたドレスを着せつけた。
「とてもきれいですわ」
パース夫人は満足した様子だった。
「最初のお目見えですわね。堂々と王子妃らしく振る舞ってくださいませ」
この言葉を安易に信じていいのだろうか?




