第89話 真実の愛
ハンナは、台所の窓からしれッと客間に戻り、何喰わぬ顔をしていた母のところに戻った。マーガレット伯母様も一緒に座っていた。
「遅いわね、ハンナ。お客様方はもう帰ってしまわれたわ」
そして、わざとらしく、ハンナと一緒にやってきたフィリップ殿下に目を見張って見せた。
「あらあ? こちらは?」
「失礼いたしました。ハミルトン伯爵夫人。第二王子のフィリップでございます」
ハンナは母と伯母が、嬉しそうにチラッとお互いに目線を交ぜる瞬間に気が付いてしまった。
二人は練習でもしてあったように、優雅に椅子から立ち上がると、殿下に敬意を表した。
「並びにラッセル公爵夫人におかれましては、本日、招待状もなく貴家にお邪魔しましたこと、お許しいただきありがとうございます」
フィリップ殿下は頭を下げた。純粋な金髪がサラッと顔の周りに垂れた。
二人の中年女性は持っていた扇子とハンカチで口元を隠し、目立たないように隠れていた侍女たちがキャーと小さな叫びをあげて、所在がバレて、ハンナににらまれた。
もしかして、みんな知ってたの?
「このたび、ようやくハミルトン嬢に婚約の許しを得ることが出来ました。どうかハミルトン家におかれましても、ハミルトン嬢と私との婚約にお許しをいただけないでしょうか」
あ。侍女の誰かが小躍りしているわ。
「コホン」
母が咳払いした。
「この上ない名誉でございます。謹んでお受けいたします」
「それでは、正式な申し込みを父、国王陛下と連名でハミルトン家にお送りいたします」
「お待ち申し上げております」
母が少し震える声で答えた。
「殿下」
カーク卿がどこからともなく現れた。
「馬車を準備しております。こちらへ」
「それでは」
フィリップ殿下は二人の貴婦人に向かい、礼をしてくるりと向きを変えると、公爵家の執事らしい人物が丁重に案内に立った。
フィリップ殿下が馬車に乗り込み、ついでにカーク卿も乗り込み、馬車が動き出し絶対に聞こえないところまで到達すると、ハンナは鬼の形相で、母と伯母に向き直った。
「見てたのね? 悪趣味だわ!」
「まあ、ハンナがそんなに怒るだなんて!」
上機嫌も上機嫌、ハンナが本気で怒ったところで全く響かなさそうな二人はコロコロと声をそろえて笑い出した。
「いいじゃない! イケメンだわー」
「いいわあ。今日は特別に格好よかったじゃない!」
「気合の入りっぷりが分かったわ。嬉しかったわよおお」
あああ。嬉しかったのか。
ちょっとハンナは気抜けした。
「本気だしねえ」
「真実の愛よ」
真実の愛と言う言葉を、安売りするんじゃないとハンナは思った。
でも、二人の経験豊かな年配の婦人たちが、フィリップとハンナを心の底から祝福した。
「嬉しいわ」
伯母はハンカチで目の涙を拭いていた。
「求められて結婚することは良いことですよ」




