第88話 ガゼボの中の会話
「僕は雨男なんだ」
「雨男……ってなんですか?」
ハンナは聞き覚えのない言葉に、一瞬きょとんとした。
「僕の行くところ、その先々で必ず雨が降るんだよ」
そんなこと、感じたこともないとハンナは言った。今日だって、よく晴れているではありませんか?
「うん。でもね、平均すると雨の日が増えるんだ。雨の日はお出かけもおっくうになるけど、雨はないと困るでしょ?」
「もちろん、作物の為にもそうですけれど」
殿下は自分が留学した時のことを語った。それはわずか半年という短い期間だったけれど、その間、出身国にはほとんど雨らしい雨が降らず、留学先は土砂降りに見舞われた。
「今年は、雨が少ないって困っていたらしいんだ」
さすがに隣国の雨状況までは知らない。そうだったのかしら?
「王太子殿下の婚姻が決まった喜びの雨とも言われたけど。そのほか、僕は隣国であちこちに旅行したけど、大体、降られたね。せっかくの観光がいつも台無しさ」
「まあ、お気の毒」
「僕はすっかり湿った気分になったが、みんな大喜びしてた。さすがに三か所目くらいで、おかしいと気が付き始めた。特に、しばらく雨が降っていない地方の場合、必ず降る」
ハンナは何と言っていいかわからなかった。偶然じゃないのかしら。
「そこで僕は一計を案じた」
フィリップ殿下は真面目そうに言った。
「耕作権を買ったんだ。今年は雨が少なくて収穫が無理そうだって領主が嘆くもんでね。領主は大喜びしていた。ものを知らない若造に、収穫が見込めない耕作権を高値で売っぱらったって。これだから若造はって、陰で言われた。だけど、僕が小麦畑へ行く時はいつも雨だった。おかげで小麦はすくすく伸びて、それまでにない大収穫だった。領主は地団駄踏んで悔しかった」
「それはその。あの、ご愁傷様?……」
ハンナはまたもや言葉に詰まった。
「なので、実はこれのおかげなんだと秘密の壷を売ってあげたんだ」
「なんですか? それは?」
「この壷を毎日拝めば、雨が降るって」
「詐欺じゃないんですか?」
「母上と同じことを言うな。邪魔だった髪を切ったんだ。それを入れておいた。もし、雨が降るようなことがあれば、報告して欲しいと頼んだ」
「中身が何か、その領主様は知っているのですか?」
「知るわけないだろ。そんなことバレたら、僕は殺されてばらばらにされて聖遺物扱いだ。長生きさせて死んでから、ばらして売った方がお得なのに、人間て欲が深いからね」
ハンナは思わず、フィリップ殿下に指先で触れた。
「心配ですわ」
フィリップ殿下の顔が土砂崩れを起こした。
「大丈夫だよ、ハンナ。だからとっとと隣国から脱出してきた。この国を離れられないのは、この国の中なら僕は王子で誰からも危害を受けないからだ。外国の王女と結婚しないのも、僕を妻の国に取られてはいけないからだ」
ん?
「あなたと会えて僕は幸せだ」
フィリップ殿下がハンナの頭を撫でた。彼はまだ成長途上らしい。ハンナより頭一つよりもっと大きくなっていた。
「という理屈をこねて、僕はあなたと結婚する許可を得た」
「は?」
なんですって? これまでの話は嘘だったの?
「違う。僕自身も信じられない。だけど、検証する時間がなかった。もし、本当だったらどうする?」
「その場合は……」
「人間、万一を考えた方がいいよね。僕は壷に髪を残した。ただ壷の中には髪の他に、ありがたい言葉を書いた紙も入っている。銀の指輪も。雨が降れば、決まった金額を僕に払わなくてはいけない決まりだ」
「そんなお金、払いますか?」
「払わない場合、次の雨は降らないと言ってある。もし支払いなしで、雨が降った場合、それは毒雨になり土地は呪われる」
「言うに事欠いて、よくもそんな脅しを」
「だって、わずかな金なんだ。近くの教会に献金せよと伝えた。教会が僕に知らせてくれる。知らせがあれば僕はその教会に寄付する。領主が払う金の十倍を払うと伝えている」
「ふ、複雑な仕組みですわね?」
「検証しているんだ。何に力が宿っているのか。知らせてくれと頼んでも、面倒になれば教えてくれなくなる。報酬がもらえれば、ちゃんと知らせが来る」
この殿下、なんだかせこいな。
「あなたの父上にこの話をしたら、喜んで乗りましょうと言ってくれた」
「は? 乗りましょうとは?」
「僕たちの婚約さ。最初は義父上は少しばかり渋い顔をしておられた。心配だったそうだ。王族の家の立て直しに入ったことがあったらしくて」
伯母のマーガレットの嫁ぎ先の話だなとハンナはピンときた。
父は、悪気もない、何も考えていない義兄の金遣いを改めさせるのに苦労したらしい。
「王族や一部の高位貴族の金の遣い方はおかしいと言っていた。僕もね、留学するまで、お金は使うと減るんだってわかっていなかったよ。でも、一人で暮らすのって、本当に大事だね」
「そうなんですか?」
「うん。あなたの父上も、留学中に始めたビジネスの話をしたら、いいんじゃないって言ってた。父上も昔はお金のこと、よくわかんなかったって。でも、やってみたら面白いよねって。で、街道の整備の話をしたら共同出資する可能性があるかもしれないと言うことになって」
ハンナは途中から半目になった。
何か、どこかで聞いたような口調と話の内容になってきた。
ハンナは別に父のことを嫌いではなかった。あまり家に居なかったせいもある。しかし、どことなくビジネスの話になると、父とフィリップ殿下は、ノリが似ている。口ぶりも。二人とも、全くお金に困らない家の子なのに、ゲーム感覚で稼ぎ始めた。ないしは稼ごうとし始めている。
「それより殿下。来週、何か面白いことをって、おっしゃってましたわよね?」
フィリップ殿下は目を輝かせた。
「ああ! そうなんだ。出来るだけ早く婚約を発表したいんだけど、王家から公式発表する必要がある。アレクサンドラの結婚の予定の発表と併せて公式発表したいと思っているんだけど、少し時間が空き過ぎる。でも、噂が先に流れると反対されたり、変な男が現れてあなたにアタックしだしたら困るでしょ?」
「変な女性が大勢現れると思います」
ハンナは注意した。そっちの危険性の方が深刻だ。
「婚約を知らしめるのに、ちょうどいい、頃合いなパーティが来週あるんだ。招待状が来ている。そのパーティで、僕があなたをはっきり婚約者だって言いきってしまえば、不明瞭なところはどこもなくなるからね。その方がいいと思うんだ」




