第82話 お茶会
「ハンナ、マーガレット伯母様のところのお茶会に行きますよ」
「お母さま、出ないといけませんか?」
「でもね、ハンナ、キャンベル家のジョージ様はヒルダ嬢と結婚するおつもりのようですし、フィリップ殿下とのお話は気が進まないのよね?」
ハンナは目を伏せた。
エリック様と一緒だと楽しい。気楽だった。
しかし、残念ながら、王子殿下のフィリップ殿下と一緒だった時は気詰まりだった。
大体、格好が変だし、ちょっとおかしい人だと思っていた。
パース公爵夫人の目もあったし、アレクサンドラ殿下の手前もあるので、出来るだけ普通に接していたが、接触は出来るだけ避けたいところだった。
エリック様は大好きで一緒にいて楽しかったが、それは王家どうのという遠慮がなかったから。
ハンナはイケメンは愛でる派だった。その点、エリザ嬢とジョゼフィン嬢と通じる面はあったが、彼女たちと違い、自分のものにしようとか大それたことは一切考えない。そこが、ハンナの人気の理由でもある。
「でもね、一生、お話が進みませんよ? 学園にもあまり行きたくないのよね?」
母は相当心配そうだった。娘の縁談がうまくいかないのは親の責任と考えているらしい。
学園は別に行ってもよいのだが、アレクサンドラ殿下もフィリップ殿下もいない。
マチルダやリリアンはいるが、その代わりアンドリューとパーシバルが一緒だ。
アンドリューとパーシバルだけなら構わないのだが、その知り合いの男子生徒がいる。ハンナとの交際を希望している連中だ。伯爵家の嫡子や子爵家の嫡子が混ざっている。そうなると、アンドリューとパーシバルでは(身分上)断り切れないので、ハンナがいちいち今はそっとしておいてくださいとお願いすることになってしまう。面倒くさい。
「マーガレット伯母様が心配していますよ。たまには顔をお見せなさい。今回、人数は絞りまくるとおっしゃってましたから親しい方ばかりだと思います。顔だけ出したら、伯母様のご自慢のバラのお庭で本を読んでいていいから。あとでお茶を持っていかせます」
年よりは自分の話ばかりして面倒くさい。
しかし、マーガレット伯母様は、ハンナの意見に耳を傾けてくれるし、ハンナより物知りだった。そして、ハンナ同様、豪華な衣装や社交なんかに興味はなかった。
母が弟たちが小さいとき、豪勢な屋敷でなく小さな田舎家に引っ込んで、手抜きシンプルライフを楽しんでいると、あっという間にやってきて、一緒になってだらだらシンプルライフに浸っていた。
やっぱり王都で社交を繰り広げるのは神経を使うので、面倒くさかったのだなあとハンナにもわかった。
二人は、立派な貴婦人で周りからの評価も高い。それでも、面倒くさいものは面倒くさいのだ。
「社交に本気を出すのは、子どもたちの結婚などの時だけ」
そんなわけで、二人は王都に赴いた。
ハンナには、特にハンナのためなどとは言っていない。
良い結婚を、と言うのは、どの時代でも大事だ。お金持ちと結婚しようと言う意味ではない。幸せな結婚を願ってやまないのだ。
「社交界に馴染むことは、大事は大事よ」
二人は相談した。
「でもハンナは地味でおとなしくて、言いたいことも我慢してしまうような子だから心配だわ」
「学校ではうまく行っていたようじゃないの」
「とても賢い子どもではあるの。だけど、遠慮の加減がわからないのじゃないかと思ったの。だから、防御壁付きで学園に出したのに、防御壁がポンコツで」
ジョージのことである。
「せっかくのお茶会ですわ。バラの庭で読書しているハンナを観察していただく機会を皆様に」
「そうね。王家なんかと違って、私たちは自由よ。社交界に乗り出すのも、機会を広めるためだけなのですわ。この騒ぎが終われば、また領地に引っ込むわ」
当日も、好感度などとは関係なく、ハンナが好きなドレスを着せた。母と伯母は口を出さなかった。
ハンナが選んだのは、地味な紺のドレスだった。
さすがにマーガレット伯母は難色を示した。
「パーティドレスではないわ。これだけは付けて欲しいわ。似合うと思うのよ」
空色のサッシュだった。一流品である。ビーズで全体に繊細な花と鳥の刺繍が施してあり、とても美しい。
「まあ、きれい」
「着ていて楽しいでしょう? 明るい気持ちになれるわ」
当日、ハンナは、伯母や母の知り合いに一通り挨拶をした。
絞り込んだと言っていた割には、参加者の数は多く、それぞれの知り合いの息子たちが多かった。
「ああ、甥のエドマンを今日は連れてきた。まだ王都に慣れてなくてね。今日はちょうどいい機会なので」
エドマン氏がニコリと笑うので、ハンナも控え目に微笑みを返す。
「部下の部下なんだが、妻の従兄弟なんだ。シュナイダー伯爵の嫡子だ。今は王太子陛下の護衛騎士をしている」
フィリップ殿下の護衛騎士ではないのね。よかった。
ハンナは微笑んであいさつする。
「従兄弟に当たるんだけど、財務官だ。名前はケネス・シュナイダー。たまには社交界に出て慣れろと言っているんだ。休日も仕事に埋もれていてね」
お忙しい方なのね。アレクサンドラ殿下の御用と、エリック様と探索を重ねていたころの私のようだわ。ちょっと同情を込めて微笑み返す。
でも、なんだか人数多いな。
だが、伯母が声をかけてくれた。
「疲れたでしょう? あなたが大好きな果物のパイがあるわ。お茶と一緒にバラの庭のガゼボに運ばせるわ。天気がいいから気持ちいいわよ。ゆっくり本でも読んでなさい」
解放されてハンナはこっそりと姿を消した。
行先はにぎやかな客間とは反対側の、伯母が丹精込めて作ったバラの庭。
さすが公爵家だけあって、敷地は広く正面玄関の側は端然と整えられた庭が広がっているが、裏側はガゼボを中心に、日陰を作る木々とさまざまな花が咲き乱れる見事な庭園だった。
ハンナはこの庭園に来るたびに自然の美しさに感動してしまう。
ここのガゼボは飾りではなくて、実用性も兼ね備えていた。ガゼボの中に座ると景色はいいが、風や直射日光に当たらないし、座る場所によっては誰からも見えない。
お屋敷の台所から見える一隅があって、そこにポットを置くとお茶のお代わりも頼める。他のものを適当に置けば、誰かが来て用事を聞いてくれると言う仕組みだ。
いつか結婚するか、独立して自分の家を持つようになったら、絶対このガゼボを真似して作りたいとハンナは思っていた。
田舎なら不可能ではないと思う。もちろん猛暑の時や冬の時期は屋外だから無理だが、ゆったり出来る。
「どうしたら、実現できるかしら」
マーガレット伯母が丹精込めて作り上げたバラ園の中で、これまた公爵家がサラッと買った目の玉が飛び出そうな高額の茶葉で淹れた香り高いお茶を愉しみながらハンナは考えた。




