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セクハラ護衛騎士と婚約者の観察日記  作者: buchi


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第79話 嫌われてる?

数日後、エリザ嬢とジョゼフィン嬢が隣国へ戻ると言う噂が流れた。


王宮では王妃様が、その噂を何とも言えない顔つきで聞いていた。


「パース夫人。あの二人が、隣国に戻るまで監視をつけてください」


「かしこまりました」


パース夫人は礼をすると、すぐにその手配に取り掛かるため、部屋を出て行った。


「それからフィリップを呼んできて」


王妃様は自分の居間にいた。

王妃様の趣味で飾られた美しい部屋である。

壁は薄い青に塗られ、繊細な飾りは金だった。いくつか家族の肖像画が飾られていたが、フィリップ殿下の肖像画は一枚もなかった。


「まさかフィリップを留学に出したら、こんなことになるなんて」


王妃様は双子の殿下方をとてもかわいがっていた。

もちろん王太子殿下のことも大事にしていたが、王太子はもう大人だった。妻も子もいる。

王太子殿下とアレクサンドラ殿下は、子どものころから優秀で、道を踏み外したりしなさそうな子どもだった。

それに比べて、フィリップ殿下は、怪しかった。

色々なものに興味を持ち、宮殿内のしきたりや規則を常に疑問に思って、理由を聞きたがった。

兄の王太子殿下が順調で、子どもも大勢生まれ、王家の行く先に不安がなくなると、フィリップ殿下は自由になりたがった。


まさか、自国より降雨量の少ない国に留学したことで、雨男ぶりが露呈するとは。


元々この国は、小麦を作るのに適した気候だった。

しかしちょうど十八年ほど前から、米がとれるようになったのである。

米は小麦より優秀な穀物だった。同じ面積で比べれば収穫量が多い。連作が出来る。

しかし手がかかり、温暖で降雨量が多い土地でないと、生育することができない。


王妃様は細い指で頭を抱えた。


食糧問題はそのまま国力に直結する。多くの人口を養えることになる。雨は死活問題だった。


つまりアレクサンドラ王女を国外に出すことは出来ても、フィリップ殿下は自国内のとどめた方がよいのだ。


温暖な南の地方では、すでに水田ができ始めている。安定的な降雨が必要だった。

フィリップが、そんな力を持っていたなんて。いまだに信じられない。よくわからない。


王妃様はギクリとした。バーンと大きな音を立てて、ドアが開いたのだ。

入ってきたのは、エリックの格好をした、フィリップ王子だった。


さえない色の冒険家の服をまとっている。

満面の笑顔だった。


「木登りと逆立ちと剣を習っておいてよかったです」


「何をしたのですか?」


フィリップ殿下は、母親の前でサムズアップした。


「この格好と、奇行で、最後の疑惑のエリザ嬢とジョゼフィン嬢を撃退しました」


奇行とか自分で言うかな。


許しも得ずに……いたずらっぽい目つきで王妃様のご機嫌をチラリと(うかが)いはしたが……フィリップ殿下は椅子に腰掛けた。


「エリザ嬢とジョセフィン嬢は、エリック殿が王子殿下だと勘違いされたようです」


それが正解なんだけどな。


「でも、エリック殿が相当の変人で、奇行を繰り返す人物だとわかると、とてもガッカリしたらしい。エリックは、護衛騎士のヘルマン王子がなだめても絶対言うことを聞きませんしね」


何をやって見せたのだろう。最低限の王家の一員としての品位ある鼓動を期待したいところなんだけど。


「ヘルマン王子って、護衛騎士のあのヘルマンですか」


「ええ。彼が本気で止めに入ってくれたので、効果抜群でした。今後、フィリップ王子は常識人として評価されるのでは」


「隣国ではね」


母親の王妃様は自分を抑えながら言った。


「ハンナはどうしていたのですか? あなたの声とヘルマンの声は違うでしょう。別人と気付かれたのではないですか?」


「ハンナは大丈夫ですよ。察しがいいので、何かあるらしいとすぐにわかってくれました」


フィリップ殿下、嬉しそう。


「ヘルマン王子が、僕じゃないことにもすぐに気づきました」


ますます嬉しそうだな。


「ヘルマンには、フィリップ王子がハンナ嬢に気があるように見せかけろと命じておいたのですが、ハンナが嫌がっちゃって」


ますますヘルマンが気の毒だ。

嫌がるも何も、訳がわからないので、ハンナはそうするしかなかっただろうに。


「エリザ嬢とジョゼフィン嬢が帰ってしばらくすれば、みな、エリックのことを忘れると思います。エリックは北の国に悪獣退治に行くことになっています。ヘルマンに一肌脱いでもらいます。この格好で……」


フィリップ王子殿下は、嬉しそうに自分の服を見下ろした。


「金髪のカツラをかぶってもらって、馬車に乗って出かけてもらいます。なに、一週間ほどの旅です。もっと短いかな。二、三日したら、元の姿に戻ってもらって黒髪のただの貴族になって、王都に戻ってもらいます。馬車は北の国に行ってもらいます。人用の馬車ですが、中身は、交易品を乗せていきます。仕掛けとしては、荷馬車ではなく、人用の馬車が行くと言う点がポイントですね。ビジネスなので、絶対に目的地に着きますけど、長旅です。最終目的地まで追いかける人間はいないでしょう。目的地に着く頃にはうやむやです。誰かがどこかで降りたり乗ったりしたかもしれませんが、そんなことわからないでしょう」


王妃様はため息をついた。

多分、息子が言う通りだろう。

北の国は遠くて、旅は長い。追手がいたとしてもあきらめるだろう。


「それであなたはどうするの?」


息子はにっこりした。


「南の地方に行きます。マルク先生と一緒に。砂漠を一面の穀物畑に変えますよ」


王妃様は黙り込んだ。


「僕自身、雨男だなんて信じていません。合理的じゃないですからね。そんなうわさが流れたら迷惑なだけですよ。だけど、灌漑や品種改良はやりたいですね。兄上の力にもなれますし、アレクサンドラにとっても、実家が力をつけることは悪くないと思う」


この息子は、のんきだ。欲がない。


「辺境伯の身分をください。砂漠地帯を納める権限が欲しい」


「ハンナ嬢はどうするの?」


母は、唐突に尋ねた。


「一緒に行きますよ」


いとも明るく発せられた言葉。


「ハンナ嬢は同意してくれているの?」


「ええ? そうじゃないけど、あの、僕はハンナ嬢が好きだし、ハンナ嬢だって……」


「ハミルトン家には婚約を結ぶ意向があることを伝える手紙を送りました。でも、特に前向きなお返事ではなかったの」


「え?」


フィリップ王子は、明らかに意外だったらしくて顔色を変えた。


フィリップ殿下は母親の王妃様に申し込みを頼んだのだ。

いくら王子様本人から申し込まれても、申し込まれた側は、王家が本気かどうか不安になるだろうとわかっていた。


王家の結婚とは、家と家との結びつきである。手続きが必要だ。


「前向きな返事ではなかったって……」


「畏れ多い……というだけの返事なのよ」


「どういうことでしょうか」


国内外に商売の網を張り巡らし、王家のあずかり知らぬところで巨万の富を築いているハミルトン家にとって、王家とのつながりやしがらみが魅力的に映るかどうか、わからない。政争に巻き込まれることをリスクとみなしているのかもしれない。


それとも、ハンナ嬢がそう考えたのかもしれない。

私にわかるわけないじゃないのと王妃様は考えた。


「嫌われているんじゃないの? ハンナ嬢に」


面倒くさくなってきた王妃様は投げやりに答えた。

まさか、そんな反応が返ってくるとは思っていなかった。わかっていたら、もっとまじめに答えたのに。


フィリップ王子殿下は、ギラッと目を光らせると挨拶もせずに王妃様の部屋から走って出ていってしまった。




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