第77話 そして当日
カーン男爵家は王都にあるが、王都の中心地にあるわけではない。
高貴な方々が居所を構える高級住宅街とは無関係。
裏庭は畑になっていた。
その屋敷に、次々と乗り込む場違いな高級馬車たち。扉には紋章が麗々しく飾られている。
街のはずれにある関係上、敷地はそこそこ広かったが、すべてが裕福な商人の域を出なかった。
家の中の装飾も、使用人のしつけも、おもてなしのあれこれも、例えばハンナの家などとは比較にもならなかった。
マチルダもそれは感じていて、カーン男爵夫妻の気を損ねないよう気兼ねしつつ、なにかと助言はしたが、こういった問題は一朝一夕で解決するようなものではない。
しかも、最初にやってきたのは王子様とエリック様、それに護衛騎士様たちだった。
一番の大物が先に来てしまったのだ。
「こっ、これはフィリップ殿下」
一応、フィリップ殿下の身なりについては事前に男爵家の人々に伝えておいた。
しかし、すごいくらい高そうな上質な生地で、紐飾りもリボンも凝ったデザインの、末端男爵家には想像がつかないくらい立派な服を着た人物の出現に、男爵家の使用人は舞い上がってしまった。
服が飛び切り上等品なのにも関わらず、ボサボサのカツラはちょっと曲がっていて、一目でカツラじゃないかと思われた。襟はずっぽりと深く、顎が半分以上埋もれている。カツラと襟の間には頑丈そうなメガネが存在していて、落ち着きなく目線がウロウロしていた。
いつものフィリップ殿下より、さらに挙動不審である。
「よ、ようこそお越しくださいました、フィリップ殿下」
すると、後ろからもう一人の人物が馬車から降りてきた。
素早い動きで、殿下のそばに立ち、陽気な調子でマチルダに返事した。
「初めてお目にかかります、マチルダ嬢!」
え?
誰?
「エリック・ボーセンと申します。フィリップ殿下の幼馴染です。エリックとお呼びください」
二人とも大柄なので、マチルダ嬢は圧倒される思いだった。だが、それ以上に驚いたのが、エリックと名乗る人物の容貌だった。
なんて華やかな金髪!
青い目は、まるでサファイアのようだ。
視線が吸い寄せられた。
目が合ったとたんに、ニコリとほほ笑む。
「初めてお目にかかり光栄です。フィリップ殿下並びにボーセン様」
「フィリップ殿下は学園で会っているんじゃないの?」
「いえ。お話したことがございません」
なぜか次に来訪を告げられたのは、エリザ嬢とジョゼフィン嬢だった。
なぜ、難易度の高い大物順にやってくるのだろうか。
迎え入れる側のマチルダ嬢は必死だった。失礼があってはならない。
この二人もまた、着飾って現れた。
平民の服にちょっとエプロンを足したくらいのカーン家の使用人たちは、体がギシギシになった。
生地からして違う。衣擦れの音も、物々しい気がする。威風堂々と言う言葉がぴったりだ。
しかし、なんだか嫌そうに粗末な男爵家の邸宅を見回していた二人の視線は、エリック様のところでピタリと静止した。
見事にキラキラしい嫌味なくらいに美しい派手な金髪。
サファイヤのような人目を惹く目。
そのくせスッと高い鼻と見事なあごの線は、笑ってもいないのに口角が上がっている大きめの口元と相まって、甘いけれど男らしい顔立ちだった。
「エリック様」
二人の声は震えていた。
ほのかに憂鬱そうな表情がエリック様の顔に浮かんだ。
「マルクト公爵令嬢並びにグレゴリー宰相閣下のご令嬢ではありませんか」
その時、物音も立てずにハンナとリリアン、それからアンドリューやパーシバル、その友達が入ってきた。




