第74話 護衛騎士のヘルマン、影武者に抜擢される
学園で話をしているとき、後ろでこっそりと聞いている人物が存在することがある。
熟練の護衛騎士様だ。
自分たちの秘密に夢中になっているとき、警戒心が薄れているとき、天井裏に潜んでいたり、鍵のかかったクローゼットの中に潜んでいたりするのだ。
「というような話をしておられました」
「なんだとう?」
ガタンとフィリップ殿下は立ち上がった。
「あんまりつきまとったら、嫌われそうだから学園に行くなと言ったのは、お前らじゃないか」
フィリップ殿下が護衛騎士団をにらみつけた。
「だって、変装はもう嫌だと殿下がおっしゃるから」
「エリザ嬢もジョゼフィン嬢も、まだあきらめていないのですよ?」
「殿下がパーティなんかで素顔をさらすから」
「あの人たち、調査力抜群なんですからね。あきらめも悪いし」
「エリック=フィリップ殿下だって、見抜いちゃったんですからね」
彼らは口々にブウブウ不満を漏らした。
殿下、勝手すぎ。
大体、イチャツキ振りが痛々しくて見ていられない……フィリップ殿下は本音で行動しちゃうので、今にもハンナ嬢を取って喰いそうな勢いである。他人のバカップル振りを、ずっと見守る身にもなって欲しい。護衛騎士隊は独身が多いのだ。ハンナ嬢は、かわいいし、控え目だし、赤くなって逃げ回っているのを見ていると、フィリップ殿下の魔の手から守ってあげたくなってしまうではないか。
「待て。要するにエリックが別に存在すればいいのだな?」
「え? そりゃそうですけど、どうやったら、あの疑り深いエリザ嬢とジョゼフィン嬢をごまかせると言うんです?」
「お前だ」
突然、フィリップ殿下に指さされた護衛騎士は、びっくり仰天した。
「え? 私が何か?」
フィリップ殿下は素早く護衛騎士の腕を取った。
「いいか? ヘルマン、お前は私と背格好がよく似ている」
「光栄でございます。しかし似ているのは、身長と体重だけです」
ヘルマンは髭の濃い男だった。髪も目も黒くどちらかと言えば色黒だ。
「顔が違います」
要らない突っ込みが、他の護衛騎士団から入った。
「そんなことはわかっているよ!」
ヘルマンと呼ばれた護衛騎士が吠えた。
「顔はこの際どうでもよろしい。そのうえ、お前は隣国語が堪能だ」
「しゃべれますけど、何の関係が?」
護衛騎士全員が怪訝そうだった。
「フィリップ殿下になれ」
意味が解りません。全員がフィリップ殿下の顔を無表情に見つめた。もっとも全員兜をかぶっているので、顔はわからないのだが。
「良く聞け。まず、エリックと友達のフィリップ殿下がマチルダ嬢のパーティに行くんだ」
「異議あり」
護衛騎士の一人が手をあげた。
「なんだ?」
「フィリップ殿下が男爵令嬢の私的なパーティに赴くのには理由が要ります」
「フィリップ殿下はハンナ嬢に夢中だから、チャンスを逃さないのだ」
納得できるような、できないような?
「それで?」
「フィリップ殿下は友人のエリック殿を連れていく。隣国に留学していて、半年ほど前に戻ってきたが領地に行っていて、最近王都に戻ってきたのだと」
「フィリップ殿下とエリック様別人論ですな」
「そうだ。小さくて高位貴族の出席がないパーティだ。私の顔を知る者はいないだろう。絶好のチャンスだ」
フィリップ殿下のプランに全員が首を傾げた。
「私の役はエリック様だ。素でそのまま行ける。本人だからな。問題はヘルマン、お前だ」
「拒否権は?」
「もちろんない。フィリップ殿下が着用していたカツラとメガネと襟の付いた服を特別に貸与する」
「嬉しくないんですけど……」
ヘルマンがつぶやいた。




