第73話 落ち込む日々
フィリップ殿下のことは、ハンナの方から避けているつもりだった。
全く会わなかったので、成功しているとちょっと得意になっていた。
学園に来ていないのなら……それなら、避ける意味はなかった。殿下が来そうな時間帯には食堂に行かないとか、図書館に閉じこもるとか、そう言ったことは、何の意味もなかったらしい。
必死になって隠れまくったことを思うとなんだか恥ずかしい。
フィリップ殿下、つまりエリック様がいない学園は、何の意味もない、面白くもない無味乾燥な世界だ。
正確に言うと、眼鏡をかけてボサボサのカツラをかぶり、鼻の下まで襟に埋もれたフィリップ殿下には興味がなかった。
キラキラの金髪で表情豊かにしゃべりまくるエリック様は、王子様じゃなかったらなあと思う。手が届くのに。
でも、王子様はやっぱりだめだ。
何回も思い悩みながら、結論、やっぱり自分では不釣り合いと言う結論になる。
ハンナは殿下に守られたいだけではないのだ。
殿下に負担をかけたくない。
二人だけでいるときは楽しくても、エリック様がフィリップ殿下があの変な扮装を解いて、王子殿下として名乗りをあげたら、王子妃のハードルはグィンと音を立てて上がってしまう。
エリック様は、その変化を理解しているのだろうか?
美貌はそれだけで、人の値打ちを高めてしまう。
もし、素顔をさらしたら、きっと皆にチヤホヤもてはやされて、ハンナのことなどどうでもよくなってしまうのではないか?
元々、身分違いがあるハンナが身をすり減らして頑張っても、最初は好き同志だったとしても、もっと素敵な方がああ割れてくるのは目に見えている。どこかの国の王女様のような身分の釣り合う方で、アレクサンドラ殿下のような美貌の方が。
そうなったら、エリック様の負担になるだけかもしれない。
両親が心配した通り、ハンナは地味だった。おとなしすぎる。
「チャレンジはしないの?」
某伯爵家の令息の名前をあげながら、マチルダが聞いてきた。
ハンナは首を振った。
「今はまだ……」
彼のことを、あきらめきれない。でも、どうしたらいいんだろう。
「そんな気持ちになれないって言われても、わからないわけじゃないけど、ジョージなんかにバカにされるのは嫌だわ」
ハンナが落ち込んでいるのはジョージのせいじゃない。気になって仕方ない人が、身に余る人だったからだ。
アレクサンドラ殿下を見ていると王族にどんなに時間がないのかわかる。
「だって、ジョージに振られて落ち込んでるなんて言われたらいやじゃない? 行動あるのみよ。私の今度の婚約発表パーティには絶対出てくれるって約束してくれたわよね? アンドリュー様とパーシバル様が、選りすぐりの友達を連れてきてくれることになってるの。大丈夫。無茶はしない人達よ。身の程をよくわきまえているわ」
ハンナはノロノロとマチルダの顔を見た。
そう言えば、パーティには出るって約束したっけ。
紹介してくれる男性の顔が、全部、へのへのもへじに見える自信がある。
だけど、誰もハンナには興味を持たないだろう。彼女の両親が大富豪であるにもかかわらず古い貴族の家柄で、各界に影響力があること。重要なのはそこだ。
学園では、婚約が白紙に戻された話は知れ渡っていたし、ジョージやヒルダ嬢、ヘイ家のダリア嬢とブラック家のバイオレット嬢などは、率先して大喜びで、ハンナの悪口をしゃべって歩いているだろう。
地味令嬢としても有名だった。多分だけど、自己主張の強くない、都合のいい令嬢だと思われていることだろう。アンドリューとパーシバルは、人格的に問題がない候補者だけを絞って紹介すると言っているけど、人の内心まではわからない。
でないと言う選択肢もあったが、マチルダの婚約発表のパーティに水を差すのは気が引ける。
ハンナは無理やりにっこり笑った。
「そんなこと気にしなくていいのよ」
お祝いには、ハミルトン家が取り扱っている、最先端のレースのテーブルクロスがいいだろう。丈夫で実用的だが、一見とても繊細で高価な品に見える最近のヒット商品だ。




