第71話 どうしてOKしないんだろう(両親)
確かにハンナは、アレクサンドラ殿下が何を言っても、まったく否定しなかった。
蜂を飼いたがろうと、昆虫に興味があろうと。
どうでもよかったからである。
そう言えば、アレクサンドラ殿下は、はちみつの銘柄にはうるさいけれど、虫そのものには興味がなさそうだった。
あれは、もしかして試されていたのかしら?
「それで、どうして断ってしまったの?」
母が心配そうに聞いた。
「ですから、何かおかしいと思いませんか? どうして私なんかと結婚したいなどと王家の人間が言うのでしょう? 他国の王女殿下を迎え入れられることがほとんどでしょう。殿下が国外へ行って結婚することだってあると思いますわ」
王家間の結婚はとても多い。というか、ほぼそうである。王家同士の結婚は、政略結婚の際たるものだったが、国の間の関係を深めるための結婚は重要だ。現に今の王妃様は、他国から嫁いでいらした。
王族が国内の貴族令嬢と結婚するなど、本当にまれだった。
「確かにこれまではそうだったけれど、王族とはいえ、息子の幸せを思うと思う人と結婚させたいのは親心というものだろう」
「あなたがた、とても仲がいいのだと思っていたわ」
ギクリ。
え? もしかして見られていた?
「王妃様がそう書いてよこしたのよ」
良かった。いや、おかしい。王妃様まで何言っているんだろう。
「身分不相応ととりあえず申し上げておく方が賢明かと思います」
ハンナは言った。
「私のようなものが図に乗ってと思われるより、いったんは身に余る光栄と伝えてみてはいかがでしょうか。そのうち、他国の王女殿下なりとお話が決まるのではないでしょうか」
「ヒルダ嬢よりお前の方がマシだと思う」
父の本音か。それは確かに。
「公爵令嬢ならとにかく、私では不十分と言われるかもしれません」
親子のセリフが逆転しているみたいだ。慎重派の娘と、大喜びで乗っかりに行く親。親の分別とやらはどこ行った。
「えええ? そお? じゃあ、まあ、一応、そう書いとくわ」
父は根負けしたのか、返事を書き出した。
ハンナは、複雑だった。
ああは言ったものの、エリック様は本当は仲良しだ。変人だけど、イケメンだ。
イケメンはやはり惜しい。
惜しいけど、王家の人間は、危険だよね。
結婚を承諾してくれたら、僕の秘密を教えてくれると言っていたが、それは手遅れというヤツではないだろうか。
そう。
フィリップ殿下は何かおかしなところがあった。
理由がわからない。
なにしろ、王家でなくても、わざわざあれだけの美貌を隠す必要がどこにあるのだろう。
いつも、誰だかわからないように気を配っていた。背を丸めて、わからないように。
卑屈なのでも、自己評価が低い訳でもなかった。自分がイケメンだと言うことは理解しているっぽかったし。
あの人の秘密を知りたい。
王家の誰はばかることのない王子が何をそんなに隠しているのかしら?
アレクサンドラ殿下に聞けばわかるかもしれない。
それに、エリック様に会える可能性は、学園だけだ。学園に行って……
ダメダメ! そんなこと考えちゃ。
でも、エリック様は一度遠慮されたくらいではきっとあきらめない。
あっ。それもダメだ。そんなこと考えちゃいけない。
ハンナは煩悩の世界の真っただ中にいた。
書斎から出て、ドアを静かに閉めた伯爵夫妻は、ハンナに聞こえないところまで着くとどちらからともなく顔を見合わせた。
「なに悩んでるんだろうね?」
「気が小さくて、余計なところに気を回す心配性だから、学園の中でいろいろ言われて悩んでいるのではないかしら。そのためにジョージを防護壁に付けたのに、何の役にも立たなかったわ」
「まあ、同い年だなんてたいして役にも立たないに決まってる。それに、ハンナのことを好きじゃなかったんだな。そんな男に用はない」
「あなた、この間、ハンナを好きだなんて、そんな男は全員ぶっ殺すっておっしゃっていたではありませんか」
「え? そんなこと言ったっけな? でも、ハンナはどうしたいんだろうな。僕は、フィリップ王子は嫌いじゃないけどね。善良でまともな王太子殿下より話していて面白いから」
「あんな変な格好をしていてもですか?」
伯爵夫人は、いかにももっともな疑問を投げかけた。
「そうだね。何か事情があるんだと思うよ。趣味でやっているとしたら、あの王妃様が放置しておくはずないでしょ」




