第70話 この計画的犯行はいつから?
「で、この手紙は王家からの手紙」
真ん中の立派な封書の手紙は、王家からのものだったらしい。ハンナもなんとなくそれは感じていた。
中でも立派な封書の手紙を父は取り出してハンナに見せた。
「王妃様からの手紙だ」
ひええええ。
ふつうは王妃様から直接手紙をもらったりしない。
「何度かお目にかかって、ご挨拶申し上げたこともあるが……手紙をやり取りするような仲ではない」
「当たり前ですわ」
「でも、王妃様が息子との結婚を申し込んでこられたのよ」
「まさか、フィリップ殿下、なにか悪い病気があるとか?」
思わずハンナは口走った。
「こんな格下の地味な娘との結婚なんか、何のメリットもないではありませんか」
「ハンナ」
母が言った。
「何を言っているの。あなたは全然地味ではないわ」
「でも、ジョージ様はお友達の皆さんに、あんな地味な娘では自分の相手にならないと、学園の食堂で昼食を取りながら言っていましたわ」
「うん。それはジョージの認識間違いだね」
父が持ち前の軽い調子で言い出した。彼は一番左の大きな手紙の山を指した。
「全部、結婚の申し込みだよ。確か婚約を白紙に戻したのって、数週間前だったかな。いやあ、ジョージ君の発表の仕方がユニークだったもので、あっという間に社交界に知れ渡ってね。これだけの量の申し込みが来ちゃったんだよね」
ものすごく皮肉っぽい言い方だった。
「彼の方も申し込みが山積かな。まあ、彼はヒルダ嬢の公爵家との結婚の可能性があるからね。いいんじゃないかな」
「あんまりお勧めではないお家からのお申し込みもあるのよ」
母が真剣な顔で教えてくれた。
「婚約を白紙に戻されると、足元を見るような下品な家も本当にあるんだね。しかも持参金を期待しているとか、ハンナをバカにするんじゃないよ」
「それからこちらはアレクサンドラ殿下からの自筆のお手紙」
母は真ん中の手紙の束の中から、全然王家らしくない、つまり厳つくない封書を、ありがたそうに取り出した。
「読めば、殿下がハンナのいいお友達だってことがわかるわ」
「友達ではないのですけど」
「ご学友でしょ? もちろん殿下は王妃様になられる方だから、当然身分の違いはあるけど、アレクサンドラ殿下は高ぶらない、よい方のようですね。王家の人間だろうと、平民の生まれだろうと、人間の良し悪しはあると思うわ。本当にハンナの為を思って心配してくださっていることが分かります」
母は感激したように言葉を続けた。
「あなたと姉妹になれたら、こんなにうれしいことはないと書いてきてくださってるの」
ハンナは反射的に聞いた。
「それ、いつの日付けですか?」
ちょっと待って。王家の双子。いつから企んでいた?
「ええっと、これはだいぶ前ね」
母が日付を読んでくれた。ダンスパーティのドレスを作り始めた頃だ。
「私たち、本当にびっくりして、恐縮してしまったのだけど、婚約の白紙後に王妃様から正式なお手紙をちょうだいして、どうやら王家が本気だってわかってきたのよ」
「王妃様のお立場からすれば、婚約の白紙が決まらないと、このような手紙を書くわけにはいかない。ハンナ、すごいことだぞ? これは」
ハンナは、両親を気の毒なものを見るような目つきで見た。
絶対に何か裏がある。
商談には天才的な勘を働かせる父が、社交界では見事な会話術で誰をも笑わせ、懐に入り込む名人の母が、王家というブランドに騙されている。
「それでも、おかしいですわ。私と結婚するメリットなんかないではありませんか」
「それこそ真実の愛よ」
「ヒルダ嬢とジョージのような?」
ハンナは皮肉った。
「何を言っているの、ハンナ」
「みなさま、私のことを地味で何の取り柄もない令嬢と思っていますのよ? 入学早々、ご学友に選ばれたのをやっかんで、自分たちよりなぜあなたが選ばれたのか、みなさんに聞かれましたわ」
「誰に?」
「ヘイ伯爵家のダリア嬢とブラック伯爵家のバイオレット嬢からですわ」
「それはな、ハンナ。両家とも財政上の問題があって、少しでも良い縁を求めていたんだ。ご学友になると、王女殿下ひいては隣国の王妃とご縁ができるわけだから」
「ブラック家のバイオレット嬢は、フィリップ殿下を狙っていたらしくて、あれだけおかしな人物なら御しやすいとお友達にしゃべって歩いていたらしいの。それが王家の護衛騎士たちが聞いていたので却下になったそうよ」
母が付け加えた。相変わらずいろんなことをよく知っている。
「今どきの伯爵家くらいの家だと土地からの上りだけでは体面を保てないのよ。あのフィリップ殿下の嫁になって、おうちの犠牲になる悲壮な覚悟だったらしいわ」
そんなに嫌ならやめておけばいいのに。金持ち商人の妻になる方が簡単そうだ。どうして王子殿下を狙ったのかしら。人間、色々なことを考えるものである。
「あなたが一番、何も考えてなくて、すごくどうでもよさそうで、無関心だったので、ご学友をお願いしたと書いてあるわ。確かにそうだわ。素晴らしいことよね」
褒め言葉なのかしら。
「相手をそのまま受け止める心があったってことよ。アレクサンドラ殿下が何を言っても、絶対否定しなかった、それが心に響いたそうなの」




