第68話 もう限界
アレクサンドラ殿下もフィリップ殿下もいないのに、どうして護衛騎士様がこんなところへ?
五人はびっくりして護衛騎士様を見上げた。
話の内容を聞かれていたら困る。
護衛騎士様は、完全にフィリップ殿下の味方である。
フィリップ殿下についての噂話は不敬罪になりそうだし、ヒルダ嬢とジョージに知られたら、報復されるかもしれない。
もっとも、同じ内容がほぼ全生徒間で共有されていた。
誰だってそうなる。
なんでもヒルダ嬢たちは、その小説本を千部くらい買い込んだらしい。独自解釈付きで、相当な宣伝活動を行なったはず。しかし、人間の頭は自分が理解できる方向でしか動かない。
従って、自然な方へ自然な方へ流れただけであって、私たち悪くないもん……とビビりながら護衛騎士様を見上げた次の瞬間、護衛騎士様は、ハンナの前に片膝ついて、その指先をうやうやしく握っていた。
「あ、あの?」
なにこの護衛騎士様? と全員が呆然と視線を向けたが、次の瞬間、護衛騎士様は、ハンナを丸太のように担いでそのままスタスタと歩いて行った。
残された四人が、遅れをとったのはやむを得ないだろう。
「ああーっ」
とマチルダとリリアンが悲鳴を上げた途端、バラバラッと別の護衛騎士様が四、五人駆け寄ってきた。
『お静かに!』
一人の護衛騎士様が、こう書き付けられた紙を突きつけてきた。
「は? 何?」
「なんなの? あの護衛騎士?」
「人さらいではありますまいか!」
ノーノーノーノーと護衛騎士全員が手を振り、まーまーまーまー抑えて抑えてと手振りをした。
そして、そのうちの一人が甲冑のなかから紙を取り出し、別の一人が同じくペンを出してきて、何やらサラサラと書いて四人に紙をパラリンと広げて見せた。
『あの中身は、フィリップ殿下です』
「え……」
『このことはご内密に』
「え…」
残された四人全員があわてて(お姫様だっこではなく)丸太のように担ぎ上げられて運ばれていくハンナを目で追った。
フィリップ殿下なの?
フィリップ殿下、すごく変な人だ……
『お姫様抱っこしたいのはやまやまだと思うのですが、この甲冑、見かけによらず重いのです』
護衛騎士様が二人がかりでせっせと書き続けているので、事情の説明があるのかと固唾を飲んで待っていたのに、こんなしょうもない説明かよ。しかも不必要に長文。説明自体が不必要だけど。
「どうしてハンナ嬢を護衛騎士様スタイルになって殿下が……」
『もう、限界』
そう書いた紙を見せた後、護衛騎士様の一人が四人にウィンクして(小首の傾げよう、手のしぐさ的に)、そのまま全員が、『このことはご内密に』をピラピラと振りながら去って行った。
フィリップ殿下は言った。
「もう限界」
ハンナはスカートの下から足首とレースのペチコートが見え隠れしていたのではないかと、それが気になって生きた心地がしなかった。
しかも連れ込まれた先が、護衛騎士様の詰め所。
護衛騎士様が入っていたらどうしよう?
「聞いてる? ハンナ。婚約して」
ハンナはぐるりんと首を回した。
フィリップ殿下は兜を脱いでいるところだった。長めの金髪が兜の縁からこぼれ出てきた。
「お願い」
フィリップ殿下だけど、エリック様だ。
見れば見るほど、カッコイイ。
吸い込まれるようだ。だけど、吸い込まれてはダメ。
「いいですか? 殿下。私はただの伯爵家の娘。王家と縁を結べるような家柄ではありません」
「そんなのどうでもいい。僕を見てよ。王家の予備だったんだよ? だけど、兄の王太子殿下に男の子が二人生れた。王太子妃殿下は、今妊娠中だ。王家に僕は要らない。僕は自由だ」
「私も自由なんです。私の父は婚約の必要なんかないって言ってくれました。私の一人や二人、一生養ってやれるって」
「僕があなたをどんなに好きでもダメなの?」
イケメンの口説きはクラッとくる。でも、こんなところでほだされては、ダメだ。
一生不幸になる。
「殿下。あなたに私は不要なんです。殿下の為に王子妃という立場にふさわしくなるよう頑張れる女性や、生まれついて王子妃にふさわしい女性は他に大勢いるではありませんか」
「以外といないものだよ。ヒルダ嬢は条件を満たすけど、僕が彼女を好きそうに見えるかい?」
「先日、エリザ嬢とジョゼフィン嬢にお目にかかりました。お二人とも大変情熱的でしたわ。身分も立場もふさわしいのではありませんか?」
フィリップ殿下が急に黙った。
「僕はね、王子を辞めて田舎に公爵位を賜るつもりなんだ」
ハンナはちょっと驚いたが、意見を言うことは差し控えた。だって、意味が解らない。
フィリップ王子殿下は、エリック様の割に、実は有能だ。頭もいい。
双子のアレクサンドラ殿下は、生来の美貌とその怜悧さで隣国の王太子の心をとらえ未来の王妃を約束されたため、万人から注目を浴びている。それに比べて、フィリップ殿下は、王家の予備という責任がもうなくなったことから、影が薄い。だが、彼は優秀なのだ。王都で華やかに王家を盛り立てることによって、王家にとって重要な構成メンバーになるだろう。
田舎なんかに行く必要はない。
「ハンナ」
フィリップ殿下は真面目に言い出した。
「もし、君が僕と結婚してくれるなら、僕の秘密を教えてあげる。それを知ったら、僕がどうして君を必要としているか、わかってくれると思うんだ」




