第67話 思ったようには思われない話
学園でのハンナの評判は、社交界においては大切にされている箱入り娘として散々アピールしていたのに、まったくそうなっていなかった。
むしろ、いつもアレクサンドラ殿下に黙って付き従っているので、どこか使用人めいた雰囲気をまとっている。ひたすらに地味。うっかりすると、生徒の数のうちにすら、混ぜてもらえなさそう。
ヒロイン感は完璧なまでにゼロで、従って、フィリップ殿下が意図したような王子殿下とデレデレな恋人同士という噂など、成立のしようがなかった。
それに、ヒルダ嬢と侯爵令息のジョージは自分たちの真実の愛上物語の成就を願って、本まで配ったと言うのに、どうしても思うような噂がうまく伝わない。
それは、ハンナのせいではなかった。
例の本によると、王子が馴れ馴れしく近づいた巨乳の平民の娘と恋に落ち、優秀で非の打ちどころのない公爵令嬢との婚約を破棄、しかし蔑ろにされた公爵令嬢は、以前より公爵令嬢に真実の愛をささげていた侯爵家の子息と結ばれると言う筋書きだった。
筋書きそのものは全員が簡単に理解した。割とありふれていたので。
問題は配役である。
「確かによくある小説の筋書きではある。話自体は理解しやすい」
マチルダ嬢もリリアン嬢も、それからお付き合いでその本を読まされた彼らの婚約者たちも同意した。
五人は、午後の授業がないのをいいことに、学園に設けられた小さな庭のベンチとテーブルを占拠していた。テーブルの上には、例の本があった。
「私はこの手の本を読むのは初めてなんですが」
マチルダ嬢の婚約者のアンドリュー様は、一見生真面目風だが、商家の出なのでいろいろ世事には長けている。しかし、その彼が今、理解不能といったように指を額に当てて、考え込んでいた。
「そのう、ヒルダ公爵令嬢的には、この不当に婚約破棄された高貴で賢い令嬢が自分で、まあまあの美男子の王子の婚約者がフィリップ殿下ということでよろしいので?」
マチルダ嬢がうなずいた。
「すると、美貌で誠実な侯爵家の令息がジョージ殿という訳ですか?」
リリアン嬢の婚約者のパーシバル様が、なんとなく納得していないような顔付きで確認する。
「それでいくと、平民特有の明るさと馴れ馴れしさで、礼儀作法がゼロ、頭空っぽの巨乳の平民の娘がハンナ嬢になりますが……」
うううむ。配役にかなりの無理があるような。
「ジョージ様は美貌とはいいにくいですわよね」
マチルダ嬢、グサリと言ってのけた。
「王子も、この小説だと、そこそこの美男子風となっていますけど、フィリップ殿下は変人で通ってますしねえ」
「そもそも、顔がわからないし」
「顔を見せたら都合が悪いんじゃないかって言われてますわよね」
そういう解釈をされていたのか。フィリップ殿下、ちょっと不憫。自分で好き好んであの格好してるんだから仕方ないけど。
ダンスパーティの時にせっかくフィリップだって名乗ったのに、幻のイケメンで終わってしまった。あるいは二組一緒に踊ったのがまずかったのか。ジョージの婚約破棄宣言とヒルダ嬢への婚約申し込みはインパクトがあった。しかし、やはりアレクサンドラ殿下と隣国の王太子殿下のサプライズ登場にすべてを持っていかれてしまったのか。
「それからヒルダ嬢が高貴な身の上なのはその通りですけど、賢い令嬢って……無理がありますわよね」
「落第ギリギリだったって聞きましたわよ?」
知らなかった。ハンナはエリック様の世話で忙しかったのである。ヒルダ嬢、勉強熱心には見えなかったがやはりそうか。
「まあ、極めつけはハンナよね」
「ええ。地味で礼儀正しく、まったく巨乳ではありませんわ」
……ここは喜ぶところなのだろうか。
「それに、まとわりついているのはフィリップ殿下の方ですわ」
「みんな、そう言ってますわよ」
この時、ハンナの脳裏をよぎったのはフィリップ殿下のことではない。エリザ嬢とジョゼフィン嬢だった。
どういう話のツジツマなのかわからなかったが、本能的に、何かの危険サインをハンナは感じた。
とりあえずヤバい。
「みんな、変人フィリップ殿下のそれは感じていると思うわ」
それもヤバい。
つまり、エリザ嬢とジョゼフィン嬢にとってはフィリップ殿下は絶世の美男子。
国境を越えてあの二人が追いかけてきたほどの絶品である。
中身は少々残念なところがあるけれど。
それはとにかく、その絶品にまとわりつかれていることがバレたら、エリザ嬢とジョゼフィン嬢は、どんな反応を示すだろう。
ハンナは頭痛がしてきた。
「まあ、そのようなわけで、割と皆さま大混乱ですわ」
「しかも、肝心の婚約破棄ですけど、現実に婚約破棄が決まったのは、ジョージ様、すなわち侯爵令息と平民の娘役のハンナ嬢で、王子とヒルダ嬢は婚約者同士ではありません。ここら辺が特に混乱をきたす理由でして」
その通りである。遂にハンナが言った。
「どうでもいいんじゃないでしょうか。これ、要するにジョージ様の考えた小道具ですわ。婚約破棄された美しく怜悧な令嬢を、誠実でイケメンな侯爵令息が実は愛していて真実の愛をささげると言う物語なんですよね。自分たちを美化して勝手にノリノリになってるだけでしょう」
皆がうんうんと頷く。
「きっと皆さまの同情を買いたいのでしょう。婚約破棄を発表してジョージ様は、今評判が悪いですもの。それに、ヒルダ嬢は、高貴な公爵令嬢とか呼んで欲しそうですもの。ジョージが撒いたエサではないかしら」
ハンナが理論的に指摘すると、アンドリューが無邪気に賛成した。
「しかも、ヒルダ嬢の方がハンナ嬢より巨乳だから、平民娘のポストにはまっちゃうよね!」
その発言、誰も言ってはならぬことを。リリアン嬢がアンドリューの耳をこっそりキュウウとつねった。
「まあ、それだけではありません。誠実な侯爵家のご子息役はフィリップ殿下が担っておられます」
マチルダが、続きをしゃべった。
「いや、なんで?」
ハンナは思わず口走った。
「主に熱愛方面で。フィリップ殿下、熱愛しているって感じが出てるもの。顔面偏差値についてなら、フィリップ殿下、測定不能だから」
エリザ嬢とジョゼフィン嬢が聞いたら、どんな化学反応が起きるだろうか。花火工場の真横で、溶接作業をするとか……
「低レベルの争いよね。その顔面偏差値の話」
リリアンがため息をついたが、それはフィリップ殿下の本当の顔を知らないからで……。それより、熱愛って何?
「不誠実な王子の役はジョージが勝手に当てはまってしまったの。なんかこう、ものすごく自然な感じに、ズボンと。性格的にどうしてもそうなるわよね。もう抜けないわ」
「巨乳の平民娘役は、どうしてもヒルダ嬢になってしまうし」
まだ言うか。まあ、公爵家相手だと不敬罪の適用はないから無事かな。
「おさまるところに納まった感があるんですよね。ハンナ様は冷静な公爵令嬢役に、誠実な侯爵家令息の役はフィリップ殿下に、ハマってしまうんですよね。婚約破棄されたのがハンナ様なので。最初から配役に無理があったのです」
アンドリュー様が〆た。そして全員がハンナの顔を見た。
「あの、婚約は確かに白紙になりましたわ」
ハンナは息も絶え絶えに言葉を吐いた。
「ですけれど、フィリップ殿下とは何のご縁もございませんわ」
後ろでガサリと言う足音が聞こえた。
「あら? 護衛騎士さま?」
リリアンが声をあげた。




