第66話 両親の悩み
学園でのハンナの評判と、社交界でのハンナの評判。
それは天と地ほども差があった。
ハンナはそれを痛感しないではいられなかった。
母と一緒に社交界に出る時、ハンナは非の打ちどころのない令嬢だった。
家の財力に裏打ちされた派手ではないが優雅なドレス、そして長く続く古い貴族の家の娘らしい慎み深く礼儀正しい令嬢。
母が何かと付き添い、公爵夫人である伯母も時折一緒になった。
超箱入り娘である。
伯母の変貌ぶりにもハンナは驚いた。
実家で会う時は、実用一点張りの簡単な身なりだったが、王都のパーティ会場では全然違った。
見るからにお値段が高そうな、身分にふさわしいドレスを身にまとっていた。もちろん、並みの貴族には手が出なさそうな宝石と共に。
その重厚な貴婦人が、姪であるハンナをかわいがり、周りの男を睥睨しているのである。怖い。
そして問題のハンナと言えば、ものすごい防護壁に囲まれていたので、にこやかに微笑んでいた。
ええ。微笑みなんて安いものだ。どんなに愛想よくしたところで、母と伯母に囲まれていれば、完璧に安全である。
ハンナは機転が利かないわけでも、必要な時に言葉が出てこない娘でもなかった。
それは学園でアレクサンドラ殿下のご学友に抜擢されたことでもよくわかる。
正直、ジョージは空気が読めなくて、ご学友の地位から転落した。
フィリップ殿下が異様な格好だったと言う点を割り引いても、ハンナはそつなくフィリップ殿下と普通に接し、殿下に違和感も不快感も抱かせなかった。完全に自然に受け入れた。
多分、事情があるのだろう。
ハンナは察し、それに王族のやることに意見することなど考えなかった。
ハンナには関係ないことだ。
そのふんわりした対応が、エリック様のどこかにヒットして、現在があるわけだ。良し悪しはとにかく。
両親は、アレクサンドラ殿下から(正確にはお目付け役のパース公爵夫人からだが)お褒めの言葉をいただいて、開眼したのである。
ハンナのことを、おとなしすぎて繊細で、メンタルが弱いのではないかと心配していた。
王都の学園は、ミニ社交界だ。
本物の社交界より狭い世界なので、たまにいじめが発生したりするようだ。ハンナがうまくやっていけるかどうか不安だった。婚約者の話を受けたのも、学園で支えてくれる人物がいればと思ったからだし、実はトンプソン先生にもたっぷり賄賂を渡している。
「気の弱い娘ですので、何かあればご一報ください」
今では、子の心、親知らずだったなと反省している。それからジョージのこともだ。
「ただの欲の皮が突っ張ったつまらない男だった」
遡ること数週間前。両親は、領地に届いた手紙を読んで反省していた。
「私としたことが。ジョージ本人が熱心に婚約を申し込んできたので、うっかり信用してしまった。両親の侯爵夫妻も大変熱心だったからね」
苦々し気に伯爵は妻の伯爵夫人にぼやいた。
「でも、ハンナは立派ですわ。アレクサンドラ殿下に気に入られるだなんて、なかなか出来ることではありません。ジョージなんかに婚約を白紙に戻されても、見ている人は見ています。パース夫人が褒めるくらいですもの」
「でもなあ。それなんだよ。アレクサンドラ殿下に気に入られ過ぎて、もしかして隣国に引っ張られるのは不安だな。ハンナが希望すれば別だが」
いつもは自信たっぷりな伯爵が、手紙をもう一度読みながら困惑した表情を浮かべていた。
「でも、待ちに待った手紙が来ましたわ。これでやっと王都に行けます。パーティを開いて、私たちがどんなにハンナを大事にしているか見せつけましょう。ハンナは見栄っ張りではありません。だから、自分の家柄や財力について話したことがなかったようですわ。どこかの貧乏伯爵家だと勘違いされているかもしれない。ハミルトン姓は多いので、どこかの商人の家と思われているかも知れません」
「姉上の公爵夫人にもお願いしよう」
伯爵は言った。
「ヒルダ嬢の公爵家と直接事を構えるわけにはいかないが、うちから婿を取り上げた略奪婚になることをしっかり認識していただきたいものだな」
「あなた……」
伯爵夫人は、夫に真剣に呼びかけた。
「フィリップ殿下と国王陛下御夫妻からの正式な結婚のお申込み、どうなさるおつもりですか?」
いつもは軽くて自信に満ちた伯爵が、困惑の表情を浮かべた。
「ハンナに会ってみないと。ハンナがどうしたいのか、僕たちはハンナの気持ちを聞かなくてはいけないね」




