第64話 エリザ嬢とジョゼフィン嬢 2
この突き放したような発言に、二人の高貴な令嬢たちの目が大きく見開かれた。
たかが伯爵家の令嬢。しかも、事前の調査によれば、控え目で地味、婚約破棄されても抗議するでもなく引き下がったと言う。
自分たちが要求すれば、返事はイエス一択しか予想していなかった。
その令嬢が、自分たちの要求を蹴るとは?
「お二人のお望みは、フィリップ殿下に扮装を止めていただくことなのですよね?」
「え、ええ」
ジョゼフィン嬢が答えた。
「もう、ヒルダ嬢と侯爵家の令息のジョージ殿は婚約寸前ですわ。ですから、エリック殿下があんな扮装をされる必要はありません」
「私はフィリップ殿下をよく存じ上げません」
エリック様ならよく知っているけれども!
「もちろん、フィリップ殿下に話しかけることはできません。アレクサンドラ殿下の行動を促したりすることもできませんわ」
「でもね? 考えてもごらんなさい。あなたは見なかったから知らないでしょうけど、学園のダンスパーティの時に殿下は一度だけ本当の姿を現したのよ」
エリザ嬢とジョゼフィン嬢の目がキラキラしだした。
「そしてお美しい令嬢とダンスを踊りました。どなたかはわかりません。本当にお美しい。周り中があの方はどなたかと聞いていました。私たちは本当に誇りでいっぱいになりました。正体を知っているのは私達だけです」
ハンナは聞いていて、危険信号がピーピー体の中で鳴り出すのを感じた。
美貌の王子。ファン軍団。デートに誘われている自分。
なんかまずくないか?
「せっかくお二人だけが知る秘密なのですから、それを大事になさっては?」
「ダメ。ダメです。あの姿を見て居たいの」
ハンナは黙った。
この人たちはどこへ行くつもりなのだろう。
「残念ながら、私はフィリップ殿下の本当のお姿を拝見したことがございません。ですので、想像もつきません。殿下は何かお考えがあるのだろうくらいしか、思いつきませんわ」
「でも、留学前、自国にいらした時は別に扮装なんかしていなかったはずよ。あの美貌は惜しくない?」
変装だよね。
ハンナは首を振った。
「私は、田舎住まいの伯爵家の娘でございますもの。お目にかかったことがないので、惜しいと言う気持ちが湧かなくて」
お役に立てなくて残念でございますとハンナは丁重に二人を送り出した。
腐っても、隣国の公爵令嬢と宰相の令嬢である。
悪感情を持たれるようなことがあってはならない。
ハンナに出来ることは何もないので、とても残念だと言うように、ハンナは振る舞った。
出来るだけお役に立ちたいのですけれど。わざわざ拙宅までお越しいただきましたのに。
「あら。それはいいのですよ。そこまで期待していたわけではないのです。こちらこそ無理を言って申し訳ありませんでしたわ」
これを聞いてハンナはホッとした。
それまでの困ったような表情から、少し微笑みを浮かべて深々とお辞儀をした。
「もったいないお言葉でございます」
ハンナの屋敷はこの上なく豪華な大邸宅で、その家で下にも置かぬもてなしをされて、二人とも気分は良かったのではないだろうか。
しかし、ハンナはまたどうぞお越しくださいませとは言わなかった。
あの二人は危険人物だ。
親の政治力と妙な実行力を持っている。
それにアレクサンドラ様の問題がある。隣国におけるあの二人の令嬢の影響力がわからない。
ハンナはパース公爵夫人に相談することにした。
母の伯爵夫人は、二人の話を隣の客間から聞いていた。そうしないわけにはいかなかったのだ。大物政治家と大貴族の娘たちなのだ。
しかし、妙な顔をしていた。そしてハンナがパース夫人に相談したいと言うと、それがいいと勧めてくれた。
「ずいぶん熱心な令嬢たちねえ」
それから少し考えて言い出した。
「フィリップ殿下を狙っているのでしょうねえ」
ちょっと驚いたが、考えて見れば当然だ。ほかに目的はないだろう。直接、本人が留学してまで迫り来るだなんて、令嬢にあるまじき行動かも知れないが、昨今は便利な言葉がある。推し活だ。
「でも、推し活の相手があれではねえ。本国の両親に言い訳が立たないわ」
確かに。
猫背で黒い衣装に身を包み、カツラに眼鏡に深々と襟に顎をうずめている。
変人だ。
実際、学園で、フィリップ殿下は全くと言っていいほどモテない。変な人だと思われて遠慮されているのだ。
「推し活の一環と本人たちは信じているのでしょうね。でなければ、変装を解けとは言わないと思うの。ライバルが増えるばっかりだわ」
「でも、自分たちの推し活対象が不細工なのは我慢できないのですね」
よくわからないけど、わかる気もする。
「だから、変装を止めて欲しいのね。本当は素敵な男性ですものね」
そうかな?




