第6話 ご学友を任命される
トンプソン先生の部屋は、いかにも先生らしく、教育に関連した本といろいろな書類がそれはもうキチンと整頓された、とてもきっちりした部屋だった。
ペンの並べ方もまっすぐで、なにか執念のようなものを感じる整頓ぶりだ。
「ハンナ、その椅子にお掛けなさい」
ハンナは自分のスカートにゴミがついてやしないか、とても気になったが、おとなしく腰掛けた。
「実は、あなたにお願いがあるのです」
ヤバい。キタ。
「わ、私には無理なのではないかと思います」
思わずハンナは口走ってしまった。
ダリア嬢もバイオレット嬢も、気は強い。そしてこの世をリードする意欲に満ち溢れている。ハンナとは正反対だ。
トンプソン先生はちょっとビックリしたらしかった。
「どうしてわかったの? でも、そんなことありません。むしろ、あなたこそピッタリだと思います」
「でも、私、自分で言うのもおかしいですが、地味でおとなしい方です」
「その方が良いのです。他の方々のことを気遣ってあげることが出来るからこその人選なのです。あとご身分がよいので」
ううう。思ったとおりだ。
「でも、先生、私、戦闘能力はゼロです」
先生の眉がキュッと寄った。
「何の話です? 戦闘能力?」
「え? あの生徒間の争いの仲裁役の話ではないのですか?」
「生徒間の争い?」
違うらしい。余計な地雷を踏んだらしい……
「それはどういうことですか?」
しかたない。ハンナはダリア嬢とバイオレット嬢の闘争を、ものすごくしぶしぶ語った。
しかし、トンプソン先生は意外なことに笑い出した。
「まあまあ、かわいいものではありませんか」
「かわいい?」
「だって、過去にはもっとすごい闘争もありましたもの。足を踏んだとか踏まなかったとかくらいでしたら、命にもかかわりませんから、気にすることもないでしょう」
命がけなの? 生徒の闘争って。
「それはとにかく、今日、ハンナ、あなたを呼んだのはそんなことじゃありません。たぶんあなたも聞いていると思うけれど、正確には来週から王子殿下と王女殿下が学園に入学なさいます」
ハンナはピンと背筋を伸ばした。
トンプソン先生はハンナの反応を満足げに眺めた。
「そう。とても重要なことです。学園側としては、王子殿下や王女殿下に不愉快な思いをさせたくありませんから、万全の体制を敷くつもりです」
えー。
ハンナには関係ない。どうでもいいし、出来れば王女殿下や王子殿下とお知り合いにはなりたくない。
ダリア嬢やバイオレット嬢が全力でお近づきになろうとするのが目に浮かぶ。
「という訳で、あなたに、アレクサンドラ王女殿下のご学友になって欲しいのです」
「へっ?」
思わず変な声が出た。
そしてトンプソン先生の顔をまじまじと見てしまった。
先生は、見たこともないような円満な表情で、にこやかに笑っている。
「ハンナ、あなたは女子生徒の中で成績は一番でした」
「あ……」
「素行もよく、まじめで学業に熱心です。乗馬クラブに所属していますね。アレクサンドラ殿下は乗馬がお得意なのです」
乗馬の件は、お馬さん可愛いなという不純な動機だった。あとリリアンが乗馬好きで、彼女に誘われたのだ。
近付いてみて、馬の大きさにハンナはビビった。これはダメだ。ものすごく怖い。
しかし、乗馬クラブの連中はハンナを逃してくれなかった。父からは無茶さえしなければよい趣味だと褒められた。
散歩クラブくらいにしておけばよかった。後悔先に立たずである。
「それから読書も趣味ですよね」
ハンナはホッとした。
「はい。本は好きです」
「アレクサンドラ殿下は歴史書がお好きです。あと昆虫の生態に興味がおありなんです。うまく話を合わせてくださいね」
「いえ。あの。私、昆虫にはあまり……」
虫、怖い。足が生えているんだもの。
「大丈夫です。本の中だけですから。王女殿下は捕虫網を持ってはならないと、国王陛下と王妃様から厳重に言い渡されています」
かなり個性的な王女殿下のようだ。
ハンナは感想を抱いた。
「あなたは伯爵家の令嬢で、この学年では最も身分がありますので、ご学友に最もふさわしいですし、学業成績とも問題ありません。お友達は男爵家で少し残念ですが、二人とも、成績優秀でおっとりした性格です」
ハンナはリリアンを思い出した。人目に付く派手な金髪と高身長だ。マチルダもものすごくしっかりしていて、自分の意見はハッキリ言うタイプだ。おっとりしているのだろうか。
「あなたを補佐してくれると思います」
「それはそうかもしれませんが……あのう、ご学友と言われましても、王女殿下がご学友は選ばれるのではありませんか?」
「もちろんそうです。ですが、最初だけ、案内して差し上げるとか、そういう方がいた方がいいだろうと言うのがパース夫人のご意見です」
「パース夫人というのは、殿下の?」
聞いたことがない名前だが、多分、殿下のお目付け役とか乳母とかそう言った人物だろうと思われた。
トンプソン先生は大きくうなずいた。
「お二人の監督役のパース公爵夫人ですわ」
ハンナはめまいがした。公爵家の夫人が付いているのか! 粗相があったら何を言われるかわからない。
「私には身に余る光栄かと……もっと適切な方がおられるのでは……」
確か公爵令嬢のヒルダ嬢とかいう人がいるはず……
トンプソン先生は言った。
「あなたが一番適任です! それから、このことは黙っておくように。別な立候補者が現れてはたまりません。生徒間闘争は嫌だと言ってましたよね? 親御さんが参戦されたら困りますので!」
「そんなことあるのですか?」
「ありますとも! 王子殿下や王女殿下を何だと思っているのです! お知り合いになりたい貴族は山ほどいます」
最後の抵抗でハンナは聞いた。
「そう言う方々にお願いした方が丸くおさまるのでは?」
「知り合いになりたいのは、便宜を図って欲しいから! あなたとあなたのお友達は全員お金持ちです。おうちの方も家業に忙しく、宮廷での地位など興味がありません。それにもかかわらず、あなたのおうちは古くからの伯爵家。本人はこんなだし、全く問題ありません」
ここで、トンプソン先生は息をついた。
「わ、か、り、ま、し、た、ね?」
本人は、こんなだしって、私はどんななのだろう。
ハンナは迫力負けして、すごすごと引き下がった。




